第39話 告発書③―過去の清算―
黙っていた男が口を開き、ドミニク侯爵との関係を認めた。ざわめきがあった会場は、これから何を男は話すのかと静かに耳を傾ける。男は、自分だけを切り捨てることは出来ない、と薄く笑っている。
「な……!」
「あなたが私だけを切ることがあっては困るのでね。あなたが指示を出していたことの証拠はこっそり残していたんですよ」
男はそう言って笑う。ただ、その目は笑っていない。
「まぁ、その証拠をあなたに使う前に、こいつらに押さえられてしまいましたがね」
「バカやろう! なんでそんなものを残しておくんだ!」
ドミニク侯爵は怒りのあまり、認める発言をしてしまったのを気づいていないようだ。
「その男が残しておいたら困る証拠がある。ドミニク侯爵、語るに落ちたな」
ルーカス様がドミニク侯爵に語りかける。
「……知らん! そんなものはねつ造だ!」
ドミニク侯爵はまだ騒ぎ続けている。エミリア様は、困った顔をしたまま立ち尽くしている。
「黙れ!」
マルディアス王太子が一喝する。会場が波を打ったように静かになった。
「ドミニク侯爵。そのあがき、醜いぞ」
ドミニク侯爵は、目を丸くしながらも、何か言い訳をしようと口を動すも声は出ていない。
「殿下。国内の証拠は、今申し上げたとおりです」
私とルーカス様は一歩後ろに下がった。
「ああ、よくやった。あとは国と国の問題だ。約束どおり、私から話そう」
ルーカス様と私は、王太子には事前に全てを伝えていた。そして、その話し合いの中で、約束も交わしていたのだ。
◇
遡ること、1ヶ月前。
私はセレフィーナ様に王太子との面会をお願いしていた。そして、ルーカス様と一緒に、王太子の執務室へと呼ばれた。重厚な執務机の上には、書類が整然と積まれていた。
部屋には、私とルーカス様、そして王太子とその側近だけである。
ルーカス様が、王太子に対して、偽造借用書について説明をする。
ニセの借用書で辺境の領地が奪われようとしている。これはもはや個人の被害を超えている。国を揺るがす問題である。そのため、王太子に伝えておかなければならなかった。それに、隣国との繋がりなど、私たちでは調査の限界もあった。
「証拠はまだ揃っていません。ですが、このままでは領地が不正に奪われ続けます」
ルーカス様が今まで集めた証拠などを王太子に見せて説明をする。
「ベルート商会の運営はドミニク侯爵。彼が裏で関わっているはずなのです」
ルーカス様は、今までもベルート商会で問題があったことも付け加える。
「ドミニク侯爵か……あいつの娘が最近まとわりついてきておる」
セレフィーナ様のパーティーで、噂は聞いたことがある。王太子に最近、近づいている令嬢がいるということ。ただ、噂を聞いても、セレフィーナ様は一笑するだけだった。
「セレフィーナ様から聞いておりました」
「そうか。まぁ、最初は令嬢も、自分の意思ではなさそうだったが、今じゃ吹っ切れたのか分からないが、結構迫ってきていてな。どうしたものかと思っていた」
「それは大変ですね。でも、セレフィーナ様は、その心配はなさっていない様子でしたが……」
「それは、そうだろう。私とセレフィーナとの仲が揺らぐことはあり得ないからな」
そう言いながら、王太子は笑う。
「それで、ドミニク侯爵が運営しているベルート商会ですが、隣国と繋がりがあると思っています」
私たちは、特殊インクが隣国で開発されており、ベルート商会がいち早く入手しており、最近独占販売をしていることを説明した。
「隣国との辺境の領地を奪おうとしているドミニク侯爵は、隣国と繋がりがある、か」
王太子が顎に手をやり考え込む。
「そういえば……。ドミニク侯爵夫人って確か……」
「ええ。ドミニク侯爵夫人は隣国ご出身です」
王太子の側近が答える。
「やはり、そうだったな」
「……! そうなのですね」
私とルーカス様は顔を見合わせる。
「小さい頃に、すぐにこちらの侯爵家に養子としてきたから、あまり知られていないだろうがな」
そう言いながら、王太子がニヤリと笑う。
「なるほど。これは面白いな……国内の不正と国外の繋がり。両方が絡んでいる可能性があるということか」
「はい。ただ、国外の繋がりがどこまで調べることが出来るかは……」
「分かった。国内の証拠はお前達が押さえろ。国外の調査はこちらで引き受ける」
「ありがとうございます!」
私たちは、ドミニク侯爵と実行犯の繋がりの証拠を押さえる必要がある。そうすれば、国内の証拠は揃う。
「侯爵を表で断罪するには、決定打がいる。そのときが来たら――私が出よう」
◇
王太子は一歩前に出て、ドミニク侯爵に近づく。
「お前の妻の実家を経由して、隣国へ資金が流れていた」
王太子は、また一歩前に出る。
「加えて――奪われた領地、奪われそうになった領地はすべて……国境沿いに集中している」
会場がざわめき、緊張が走る。
「偶然では片付けることは出来ない。隣国と繋がる資金と流通については、取り調べで詳しく聞こう。偽造の借用書で、彼らを騙したが……」
そう言うと、王太子は会場にいる被害者達を手のひらで示した。
「お前は個人だけではなく、この国も騙したのだ。その代償はお前が覚悟している以上のことで償ってもらおう」
王太子が短く、しかし鋭く告げる。
ドミニク侯爵は膝から崩れ落ちる。エミリア様は横でオロオロとして涙を流しているだけだ。
借用書の偽造。そして、偽造書類で土地を奪うという手口。
ドミニク侯爵と関与した者達の厳しい処分は免れないだろう。
私は、放心状態で床に座り込んでいるドミニク侯爵の横を通り過ぎて、男の元に近寄った。
「お久しぶりです」
「……会ったことありましたかね」
男が私の目をのぞき込む。私は忘れたことは一度もないその顔をじっと見つめ返す。
「あなた方が使った手口、以前にも使われていますね……私の家に対しても」
男が私をまじまじと見る。いくら私の顔を見ても思い出せないという顔をしている。それは、当然だろう。彼は私と一瞬目が合っただけで、しかも10年以上前のことだ。
「覚えていないでしょうね。沢山の犯罪の一つでしょうから――我がレグナート侯爵家の領地を奪おうとしたことも、あなたにとっては数ある中の一つにすぎないでしょう」
私は思っていたより冷静に男と対峙出来ている。男と会ったら、怒りで冷静にはいられないと思っていた。しかし、全てが明るみになった今、私の心は淡々としている。
「けど、私にとっては、一生忘れることのない出来事なのです。そしてあなたの顔も私は忘れたことはありません」
「……レグナート侯爵家。あぁ! ……覚えていますよ」
男は懐かしげに目を細める。
「あれは、私が初めて実行したものですからね。今ほど腕が良くなかったので、結果的には失敗しましたが。なるほど、あの家の娘ですか」
「ようやく、あなたの逮捕にたどり着けましたわ」
男は何も答えない。私も男の返答は求めていないので、衛兵が男を連れて行こうとするのをただ見守る。
一つだけ、私は男に尋ねた。
「絵本、ずいぶん大事にしてらっしゃいましたね」
男の肩がビクっと動く。
「あなたにも大切にする何かがあったのですね。なら……奪われる痛みも、ご存じでしょう?」
男は何も反応をしない。私も答えを期待はしていなかったので、そのまま衛兵に連れて行かれる彼の背中を見送った。
壇上の近くでは、エミリアが床に座り込み放心状態である。そこにセレフィーナが近づく。
「王太子に近づいたのは、父親であるドミニク侯爵からの指示ですわよね」
エミリアがセレフィーナを見上げる。顔がクシャリとなり、涙を流しながらうなずく。
「あなたは利用されていただけです。ですが……それで許されるとは思わないことです」
泣いているエミリアは俯く。セレフィーナは容赦なく言葉を浴びせかける。
「あなたの処分は、王太子に言い寄っただけでは、おそらく大きくはないでしょう。ただ、爵位はなくなり、平民になるので、今後の生活は厳しくなるでしょう」
セレフィーナの横に王太子が近寄る。王太子は、セレフィーナが予想する処分に対して、異議を述べない。
「自分で選ばなかった結果は、全て自分に返ります」
セレフィーナは、少し離れた場所にいるミラの方をチラリと見ながら続ける。
「生まれながらの貴族という、身体に染みついた生き方は、平民になったときには障害になるでしょう。ただ――それでも逞しく生きている者もいます」
セレフィーナは、エミリアと同じ目線にしゃがみ込む。そして、エミリアの目をまっすぐに見ながら告げる。
「誰かに証明してもらうのではなく、自分で価値を証明できるようになりなさい」




