第38話 告発書②―暴かれる陰謀―
王城で開かれるマルディアス王太子の誕生日パーティー当日。私は、マルディアス殿下の婚約者であるセレフィーナ様の友人として招待され、同じく招待されていたルーカス様にエスコートされて会場に入った。
「ミラ。今日のドレス、とても似合っているよ」
「ありがとうございます。こんな素敵なドレスをプレゼントしてもらったら、お返しをどうしたらよいか悩んでしまいます」
「お返しなんていいよ。僕が選んだドレスを着てくれるだけで嬉しいから」
ルーカス様は満面の笑みを浮かべる。
その笑顔を見た周囲の令嬢らから、軽い黄色い悲鳴が聞こえる。最近では見慣れてしまっていたが、ルーカス様の笑顔の破壊力は抜群なのだ。
「……いよいよだな」
「えぇ。少し緊張しますね」
先ほどまでの柔らかい雰囲気から一転して、私たちは気を引き締めた。
今日のパーティーにて――ハンコの不正による被害者の涙を止めてみせる。
「まず、王太子とセレフィーナ様に挨拶をしに行きましょう」
「あぁ。そうだな」
◇
「セレフィーナ様。今日はご招待いただきありがとうございます」
「ミラ。良く来てくれたわね。それにルーカス様、お久しぶりです」
「お久しぶりです。いつもミラを気にかけていただきありがとうございます」
ルーカス様がそう答えると、セレフィーナ様は私とルーカス様の全身へ目を走らせ、小さく眉を動かした。
「ルーカスとミラは、もうそういう感じだったのね」
セレフィーナ様が扇子を口元に当てながら、目を丸くしている。
「そういう感じとは?」
「そのドレスとネックレスの色。ルーカス様の色だらけじゃないの。しかも、ルーカス様の目つきが、ミラに近寄る者を射貫かんばかりよ」
「そんなんじゃありません! ただ、ルーカス様がこのドレスを着てほしいっていうので」
私は顔を赤くする。セレフィーナ様はそんな私を見て笑っている。
ルーカス様はというと、王太子がいる方をじっと見て、眉をひそめている。
「ルーカス様?」
「あ、ごめん。セレフィーナ殿。あの王太子の横にいる女性は?」
私はルーカスの言葉を聞き、王太子の隣に目を向ける。淡いピンクのドレスに身を包んだ令嬢が、愛らしい笑顔を王太子に向けている。
「……あぁ。あの方ね。ドミニク侯爵の娘のエミリアよ」
「ドミニク侯爵の!」
私はつい声が大きくなってしまった。
「えぇ。マルディアス様は楽しんでいるようだけど、私はあまり良い趣味とは思えないのよね」
「それって……王太子は、まさかエミリア様をお気に召しているということですか?」
私は恐る恐ると聞いた。ルーカス様も少し身を固くしている。
もしそうだとしたら、これからの展開が少しややこしくなる。
「うふふ。もしそうでしたら、私から婚約破棄を宣言しているわよ」
「……じゃあ、楽しんでいるというのは?」
「相手を叩くときには、まずは上げてから落とす、らしいの。私はあまりスマートではないと思うのだけどね。甘い顔をすると敵が減らないと言うのよ」
「……確かに、王太子は敵も多いですからね」
「さすが殿下……容赦ないな」
ルーカス様も王太子が『楽しんでいる』という意味に、怖い怖いとでも言いたげに肩をすくめる。
改めて王太子の方を見ると、エミリア様が、王太子の腕にしがみつくようにしている。王太子も嫌がって振りほどかないので、エミリア様も周りの人も勘違いをしているようだ。
その横の方に……ドミニク侯爵がいる。エミリア様と王太子の様子を見て、ニヤニヤしている。
「ドミニク侯爵おりますね」
私はルーカス様に囁く。
「あぁ。あの笑顔。セレフィーナ殿に替わって、娘が王太子の婚約者になれると期待している顔だな」
「あの顔が、これからどう変わるのでしょうか」
「見物だな。王太子の挨拶が始まりそうだ。そろそろ、戦いの始まりだ」
◇
王太子が壇上に近づく。セレフィーナ様も王太子に続く。
王太子の周囲もピリリとした雰囲気となっている。会場のざわめきが次第に小さくなっていった。
壇上のすぐ下にはエミリア様とドミニク侯爵がいる。
「本日は良く集まってくれた」
王太子の挨拶が始まった。
「本日は、私の誕生日を祝いに来てくれたことへの感謝を伝える以外に、個人的にも重要な話がある」
会場が少しどよめく。予期せぬ王太子の発言に、戸惑っている様子だ。
「ドミニク侯爵、前へ」
ドミニク侯爵とエミリア様がちらっと顔を見合わせる。ドミニク侯爵がニヤリとしている。
周囲が色めき立つ。
「もしかして、セレフィーナ様との婚約破棄かしら」
「最近、王太子はエミリア様と仲がよろしいですものね」
「私はセレフィーナ様と王太子がお似合いなので、ショックだわ」
「セレフィーナ様はキレイすぎて近寄りがたいから、エミリア様くらいの方が親近感あるわ」
ひそひそと話している方達は、セレフィーナ様と仲の良い方達ではない。そういう方達からすると、王太子がエミリア様に乗り換えると思ってしまうのだろう。
ドミニク侯爵が王太子の前に向かう。
「その前に、確認しておかなければならないことがある」
ドミニク侯爵の歩みが止まる。
「近頃、不正な契約による被害が報告されている。そして、その一端に、あなたのベルート商会の名前がある」
「な……何をおっしゃっているのですか?」
「ここからは、あの者達に説明をしてもらおう。ルーカス、ミラ。頼む」
「ミラ。行くぞ」
「はい」
私とルーカス様が、人混みをかき分けて、壇上に近づいた。
そして、ドミニク侯爵の目の前に立つ。いよいよ全てが明らかになる。
「ドミニク侯爵様は初めましてですね。ミラと申します。ハンコ職人をしております」
「はぁ? ハンコ職人だと? ……王太子、これは何の茶番ですか?」
ドミニク侯爵は、不快だという表情を隠さない。ただ、私のことは平民とバカにしているからか、全く顔を見ようともしない。
「単刀直入に言います。ベルート商会で、偽造借用書を作っていましたよね」
「お前は何を根拠に言っているんだ?!」
初めてドミニク侯爵と目があった。敵意むき出しの目だ。
「ベルート商会で取引があった方々が、覚えのない借用書を作られていたのです。被害者の方々も、ここの会場にはいらしていますよ」
ドミニク侯爵を睨んでいる者たちが会場にいる。
「皆さん、ベルート商会の確認書にサインをしていました。そのサインを、借用書に書き写していたのですよね?」
「だから、何を根拠に言っているんだ!」
「確認書のサイン。被害者の字が汚くて読めなかったようで、借用書に間違えた名前でサインをしているのです。しかも、2カ所も……自分の名前を間違えるなんてありえません」
「……それだけで偽造とは言えないだろう!」
ルーカス様が借用書を出して私に渡す。
「この借用書。日付は1年前ですが、このハンコの滲み具合。数ヶ月前に押されたものです。1年前に押されていれば、ハンコはもっと滲むはずです」
「はぁ?」
「そして、借用書に使われているハンコのインク。これ、ベルート商会が隣国から取り寄せて、数ヶ月前から独占販売をし始めたインクですね。発色が良くて光に照らすと反射するので、ハンコ押したときの見た目が良いのです」
会場がざわつく。
サイン、インク、偽造の借用書に、ベルート商会が関わっていたという認識が会場中にじわじわと浸透していく。
「借用書が偽造ではないかと相談しにきた方々もいますが、残念ながら、偽造借用書をそのまま受け入れてしまった方もいるのです」
目の端に、怒りの表情をしてドミニク侯爵を睨んでいる方々が見える。
「その方は、借金の返済として領地を取り上げられました。そしてその領地の所有者は……ドミニク侯爵・あなたが土地を獲得しましたよね」
「お父様……?」
さすがにエミリア様も不安そうな顔をしている。この様子だと、父親の悪行は知らないのかもしれない。
「……現場が勝手にやっていたことだ! 私は知らん。ベルート商会は下の者に任せている。私はただ借金回収として領地を渡してもらうことになったと聞いただけだ」
「そう言うと思った。予想通りだな」
ルーカス様がフッと笑った。
「あなたが、現場の暴走だと言い逃れをすることは予想済みだ。王太子、あの者を連れてきてもよろしいでしょうか」
「あぁ許可する。ガレス衛兵長。連れてこい」
会場の扉が開いた。手を後ろに縛られた状態の男が入ってきた。
「……!」
ドミニク侯爵は一瞬目を丸くした。しかし、引きつる顔をすぐに戻して、叫びだした。
「誰ですか、あいつは。ベルート商会は現場に任せていたので、よく分からん奴に騙されてしまったのかもしれないな! そんな奴の話を聞いてどうするんですか」
「その男ですわ!」
会場の群衆をかき分けて、ベアトリス侯爵夫人が現れた。
「以前のパーティーで、その男がドミニク侯爵と言い争いをしておりましたわ」
「は……? ベアトリス夫人、な、何をおっしゃっているのですか」
ドミニク侯爵が慌てている。さすがに、財務局幹部の侯爵の妻であるベアトリス侯爵夫人への態度と、平民の私への態度とは違う。
「その男、人目を避けるようにしていましたし……何より、足を引きずっていたので覚えておりましたわ。さきほども、足をひきずられていましたわよね」
「な……!」
「わたし、あの日は少し風邪気味でして、もう帰ろうかなと思いながら、庭で休んでいたのです。そしたら、パーティーに似つかわしくない方がドミニク侯爵と争っているので、何事かと思って遠くから見ていたのです。でも噂話は好きじゃないですから、帰ってから夫に話しただけですわ。でも……」
「夫人。ありがとうございます」
このままベアトリス夫人に喋べらせると長くなりすぎるので、私は割って入った。
男とドミニク侯爵の繋がりがないかを調べている時に、たまたまデザインスタンプの注文を届けたベアトリス夫人との会話の中で出てきたのだ。ベアトリス夫人は、以前、借用書の事件を解決してから常連になってくれており、ハンコ作成時間よりも長い夫人のお喋り相手として関係が続いていた。そのため、私は、王太子のパーティーにて証言をしてもらうことをお願いしていたのだ。
「そ、そんな男は知らん! 私は何も知らない。悪いことをしたのなら、その男が勝手にやったのだろう!」
ドミニク侯爵は、その男を突き放す。
すると、その男が少し笑みを浮かべた。
「ドミニク様。それはないでしょ」
男が口を開く。
「ドミニク様。私を切ろうとしても無駄ですよ。あなたと私は一蓮托生。私だけを切り捨てるなんて許しませんよ」
男がそう言うと、ドミニク侯爵は口をパクパクさせている。そんな侯爵の様子を見て、男は口元をゆがめながら薄く笑っている。




