第37話 告発書①―真実を隠す箱―
ベルート商会が事件に関わっていると考えた私達は、ベルート商会を運営している貴族を調べた。この商会は、ドミニク侯爵。辺境の領地を調べたところ、いくつかの場所の名義はすでにドミニク侯爵のものとなっていた。借用書がおかしいと反論することなく受け入れてしまい、領地を借金の回収として取り上げられてしまった者がすでにいたのだ。
「突然、借用書があると言われて、パニックになってしまいました」
私とルーカス様は、その被害者に話を聞きに行った。
「とても返済できる金額ではなかったのですが、辺境の領地を渡してくれれば借金をゼロにしてあげると言われて……」
「それは、借金の取り立てをしてきた男が言ってきたのですか?」
「はい。ただ、辺境の重要性は私も理解しています。なので、よく分からない者に渡すことは出来ない、内陸の他の領地を提案したいと言ったんです」
「なるほど」
「そしたら、ドミニク侯爵が領地経営をすることになるので安心して良いと言われたのです。なんでも、借金回収業もドミニク侯爵が運営しているベルート商会が行っており、領地については、ドミニク侯爵が責任を持つ、と言っていました」
「ドミニク侯爵が土地の所有者になるということですか」
「えぇ。商人あがりの新興貴族ではありますが、王宮議会でもかなり派閥を広げていて、領地経営の素質もあると聞いていましたので、彼なら大丈夫だろうと思いました」
被害者から話を聞き終わった私達は、確信を深めた。
ベルート商会、そしてドミニク侯爵が事件に関わっている。
「あと少しと言う気がするんだ」
「えぇ。被害者は、みんなベルート商会で確認書を書いています。その確認書での署名ミスと全く同じミスが借用書に書かれている。そして、借用書のインクは、ベルート商会のみが取り扱う特殊インク。ここまでで、ベルート商会の関与自体は否定できないはずです」
「あぁ。確かに、ベルート商会は、偽造借用書を知らないとは言えないだろうな」
「ベルート商会を運営しているドミニク侯爵が、借金の取立の結果、領地を獲得している。ですが、これだけでは、現場が勝手に暴走した、と言えてしまいます」
「ドミニク侯爵自身の関与を示すには、もう少し証拠がほしいな」
「えぇ。キーマンは、実際に被害者と会って確認書を書かせ、借金の取立を行っていた実行犯ですね」
「使えるツテは全て使って調査してみる」
「お願いします」
ルーカス様が静かに頷く。
◇
しばらくして、ルーカス様が息を切らせながら工房へとやってきた。
その顔を見ると、良い報告なのだろうと分かる。
「ミラ。あの実行犯の男が拠点としている宿屋が分かった!」
「この王都にまだいたのですね」
「それで、さっそく宿屋に行こうと思うんだ」
「私も行きます」
私が間髪を入れずに答える。ルーカス様は戸惑っている。
「危ないかも知れないから、ミラは来ない方がいい」
「いいえ! 乗りかかった船です。最後までちゃんと私も関わりたいです」
私の強い口調とまなざしに、ルーカス様は諦め、仕方ないというようにため息をついた。
「……分かった。宿屋の調査には、ガレス衛兵長に協力をお願いしているから、ミラはガレス衛兵長から離れてはダメだぞ」
「わかりました」
そして、私たちは目的の宿屋に着くと、そこには私服のガレス衛兵長がいた。
私は軽く挨拶をする。
「事件解決のためとはいえども、危ないことをまたしようとしているんだな」
「すみません。いつも助けていただいて」
「この宿屋の男が偽造借用書に関わっていることは、ルーカスが見せてくれた証拠から明らかなので、本来なら、ここから先は警備局がやることだがな」
ガレス衛兵長は、ため息をつく。
「君たちには何回も言っている気がするが……今回は特別だからな」
「いつもすみません」
「ガレス殿。何かあったらミラを守ってください」
「もちろんだ。ただ、そこは、僕がミラを守る、といった方がカッコいいんじゃないか?」
「……ミラ。僕が――」
「ガレス様。何かあったら守ってくださいね」
ガレス衛兵長がやれやれといった顔をしている。
「冗談はさておき、今の時間帯、奴はいないことは分かっている」
「ただ、長く調べるのは危険だ。30分が限界だ」
「わかりました」
「じゃあ、行くぞ」
私たちは、宿屋の主人から鍵を借りて、男が泊まっている部屋の扉を開けた。
机の上には本や書類が積み重なっている。
書類の位置を動かさないように注意しながら見ると、ベルート商会作成の確認書のひな形があるのを確認した。私が書類を見ながら少し考え込んでいると、ガレス衛兵長が声をかけてきた。
「ミラさん。これを見てくれ」
ゴミ箱に入れそびれて床に落ちていた、クシャクシャに丸められた紙を広げて、渡してきた。
「これは……サインの練習でしょうね」
そこには、同じ人の名前が何度も書かれている。
「ミラ。このインクって」
ルーカス様が小さな瓶に入っているインクを指さす。私は瓶の蓋を少し開けて匂い嗅いでみる。
「これは、ベルート商会で最近売り出し始めた、滲まないという特殊なインクの匂いです」
「やはり、書類のハンコには、このインクを使っていたのか」
私たちは、更に何かないか探す。無造作に置かれた男の荷物。その中に木箱があった。
一見すると何の変哲もない木箱のようにみえる。私が近づいてその木箱を触る。使われている材木が質の良いことが、触ると分かる。
位置を動かさないように注意しながら、その木箱を開ける。
中には小さな本が入っていた。ボロボロの表紙。慎重にその本を取り上げてみる。
(絵本……しかも、これは隣国の絵本)
彼にとって大事なものなのだろう。木箱に入れてあることとその表紙から分かる。
あの男は……隣国の人間なのだろうか。
私が絵本を箱の中に戻そうとしたときに、違和感を覚えた。
箱の外側の大きさと中の大きさが合わない。これは……二重底になっているのではないだろうか。
絵本を再度取り出して、底をこぶしでコンコンと叩いてみる。
小さな空洞があるのは間違いがなさそうだ。
私は木箱を慎重に観察をするが、二重底の開け方が分からない。
「ルーカス様。ガレス様」
「どうした。何かあったか?」
私は木箱を指し示しながら、二人に伝える。
「この箱、二重底になっているようです」
「え?」
「恐らくですが、この箱には細工があるようです」
「その二重底、どうやって開けるんだい?」
ルーカス様が恐る恐るといった様子で、木箱を叩いている。
「それは分からないのですが、空洞になっているのは間違いありません。この木箱、普通の荷物と同じく無造作に置かれていましたが、あえて興味を持たせないようにしているのではないでしょうか」
「それは――何か隠すためにか?」
ルーカス様の発言に、私は「恐らく……」と呟く。
「でも、開け方が分からないとなぁ。しかも今日はもう時間がないぞ」
「ガレス様。日を改めて、もう一度調査すること可能でしょうか」
ガレス衛兵長が腕組みをしながら、難しい顔をしている。
「……あまり何回もこのようなことをするのは、好ましくないが」
「数分でも構いません」
「……分かった。調整しよう」
「ミラ。日を改めれば開け方が分かるのかい?」
ルーカス様が心配そうに私に尋ねる。
「私はわかりません。ただ、この材質と細工。おそらく作り手は……」
◇
私達が再び、男の拠点である宿屋の近くにいた。そこに、一人の男性が近づいてくる。
「ミラさん! お久しぶりです」
「エルト様! お元気そうでなによりです。今日は突然お呼びだてしてすみません」
「いえいえ。ミラさんにはお世話になったので、全然構いません」
エルト様は、以前、弟が父親の遺言書を偽造した事件で知り合った、家具工房のライナー商会の代表である。
「ルーカス様も本当にお世話になりました」
「あの後、あなたの工房の椅子を行政庁でも使わせもらっています」
「お引き立ていただきありがとうございます」
エルト様がにこやかな顔で答える。そして、私に少し真剣なまなざしを向けてきた。
「それで、うちの父が作ったと思われる箱があるということですね」
「えぇ。たぶんですが、二重底になっているのです。でも開け方が分からないのです」
「なるほど。じゃあ、さっそく現物見せていただけますか?」
「はい。ただ、来てもらって申し訳ないのですが、数分間しか時間がないのです」
「大丈夫です。親父が作った物なら、開け方は分かります」
私たちは、ガレス衛兵長の先導のもと、再び男の部屋へと入った。
前回とあまり変わりはない。前回の侵入はバレてはいないようだ。
問題の箱は、以前と同じ場所に無造作に置かれていた。私が、エルト様に「あの箱です」と伝える。
エルト様が慎重に木箱を持ち上げて、眺め回す。
「あー……これは懐かしいなぁ! どれどれ」
木箱には、金具がわざと見えない位置に隠されていたようで、エルト様はその金具を器用に引っ張り出して、絶妙な角度で押し込む。
すると、カチリと音がして、底が少し浮いた。
「はい。開きました」
「……さすがです」
エルト様は3秒もかからずに木箱を開けた。ルーカス様らも小さく感嘆の声をあげている。
「いやぁ。これはまさに親父の作品です。一時期、この隠し空間を作ることに凝っていたのです。親父の遊び心ですね」
「素敵なお父様ですね」
二重底を開けると、そこには数枚の紙が入っていた。
「……これは」
私が手に持つ紙を、ルーカス様とガレス衛兵長が覗く。
紙に書かれている内容を理解した私達はお互いに顔を見合わせ、深く頷くのであった。
「それはなんですか?」
エルト様が訝しげに尋ねる。
「これは……とある侯爵の不正の証拠です」
「……悪いことの書類ってことですか。親父はこういう細工を楽しんでいましたが、こんな使い方は望んでいなかったでしょう……」
使う者が楽しむようにとの思いで作られた隠し箱。
そこに隠されていたのは、楽しい何かではなく、真実であった。




