第35話 技術同意書③―同意書に隠された証拠―
「技術同意書が偽造だったということが分かれば、ヴェール工房の信用を取り戻すことが出来ます」
「今のままだと、欠陥品のような商品をヴェール工房は認めているのではないか、と思われてしまうからな」
私たちは、私の工房に戻り、今後の動き方を検討していた。
「えぇ。早く手を打たなければ。フォルト工房の商品、新しい工房のはずなのに流通のスピードが早いので」
「……それも妙だよな。新しい工房がなんでそんな資金力があるのか。そこも調べてみたら何か出てくるかもな」
「えぇ」
私は技術同意書をじっと見つめる。何かが引っかかる。モヤモヤが気持ち悪い。何か分かりそうで分からない。頭が整理つかない状態だ。
私はおもむろに小刀を握り、木材を彫り始める。
「……ミラが急に彫り始めたということは、何かモヤモヤしていることがあるんだな」
ルーカス様が黙って私を見守る。私は頭のモヤを整理するために、一心不乱に彫る作業に集中する。
「ふぅ。出来た」
「ミラ。頭は整理されたかい?」
「ルーカス様! すみません。待たせていることも忘れてしまい」
「いいんだよ。ミラが何かを思いつきそうなときに必要な行動だ」
ルーカス様は私の行動を理解してくれている。
そんなルーカス様に感謝しつつ、私はクリアになった頭で、再度技術同意書を見る。
「……このハンコの印影、妙ですわ」
「どこが?」
「滲み方が……最近のものです」
印影の境界がくっきりと均一であり、紙にインクが染みこんでいない。紙の面に乗っているだけというような質感である。
「昔から使われているインクは、油分が紙となじむんです」
インクの油分が時間と共に紙に沈み、にじんでしまう。
なので、普通、ハンコの印影にはわずかなムラが出てしまうのだ。
「でも、この同意書の印影は滲んでいない。この滲みは、せいぜい数ヶ月以内でしょう」
私は工房を開く前から、ハンコを彫ったら試し押しをし、それを紙にまとめていた。
私はその紙を取り出す。
「契約書で使われる紙に試し押しをしていました。私のハンコは正式な書面で使われることを想定していましたので」
私はその紙をペラペラとめくってみせる。
「これが1年前のハンコの印影です」
「確かに、滲んでいるな。インクが紙の繊維の中に入り込んでいるように見える」
「えぇ。そして、これが3ヶ月前のハンコの印影です」
「……滲んでいない。今回の同意書と同じようにクッキリとしている」
「この同意書の日付は……1年前のものです」
「には見えないな」
私達は顔を見合わす。突破口を見つけたという高揚感を徐々に感じている。
「えぇ。これは、せいぜい数ヶ月以内に押されたものです」
「ということは、ハンコが偽造されたということか」
「おそらく」
「1年前に滲まない特殊なインクを使っていたという可能性はないか?」
「インクにはそれなりに詳しい方ですが、1年前にそのような特殊なインクがあるとは聞いたことがありません。ただ……」
「ただ?」
「先週、ノミの市に行ったんです。最近、特殊なインクが隣国で流行っているらしく、まだこの国では一般流通は限られているけど、これが流通したら、在庫のインクが売れなくなってしまう、とインク屋が言っていました」
「特殊なインク……しかも隣国……」
「えぇ。今回の同意書は1年前のものなので、特殊インクが使われている可能性はないと思います」
「特殊なインクって、何か聞き覚えがあるな」
「……えぇ。あの商業組合の土地の事件ですよね」
「そうだ! ミラは、あの契約書は特殊なインクを使って細工した以外のカラクリはないと言っていたんだった」
「しかも、インク屋曰く、隣国の特殊インクは――ベルート商会が独占契約をしているらしい、と」
「ベルート商会! それはまさに」
「えぇ。あの組合の土地の事件での相手。使えない土地を奪ったベルート商会です」
「偶然……とは言いづらいな。これは何かあるな」
「気になりますね」
「あぁ。調べてみる価値があるかもしれないな」
「ところで、ミラ」
「なんでしょうか?」
「先週、ノミの市に行ったんだね」
「え、ええ」
「僕、誘ってもらっていないんだけど……」
ルーカス様が、恨みがましい目で私を見てくる。
「……次回誘います」
「約束だからね」
◇
「また、あなたたちですか」
ルーカス様と一緒に、私はフォルト工房に来ていた。
今回は、ヴェール工房の工房長も一緒だ。
「君ね。私の工房の技術同意書があるって言ってるけど、私の工房ではこんなの書いていないんだよ」
「今さら何を言っているんですか。同意書にサインとハンコを押しているのが何よりの証拠じゃないですか」
フォルト工房のエルト工房長が面倒くさそうに話す。
「同意書があろうがなかろうが、君の工房の製品は未完成品だ。あんなのは売っちゃダメな代物だ」
ヴェール工房のロイツ工房長がランプ職人のプライドとして指摘する。
「……ずいぶん失礼なことを言いますね。あなたの技術同意を得たというお墨付きがあるという理由もありますが、うちのランプはすごい売れているんですよ。それって、お客さんが、あなたの『元祖』ランプよりも、うちのランプの方が、優れているって評価しているってことじゃないですか?」
「本物でなければ、いずれ淘汰されていく。売れているのも今だけだよ」
「まぁ、何とでも言ってください。元祖のお墨付きっていうのは商品の信頼をあげてくれるのでね。その点は感謝していますよ」
「そのお墨付きというのは、技術同意書があるということですよね」
ルーカス様がフォルト工房のエルト工房長に話しかける。
「えぇ。そうです」
「その同意書、ニセモノですよね」
「……何を根拠に言うのかな?名誉毀損になるぞ?」
「インクです」
私がルーカス様の言葉を引き継ぐ。フォルト工房の工房長は怪訝そうな顔をする。
「……え?」
「技術同意書に押されているインク。1年前のものではないんです」
「……何を言っているんだい。1年前に押した――」
「いいえ、違います。1年前に押したのならば、インクが紙に染み渡り滲むのです。でも、この契約書には滲みは一切ありません。そんなインクは、あり得ないんです」
私は毅然とした態度で迫る。
エルト工房長の額には大粒の汗が浮かんでいる。
「いや、たまたま、滲まないということも――」
「ありません。特殊なインクじゃない限り。私、何十個、何百個とハンコ押しているんです。インクも色々と使ってます。滲まないインクは、いまは我が国では一般流通していません」
エルト工房長の汗が止まらない。視線が落ち着きなく動いている。
「それに、もう一つ証拠がある」
ルーカス様が追い打ちをかける
「しょ、証拠?」
「あぁ。グレイスを知っているな」
「……!」
「心当たりあり、という顔をしているな」
ルーカス様がにやりと笑う。
「ルーカス様、グレイスって……うちの工房にいた彼ですか?」
ヴェール工房のロイツ工房長がルーカス様に問いかける。
「ええ。そうです。ヴェール工房を辞めて独立して、突然店を閉めていなくなってしまった彼です」
二人の話を聞いているフォルト工房のエルト工房長の顔色は青白くなっており、吹き出す汗がとまらないようだ。
「消したと思っていたのか? あいにく、彼は生きていた」
「な、何をおっしゃっているのか……」
エルト工房長の体は震えている。
「彼は、ここにいるロイツ工房長が営んでいるヴェール工房から『技術同意書』をもらっていた。ただし、外形の技術についてだけだ。その同意書を元に――偽造をしたんだろ?」
「な、何を根拠に……」
「借金の返済をかたに、グレイスから技術同意書を奪い取ったんだろ? グレイスは後悔していたぞ」
「……」
「グレイスの口封じはもう出来ないぞ。彼はいま王宮警備局にて保護されている」
「……くそっ!」
「もう言い逃れはできないぞ。工房の外には衛兵も待っている」
エルト工房長は、膝から崩れ落ちた。
「私は……確かに同意書は偽造した。だけど、彼を殺そうとはしていない! 私は!」
「お前が殺そうとしたかしていないかは、警備局に聞いてもらえ」
◇
「今回も一件落着だな」
ルーカス様が伸びをし、ふぅと息を吐く。
いつものように、私とルーカス様は、私の工房で小さくお疲れ様会を開いていた。
ルーカス様が持ってきたパン、私が作ったスープ。
いつもの夕食と変わらないと言えばそうかもしれないが、気持ちの問題だ。
「ヴェール工房の評判が戻って良かったです」
そう言って、私はテーブルに置いてある火を灯したランプを眺める。
炎の揺らぎ方が安心感を与える。本物の証拠だ。
「このランプ、王宮でも採用されることが決まったそうです」
「そうなのか?! それはすごいな」
「えぇ。元々セレフィーナ様がこのランプを気に入っていましたので、王太子に進言したそうですよ」
「なるほど。セレフィーナ様は本物を知る女性だなぁ」
「それと……最近、王都で、小ぶりだけど妙に長持ちするランプ、というのが話題になっているのご存じですか?」
「それは、ヴェール工房を模倣するところがまた現れたということか?」
私は首を横に振る。
「私も最初また事件かと思って、ヴェール工房にも一応聞いてみたのです。そしたら、そのランプの存在をすでに知っていました」
私はそのときのヴェール工房のロイツ工房長の顔を思い出す。
子どもの成長を喜ぶような親の顔をしていた。
そして「……あいつの癖がネジの締め方に出ているよ、まだ修行が必要だな」と笑っていた。
(技術も信頼も、積み重ねていくことが大切ですね)
「でも、フォルト工房の件は終わったかもしれませんが、私は終わったとは思えません」
私はポツリといった。
ずっと引っかかることがあった。
フォルト工房が技術同意書を偽造した。それはフォルト工房が実行したことだろう。
ただ、新興工房がいくら元祖ランプのお墨付きとウソぶいていたとしても、あまりにも流通が早かった。あっという間に市場を席巻しており、資金力がないと難しいだろう。
それに偽造同意書に使っていたインク。もしあれば、隣国で開発された滲まないインクだとしたら……。
「流通の早さ、生産の量、特殊インクの疑惑。工房一つでは説明出来ません」
「今回の件も、バックにいるベルート商会が実は計画したということか?」
「その可能性が高いのではないでしょうか。今回は工房が切り捨てられましたが」
「誰がここまでの流通を仕組んだのか、は別問題ということか」
「えぇ。しかも、インクは隣国で開発をしたもの。それをいち早く、ベルート商会が入手して独占契約をしている」
「それは、隣国の影がある、ということか?」
「否定できない、という段階かと思います」
「同じことがまた起こる、そんな不安が的中しないと良いのですが」
私は不安な思いをかき消すかのように、スープを飲み込んだ。




