十二話「灰を喰らうもの」
あれから、村の空気が少し変わった。
父さんは森へ行くとき、前よりも長い時間をかけて周囲を確認するようになった。
母さんも、窓を閉めることが増えた。
俺は何度も聞こうとした。
あの灰色の何かは何なのか。
何を探しているのか。
でも、今の俺にできるのは「あう」と声を出すことだけだ。
伝えたいことが伝えられない。
それが、今は少しもどかしい。
そんなある日の昼。
父さんが一枚の紙を持って帰ってきた。
「ミレア」
「どうしたの?」
「村長からだ」
父さんが紙を机の上に置く。
母さんがそれを見る。
「森の中で、また見つかったの?」
「足跡が増えてるらしい」
俺は二人の会話を聞きながら、紙を見る。
もちろん、文字はまだ読めない。
でも、父さんの表情がいつもより真剣なのは分かった。
「それで、村長は何て?」
「しばらく森には入らないようにするそうだ」
「……そう」
母さんが小さく息を吐く。
すると、父さんが俺を見る。
「レイも森には近づけないからな」
「あう」
分かってる。
……たぶん。
俺は窓の外を見る。
森は今日も静かだった。
何も起きていない。
そう思っていた。
その日の夕方。
村の外から、何人かの人が歩いてきた。
「エド!」
父さんが外へ出る。
俺も母さんに抱かれて窓から外を見る。
そこには、村の人たちが集まっていた。
「どうしたんだ?」
父さんが聞く。
「森で変なものを見つけた」
男の人が答える。
その手には、灰色の石のようなものが握られていた。
「これは?」
「森の地面に落ちてたんだ」
父さんが石を受け取る。
その瞬間だった。
俺の指先が熱くなった。
まただ。
灰魔法が反応している。
石から、ほんの少しだけ灰が浮かんだ。
「……?」
父さんが石を見る。
俺もじっと見る。
灰はゆっくりと宙へ上がる。
そして――。
俺のほうへ向かってきた。
「……あう」
灰が指先に触れる。
その瞬間、頭の中に映像が流れ込んだ。
暗い森。
灰色の地面。
そして、あの灰色の存在。
そいつは地面に手をついていた。
灰を手の中へ集めている。
そして――。
食べていた。
「……!」
俺は思わず目を見開く。
灰が、身体の中へ消えていく。
すると、その存在の周りに、一瞬だけ無数の景色が浮かんだ。
知らない町。
知らない人。
燃えている建物。
見たことのない景色。
それが一瞬で消える。
そこで映像が途切れた。
「……あう」
今のは……。
灰を食べていた。
ただの比喩じゃない。
本当に、灰を喰らっていた。
父さんが石を握り直す。
「この石……何か変だな」
すると、村の男が言った。
「昔の人から聞いたことがある」
「何を?」
「灰を喰らう化け物の話だ」
俺の身体が固まった。
灰を喰らう。
父さんが男を見る。
「そんな話、聞いたことがないぞ」
「俺も詳しくは知らない。ただ――」
男は森を見る。
「そいつに灰を食われると、昔のことを忘れるらしい」
……昔のことを、忘れる?
俺はその言葉を聞いて、あの少女を思い出した。
灰魔法。
記憶。
死。
再生。
あのとき頭の中に流れ込んできた言葉。
全部が繋がっているような気がする。
でも、まだ分からない。
村の人たちが話している間も、俺は手の中の灰色の石を見つめていた。
そのとき――。
石の表面に、小さな亀裂が入った。
パキッ。
中から、ほんの少しだけ灰が漏れ出す。
そしてその灰が、俺の手のひらに触れた。
また、景色が見えた。
今度は――。
白い場所だった。
どこまでも続く白い空間。
見覚えがある。
俺が転生する前にいた場所だ。
その中央に――。
銀色の髪の少女が立っていた。
少女はこちらを見ていた。
そして――。
俺ではない誰かに向かって、何かを話している。
声は聞こえない。
でも、最後に少女が振り返った。
その目が――。
まっすぐ俺を見た。
そこで映像が消えた。
俺はしばらく動けなかった。
なぜだ。
どうして、あの場所が見えた?
そして――。
あの灰色の存在は、一体何者なんだ?




