第34話 技術同意書②―工房のお墨付きの偽物?―
後日、私はルーカス様と一緒に、ヴァール工房を訪れた。
ロイツ工房長は、私達をチラリと見て、座って待っているようにと言った。
私は、街で購入したランプを取り出した。それを見たロイツ工房長は、作業の手を止めずに、吐き捨てるように話す。
「この前も話したけど、苦情が出ているというそのランプ。うちのランプじゃないから」
「そうですよね。炎の揺らぎを見て、そう思いました」
私がそう言うと、ロイツ工房長が、その作業の手を止めた。
そして、向かいの席に座り、しっかりと私の顔を見る。
「君、良く気づいたね。そうなんだよ。うちの炎の揺らぎは、他では真似できない技術で一番力を入れているんだよ」
そう言うと、ロイツ工房長は、私が持ってきたランプに火を灯した。
「よーく見てごらん。火が落ち着かない。空気の通りが分かってない証拠だ」
「彼女は職人なんです。それにいろんな事件を解決してきた凄腕なんですよ」
「ルーカス様! 凄腕とか……恥ずかしいです」
「そうなんですね。同じ職人だったら分かるだろ。こんなランプがうちの作品と思われるのはプライドが許さないんだ」
「最初は、失礼ながら、こちらの工房の失敗作かと思ったのです。ただ、壊れるなどの苦情が増えているということから、そんな中途半端な作品を世に出すような工房なのかしらと疑問に思いました」
私がそう言うと、満足げにロイツ工房長は頷く。そして、目を細めながら、私が持ってきたランプを見ている。
「……外は、まぁ悪くはない。形も削りも、真似ている。けど、全てに甘さがあるし、何より魂を感じられない」
私はロイツ工房長の言葉がしっくりきた。確かにランプの外見は、ヴェール工房のものに似ているが、削り方などに甘さがあり、それを修正しないで商品として出してしまうところに、ランプへの愛情を感じられなかったのだ。
「このランプは、どこの工房の物かは分かりますか?」
「最近、うちに苦情が届いているから、調べたんだ。フォルト工房が出しているもののようだったよ」
「フォルト工房……最近、商業許可を得た工房だ」
ルーカス様が眉間にしわを寄せながら呟く。
「あそこは、資金力がなぜかあるようで、すごい早さで大量生産をして売っているようだ。今回のように、うちに苦情が寄せられることが最近あるので、困っているんだ」
「フォルト工房のランプだったのか……。申し訳ございません。商務部も正確に把握していなくて」
「いえいえ、確かに見た目はうちのにそっくりですからね」
「私も店先でこのランプを見て、一瞬、この工房の物かなと思いました」
「あぁ。遠目でみれば、そっくりだからね。ただ、じっくり外側を見ると甘さがあるし、中身も似せようとしているのだろうけど、全然届いていない」
見た目はそれなりに似ているが、中身は拙いランプ。
ただ模倣をしただけというよりも、見た目がそれなりに似ている感じからすると、ある程度、ヴァール工房のランプに詳しい人が関わっているのだろうか。そうすると、考えられるのは……情報と技術を持っているヴァール工房の元職人、といったところだろう。
「こんなことを聞くのは失礼かも知れませんが、辞められた職人の方はいらっしゃいますか?」
ルーカス様も私と同じことを考えたのだろう。ロイツ工房長に確認をしている。
「今まで一人だけ独立した者がいますが、最近店をたたんでしまいました」
「その方と会うことって出来ますか?」
「店の場所は分かりますが、今どこにいるかは分からないのです」
「では場所だけ教えてください」
ロイツ工房長は、メモを書いて渡してくれた。
「確かに、彼には、ガラスの形状や装飾など、外形の技術を使って独立することは、許可していましたが……」
そう言うと少し間を開けて話す。
「技術っていうのは、紙で書いて覚えるものではないんですよね。職人の君なら良くわかるだろ?」
「はい、何度も失敗して、身体で覚えていくものですよね」
「そうなんだよ。外側だけ知っていれば、それらしくは作れるけれど」
ロイツ工房長はランプを手で優しくなでる。
「火を飼う、というところまでは行き着かない」
「火を飼う……」
「えぇ。あいつは全てを知っているわけではない……あいつが技術を漏らしていたとは思いたくないが、もしそうだとしても核心部分はまだ身につけていなかった」
そして、ロイツ工房長がポツリと言う。
「だから、これは完成している顔をしている、未完成品だ」
◇
「技術同意書? そんなもの書いてないですよ」
私達は再びヴァール工房を訪れて、ロイツ工房長に、技術同意書の写しを見せる。
ロイツ工房長が、その紙を手に取り、眉間にしわを寄せながら反論をする。
「フォルト工房が、技術を渡すことを同意してもらったという書面をもっていたんですよ」
「そんな書類、書いた覚えはないですよ」
私とルーカス様は、前回ロイツ工房長の話を聞いた後、さっそくフォルト工房に行い、ランプについて話をした。
すると、フォルト工房からは『ヴァール工房のランプ技術を使うことについては同意書がある』と言われたのだ。
技術同意書がある、正式に許可されているのだから何が問題あるのだ、との言い分であった。
ルーカス様が、ランプが壊れるという苦情が最近増えていることを伝えても『それはヴァール工房のランプ技術のせいですよね?』と言って、話し合いを受け入れようとする様子は無かった。
そして、その旨をロイツ工房長に報告をしたところ『技術同意書なんて書いていない』というのだ。
「技術の核心部分は身体に身につけて覚えるものだから、真似することは出来ない技術について同意するなんて有り得ない。それに技術を真似して壊れる物を作ってしまうのは、こちらの責任ではないですよね?」
「もしも技術を使っても良いという同意があれば、その技術が原因なのか、それ以外の現場環境等が原因なのかで責任の所在は変わると思います」
ルーカス様が告げると、ロイツ工房長が憮然とした表情をする。
「技術を使って良いという同意なんか絶対していない。フォルト工房は、故障するような技術力しかないのだろう。故障した商品を購入したお客さんには同情するが、私達は関係のない話です」
「わかりました。となると、技術同意書は、書いた覚えはないから、責任問題は関知するところではないということですね。」
「そうですね。ただ、技術同意書が本物か偽物かを争っている間も、うちの工房の評判を削られていくのは困るんです」
そう言うとロイツ工房長はため息をついた。
「お客さんは細かなことは分からない。うちの新作だと思って勘違いをして、苦情がうちに来る。そうすると、どんどん評判が削られていく」
「そうですよね。現に私も一瞬、ヴェール工房の失敗作なのかしらと思いましたし」
「フォルト工房が出しているのは、うちらから見たら未完成品だ。でも、見た目は似ていて、うちより安い。そうすると一般のお客はどうすると思う?」
「値段が安い方を買いますよね」
ルーカス様が当然のように答える。
「あぁ。そうだ。壊れたらうちに苦情。壊れなければフォルト工房が売り上げを伸ばす」
「性能は劣るのに、売れてしまうということですね」
ルーカス様が顎に手をやりながら問題点を確認する。
「えぇ。分からない層にはそれで十分なのです。技術同意書があろうがなかろうが、技術は真似できるはずがない」
分からない層というのは言い過ぎかもしれないけど、と呟きながらロイツ工房長は続ける。
「けど問題はそこじゃないんだ。うちが許可をしているかのような顔をさせてしまっているのが問題なんだ。フォルト工房は、堂々と、うちの工房から許可を得ているとして販売する。市場はこの商品であふれて広がる。本物を知る人は分かってくれるといえども、平民にも広く流通すれば数の論理には負けてしまう」
「この同意書が本物ではない、ということをしっかりと明らかにしなければ、ニセモノが本物の顔をするということですね」
ルーカス様がロイツ工房長に話す。
「あぁ。こんな商品がうちの許可を得ているなんて……出来が劣るかどうかじゃないんだ。許せないよ」
私達は、ロイツ工房長に、更に調査をすることを伝えて、工房を出た。
何となく並んで歩き出したが、最初の数歩はほとんど無言だった。これからどうするか、ヴェール工房にかけられた不名誉な評判の根拠となっている技術同意書をどのように切り崩していくか、頭の中で考える。
「……ルーカス様。フォルト工房は技術同意書というものを持っていましたが、考えられるのは元職人が関わっている可能性ですよね」
「あぁ。その可能性は高そうだ」
「でしたら、教えてもらった元職人の店を見に行きませんか。何かが残っているかもしれません」
「そうだな」
私は、先ほどのルーカス様の『偽物が本物の顔をする』という言葉を頭の中で繰り返す。
偽物は、本物の顔をするのがうまい。偽物が本物の顔をすればするほど、本物が偽物と言われてしまうこともある。それをいかに見抜くかは、なかなか難しい。
私のまとまらない思いを知ってか知らぬか、隣でルーカス様が「やるだけやろう」と小さく呟き拳を握っている。
◇
私たちは元職人の店へとやってきた。
当然のことながら、もぬけの空だ。ダメ元で扉のノブを回してみる……開いた。
「失礼しまーす。……不法侵入になりますかね?」
「そのときは、僕がなんとか言い訳を考えるよ」
私たちは工房の中に入った。
金属の匂いがまだ微かに残っている。テーブルの上には試作品だろうか。ランプがいくつか残っている。私はその一つを手に取る。
「この装飾、この丸み。外装を見れば、この職人は相当な技術力と……作品を愛していたことが分かります」
「確かに、量産されているあのランプの見た目とかなり似ているけど、よく見ると違うな」
「えぇ。この精度は、量産では出せません」
「でも、見た目が似ているということは、やはり、この者がフォルト工房に、教えたのかもしれないな」
「そうかもしれません。でも、ただ紙で教えるだけでは、限界があったのでしょう。だから、見た目は似ているけど違う作品になっていたのではないでしょうか」
私は工房の中を見渡す。試作品から感じた丁寧さとは正反対に部屋全体は乱雑さを感じる。慌てて工房を出たのだろうか。
「自分の腕にプライドがある方に思えます」
「そんなやつが、ヴェール工房からもらった、外装に関する技術同意書をフォルト工房に渡すかな? そして技術を実際に教えるか?」
「おそらく、そうせざるを得ない理由があったのだと思います」
そう言うと、私は足下に乱雑に散らばっている書類を拾い上げた。
「たとえば……借金があって、その返済を迫られたとか」
「その書類は? ……支払督促か……え? すごい金額じゃないか」
「ここの工房の様子、ランプの原材料費からしても、額が桁外れです。借金は自らの意思だったのか、それとも……」
「騙されて、多額の借金を負わせられたかもしれない、か」
真実はまだ分からない。本当に多額の借金を自らしたのかもしれない。
でも、私はあの試作品からしてそこまで原材料費がかかるとは思えない。もしかしたら、ここにも借用書で騙された被害者がいたのかもしれないと思うと、やるせない気持ちになった。




