十一話「灰喰らい」
昨日の夜から、ずっとあの姿が頭から離れない。
森の中に立っていた、灰色の何か。
あれは何だったんだ?
魔物なのか。
それとも、人間なのか。
俺には分からない。
ただ一つだけ確かなのは、あいつが俺を見ていたことだ。
そして――俺の灰魔法に反応していた。
翌朝。
「レイ、おはよう」
母さんが部屋に入ってくる。
「あー」
俺はいつも通り返事をする。
でも、頭の中は昨日のことでいっぱいだった。
森。
灰。
あの姿。
そんなことを考えていると、外から父さんの声が聞こえた。
「ミレア」
「どうしたの?」
「ちょっと来てくれ」
母さんが俺を抱いたまま外へ出る。
そこには父さんが立っていた。
そして、その足元には――。
灰色の跡が残っていた。
「これ……」
母さんが小さく呟く。
俺もそれを見る。
地面に、いくつもの足跡が続いている。
森のほうから。
家の近くまで。
「昨日の夜にはなかった」
父さんが言う。
……つまり。
こいつは森からここまで来た。
「エド、どうするの?」
「分からない」
父さんは足跡をじっと見つめる。
「でも、村の中まで入ってきたなら放ってはおけない」
その言葉を聞いた瞬間――。
俺の指先が熱くなった。
まただ。
灰魔法が反応している。
俺は自分の手を見る。
すると、小さな灰が一粒だけ浮かんだ。
ふわふわと空中を漂う。
そして――。
足跡のほうへ向かっていく。
「……?」
父さんが灰を見る。
灰は足跡の上で止まった。
次の瞬間。
足跡の周りに、薄い灰色の光が広がった。
俺の頭の中に、一瞬だけ映像が流れ込んでくる。
暗い森。
木々の間を歩く何か。
灰色の身体。
そして――。
地面に手をついている姿。
何かを探している。
いや。
探しているというより――。
何かを読んでいる?
そこで映像が途切れた。
「……あう」
今のは何だ?
俺は足跡を見る。
さっきの景色はもう見えない。
でも、分かったことがある。
あいつはただ森を歩いていたわけじゃない。
灰を探している。
そのときだった。
森のほうから、大きな音が響いた。
ドンッ!
鳥たちが一斉に飛び立つ。
「……!」
父さんがすぐに立ち上がる。
「ミレア、家の中へ」
「エドは?」
「見てくる」
「危ないわ」
「大丈夫だ」
父さんはそう言って森へ向かおうとする。
俺は父さんを見る。
行かないでくれ。
そう思った。
でも、声にできるのは――。
「あう!」
父さんが振り返る。
「大丈夫だ、レイ」
そう言って、父さんは森へ歩いていった。
俺は母さんに抱かれたまま、その背中を見送る。
しばらくして。
森の中から、また音がした。
今度はさっきより近い。
そして――。
木々の間から、灰色の影が姿を現した。
昨日見たものと同じだ。
煙のような身体。
灰のような足。
そいつは父さんを見る。
そして、俺を見る。
灰色の身体が、ゆっくりとこちらを向いた。
その瞬間。
頭の中に、声が響いた。
知らない声だった。
でも――。
なぜか、その言葉だけは理解できた。
――灰は、どこにある。
「……!」
俺は目を見開く。
そいつが一歩、こちらへ近づいた。
父さんが前に出る。
「それ以上、近づくな」
灰色の影は止まった。
しばらく父さんを見つめたあと――。
森の奥へ消えていった。
残されたのは、灰色の足跡だけだった。
俺はその跡を見つめる。
そして、頭の中で一つの言葉が浮かんだ。
……灰を探している。
あいつは一体、何を探しているんだ?




