十話「森の中の足跡」
あの日から、俺は森のことが気になっていた。
父さんと母さんは、あの日のことについて何も話していない。
でも、二人の様子を見る限り、やっぱり普通のことではなかったらしい。
俺は何度か窓から森を眺めた。
昼間は何も変わらない。
木々が風で揺れているだけだ。
あの灰色の何かも、もう見えない。
……やっぱり気のせいだったのか?
そう思い始めた頃だった。
「エド、薪が少なくなってきたわ」
「そうか。明日、森の手前まで行ってくる」
父さんがそう言った。
森。
俺は思わず父さんを見る。
「あう!」
行きたい。
もちろん、今の俺が森に行けるわけがない。
「レイはお留守番だぞ」
……ですよね。
翌朝。
父さんは斧を持って家を出ていった。
俺は窓からその姿を眺める。
父さんは森の入り口へ向かって歩いていく。
そのまま木々の中へ入っていった。
俺はしばらく窓を見ていた。
すると――。
指先が少し熱くなった。
「……?」
灰魔法。
何もしていないのに、灰が一粒だけ浮かんだ。
昨日まではこんなことなかった。
灰はゆっくりと動く。
窓のほうへ。
そして――。
森の方向へ向かった。
「……あう?」
灰は途中で消えた。
何だったんだ?
その日の昼頃。
父さんが帰ってきた。
「ただいま」
「あう!」
俺は父さんを見る。
でも、いつもと少し違った。
服に土がついている。
そして、右手には小さな傷があった。
「どうしたの?」
母さんが聞く。
「少し転んだだけだ」
父さんはそう答えた。
でも、母さんは傷を見て少し眉をひそめる。
「森で何かあったの?」
「……」
父さんが黙る。
「エド?」
「足跡があった」
足跡?
「動物の?」
「分からない」
父さんが首を振る。
「人間みたいだった。でも、普通の足跡じゃない」
俺は二人の会話を聞く。
「どんなものだったの?」
「灰の上に残っていた」
灰。
その言葉を聞いた瞬間、俺の指先が熱くなった。
まさか。
「大きさは?」
「俺の足より少し大きいくらいだ」
父さんが答える。
「それだけじゃない」
「何?」
「足跡が、途中で消えていた」
母さんが黙る。
俺も黙ってしまう。
……それは、どう考えても普通じゃない。
父さんはしばらく考えたあと、俺を見る。
「しばらく森には近づかないほうがいいな」
母さんが頷く。
「そうね」
俺は二人を見ながら考える。
あの日、森で見た灰色の何か。
今日、父さんが見つけた灰の上の足跡。
そして、俺の灰魔法。
全部が偶然とは思えない。
でも、まだ何も分からない。
その夜。
俺は眠れなかった。
窓の外を見る。
月明かりに照らされた森は、昼間よりずっと暗く見えた。
そのとき――。
森の奥で、何かが動いた。
「……!」
目を凝らす。
木々の間。
灰色の何かが、立っていた。
こちらを見ている。
人のような形。
でも、煙のように輪郭が揺れている。
俺は動けなかった。
すると、それがゆっくりと腕を上げた。
俺の指先に、灰が浮かぶ。
灰色の何かも――。
こちらへ手を伸ばした。
次の瞬間。
姿が消えた。
森には、何も残っていない。
俺はしばらく窓を見つめていた。
そして一つだけ思った。
……あいつは、俺を見ていた。




