第40話 最終報告書―そして、これから―
あの王太子のパーティーでの断罪のあと、ドミニク侯爵は爵位剥奪のうえ、処刑が決まった。
もっとも、隣国との関係についての調査や対応が全て終わってからの執行となった。
ドミニク侯爵の妻や、あの男も同様だ。
そのほか、ベルート商会で詐欺を知っていて積極的に加担した者・やむなく加担した者など、その罪の濃淡によって、鉱山での労役や財産没収などの処分がそれぞれ下された。
私とルーカス様は、王太子から呼ばれて、王宮の客間においてその処分内容を聞いた。
「ルーカスとミラ。今回はお手柄だった。隣国との衝突を未然に防ぐことができた」
「とんでもないです。ただ……やはりこれは隣国による計画だったのでしょうか?」
ルーカス様が王太子に尋ねる。
「現在の調査では、隣国の貴族の一部が絵を描いていたようだ。隣国の王弟派の者たちだそうで、いまの王を蹴落とすために行っていた、そうだ」
「隣国の現政権に対するクーデーターであって、いまの王は知らないことだった、と」
王太子は、鼻で笑うように、短く息を吐いた。
「あぁ。隣国は、そういうことにするようだな」
「なるほど……そういうことにしなければ、といったところですね」
「とりあえずは、我が国に有利な条件でいったんは解決するだろう」
王太子は紅茶が入ったカップに手をかけて、一口飲む。
「それで、ミラ。話があると聞いておるが」
王太子が私に話を振る。私は背筋を伸ばして口を開く。
「今回、ハンコがニセモノと気づけましたが、偶然気づけただけだと思っています」
「ふむ」
「ルーカス様と何度も見てきました。盗まれたハンコ、作られたハンコ。でも、ハンコがあれば本人の意思、本物の書類と思われてしまう」
私は、両親の事件を含めて、今までの事件を思い返していた。今回はインクの滲みから、ハンコはニセモノと証明できた。ただ、この先も必ず見抜くことが出来るかと言われれば分からない。
「印が本物でも、書類が本物とは限りません」
私は一度、短く息を整える。そして、王太子の目を見て話す。
「だからこそ――誰が、いつ、どのハンコを使ったのか、を証明する制度が必要です」
室内の空気が、わずかに張り詰める。私は王太子の次の言葉を黙って待つ。
「……なるほど。つまり、疑う必要がない状態を作るのか」
「はい。どんなに複雑なハンコを作っても、敵も巧妙になれば、複雑なハンコですら偽造できてしまうかもしれません。ですので、公的な制度で、ハンコを守る必要があります」
私は事件を通して考えていた。私が作るハンコは、簡単には真似ができないと自負している。
かなり精密で、しかも家紋と名前も組み合わせている。
しかし、私の作るハンコを全員に行き渡らせることは無理だ。簡単に真似できるハンコを使い続ける人たちも大勢いるだろう。
だったら、ハンコが本人の物である、ということを別の形でも保証する必要がある。
そのためには、ハンコの押印を国に管理してもらうのだ。ハンコを使う際には、その証明を必要とすることにする。
そうすれば、詐欺師が勝手に作ったハンコを押して契約を作るだけでは、本人のハンコであることの証明がされていないことになり、詐欺は難しくなるだろう
王太子は私の熱い訴えを黙って聞き、そしてしばし考え込む。
「……よかろう。制度として整備するよう、陛下に進言しておこう」
「ありがとうございます」
私はホッと息を吐く。緊張が少しだけ和らいだ。
「お前の提案を聞いたのだ。私からの提案も聞いてくれるか?」
「……もちろんです」
私は即答をしつつ、何を言われるのだろうとドキドキした。
隣でルーカス様も緊張をしている。
「ミラ。いやミラージュ・レグナード令嬢。あなたに爵位を戻したい」
「……は?」
私はつい間抜けな声が出てしまった。
ルーカス様も眉をピクリとあげて驚いている。
「今までの事件解決に加えて、今回は国と国の問題をも解決した。それだけでも爵位を授ける価値がある」
「……滅相もございません。ただ詐欺が許せなかっただけです」
「それに、先ほどミラが話した内容で制度を作る際に、ミラの協力は必要になろう。その際に、肩書きというのが役に立つ」
「……」
ルーカス様が心配そうに私のことを見る。私はなんて答えてよいか分からずにいる。思いもよらない王太子の言葉に、私は混乱する。
「肩書きなんて関係ない、というお前の心の声が聞こえる。だが、今後の国の歴史を変える制度を作るのだ。それに見合った肩書きがあった方がよい」
「でも、私は……」
ルーカス様が私の言葉を遮り、優しい声で語りかけてくる。
「ミラ。ミラは侯爵でも平民でも何も変わらない。けど、だったら、元のミラに戻っても良いのではないか?」
「……」
肩書きは関係ないと言いつつ、肩書きにこだわっていたのは私かもしれない。
元の私。
私は……レグナード侯爵の長女ミラージュ。そして、今はハンコ職人。
私は王太子から視線を外さないまま、しばらく沈黙をしてから口を開いた。
「……領地経営は出来ません。貴族としての社交も出来ませんよ?」
「ああ。もちろん。ハンコ職人を続ければよい。セレフィーナもお前の作品はたいそう気に入っているからな」
「……私に爵位があった方が、王太子としても制度を進めやすいのですね」
「そうだ。あなたにとって、などと言ったが、本当は……私のためだ」
そう言いながら、王太子は頬を掻く。
「……分かりました。爵位の件、ありがたくお受けいたします」
こうして、私は元侯爵令嬢から、レグナード侯爵となった。
ただ、中身はハンコ職人のまま。侯爵令嬢のハンコ職人だ。
◇
「ミラ。今度の爵位授与式に着ていくドレス持ってきたよ」
ルーカス様がいつものように工房を訪れる。
その手には、ルーカス様の目と同じ真っ青なドレス。可愛らしいフリルやリボンがついていて、それらはルーカス様の髪の毛と同じ金色だ。
「……ちょっと、このドレス、可愛らしすぎませんか?」
「そんなことないよ! ミラに似合うと思うよ」
ルーカス様はそう言うとドレスを渡し、私はそれを受け取る。
私には少し甘めなデザインな気がするが、ルーカス様が似合うというのならば純粋に受け止めようと思った。
「ミラと初めて会ってから今まで、色々なことがあったなぁ」
ルーカス様がしみじみと振りかえる。確かに、色々あった。まさか国の制度まで変えることになるとは思いもしなかった。
「えぇ。ハンコ職人としてひっそりと暮らしていく予定だったんですけどね」
「えぇ! それはごめん。でも、ミラの才能からして、それは無理だったでしょ」
ドミニク侯爵の事件以降、ハンコの注文が劇的に増えた。
そのため、今の工房では手狭になるため、広い工房に近く引っ越す予定である。それに伴って、雑用なども担う事務員も雇う予定である。
「事務員の面談は僕がするからね」
「……なんでですか。それにルーカス様が面談にきたら、女性陣は緊張しちゃいますよ」
「えー。それは面倒だけど、でもどんな人か僕も見ておかないとダメだから!」
私は、頬を膨らますルーカス様を見て、笑ってしまった。
「……まぁ。それは置いておいて」
ルーカス様は軽く咳払いをした後、言葉を続ける。
「一応言っとくけど、僕かなり本気だからね」
私がルーカス様の顔を見る。ルーカス様も私をじっと見つめる。
「いつになったら気づくの?」
ルーカス様は、初めて会った時から今まで、何も変わらない。まっすぐで、少し不器用で。
私は……平民から侯爵に戻ったけど、何も変わっていない、はずだ。
いや、一つ変わったことがある。
奪われるくらいなら、何も持たない方が良いと思っていた。
けれど、今は――。
「……とっくに、気づいていますよ。ルーカス様の方こそ気づいていないんじゃないですか?」
私は頬を赤く染めたまま、ふいとそっぽを向く。
その仕草に、ルーカス様は満足そうに微笑んだ。
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次作でもお会いできれば嬉しいです。




