第33話 技術同意書①―ランプの炎―
「今回もとても素敵な作品ね」
「ありがとうございます」
私はセレフィーナ様に注文の品を届け、そのまま、庭でのお茶に誘われた。
セレフィーナ様からは、初めて注文をしてもらってからも、デザインスタンプを依頼してくれており、お茶会や夜会などにもお誘いを受けている。
最初の頃は、貴族のお茶会などに、私は参加出来ないと断っていた。
しかし、セレフィーナ様は「私は貴女を認めているのよ。断るということは私の判断は間違っているということなのね」と、貴族らしい言い方をしてくる。
そうかと思えば「ミラに来てほしいの……ダメかしら」とか弱い少女のような言い方をしてくることもあるため、私は音を上げて、参加するようになった。
セレフィーナ様は私を気遣ってくれて、私に好意的な人たちが参加するお茶会にしか誘ってこない。
私がお茶会に参加することを、どこからか聞きつけたルーカス様は、何着かのお茶会用のドレスを持って工房にやってきたことがあった。
「ミラ。これプレゼント」
「……ルーカス様、こんな高価な物いただけません」
一目見ただけで上質な布で誂えたと分かるドレスを何着も抱えるルーカス様を見て、私はさすがに断りの言葉を述べた。
「今まで問題解決に協力してくれただろう。本当はこんな程度じゃすまないくらいだよ」
「あれは私が協力したくてしていたので……」
ルーカス様は手に持っていたドレスをテーブルの上に置き、少し真面目な顔をする。
「お茶会は、単なるお喋りをする場ではないのは分かっているよね?」
「えぇ。分かっています」
「ミラに好意的な人が多くても、腹の内は分からない。ある意味、社交は戦いの場でもあるんだよ」
「えぇ……なので、貴族の社交の場は好きじゃないのです」
「好きじゃなくても、商売人としては絶好の場所でもあるんだよ。信頼を勝ち取ると言う意味では、それも戦いだ」
そう言って、ルーカス様が、ドレスを指さす。
「戦いの場において、丸腰で立つつもりなのかい? 装いを軽んじるのは、自ら不利を選ぶのと同じことだよ」
ルーカス様の言うことは確かにそのとおりだ。
私は何も反論出来ずに、少し視線を外してルーカス様の方を見ていた。
「ミラもよく分かっているだろ? 社交は言葉だけじゃない。視線も印象も、全てが必要だ」
ルーカス様からそう言われて思わず頷く。
確かに、どれ一つとして無駄には出来ないだろう。
そして、社交の場は戦いの場でもある。いくらセレフィーナ様とそのご友人達が好意的であり優しい視線が多いように見えても、それが本心とは限らない。
「……ルーカス様も言うとおりですね。社交の場へ丸腰で行くのは無謀ですわね」
「でしょ? なので、これらを着ていってほしい」
そう言って、ルーカス様が机の上に置いた何枚ものドレスを広げる。
私はドレスを一つ一つ見てみる。
ルーカス様が選んでくれたドレスは、どれも私の好みの色合いや形である。既製品でありながら、私に合うものをと考えて選んでくれたという優しさがドレスからも分かる。
「……本当に良いのですか?」
「あぁ! もちろん! ミラが着てくれなければ、僕が着るか、処分するしかないんだよ」
ルーカス様がドレスを着る……見たいような見たくないような。
「では、ありがたく受け取ります。ルーカス様、ありがとうございます」
「こちらこそありがとう! 嬉しいよ」
「でも、一つ気になるのですが」
私はドレスのリボン、フリルなどを指さす。
「これは後から付けたように思うのですが……。元のデザインに合っているので良いとは思うのですが、全て金色が使われていますよね。これって」
「ん? 僕の髪の色と同じだね!」
そう言いながら、ルーカス様は自分の髪の毛を指さしてニコニコとしている。
私は、何も言わずに、ただ微笑んだ。
「感想はないの? ミラの無言の微笑み、なんだか怖いなぁ」
ルーカス様がわずかに身を震わせる。
◇
セレフィーナ様の庭に設えられた小さな東屋で、風がよく通るそこで私とセレフィーナ様はお茶をしていた。今日はお茶会というフォーマルなものではない。私が品物を届けたついでに、お話ししましょうという軽いセレフィーナ様からの誘いだ。
「ミラ。この前のお茶会でのドレス素敵だったわ」
「ありがとうございます。セレフィーナ様のドレスも、可憐さに意思の強さも見えるようなデザインで素敵でした」
「……さすがね。私のドレスの意図をちゃんと理解していて」
「とんでもございません」
「ミラには言わなくても伝わることが多いわ。貴族社会が嫌いと言っているけど、よく理解しているし」
「嫌いと言うか、苦手ですね」
「貴族社会の裏もよく分かっているミラには、今後も私の一番近くにいてほしいわ」
セレフィーナ様は言葉を落としたあと、静かに紅茶を口に運んだ。その一連の動きが、ただの冗談ではないことを物語っている。何気ないセリフであるが、セレフィーナ様の余裕のある仕草から、側近のような立場にならないかという誘いであることを感じ取る。
「……ハンコ職人としでしたら」
「そうよね」
セレフィーナ様は、紅茶をソーサーに静かに戻して、フフと笑った。
「これから私は、正式に王太子妃として、そして未来の王妃として人生が始まるから、側近としていてくれたら心強いと少し思ってしまったの。でも、分かっているわ。ミラには職人が一番合っているということ」
「申し訳ございません」
「謝らないで。じゃあ、側近は無理でも、友達としてはどうかしら?」
「セレフィーナ様がよろしければ、喜んで」
そうしてセレフィーナ様とのお茶会はなごやかに終わった。
帰り際、テーブルの上で小さな灯りをともしていたランプが気になり聞いてみた。
「素敵なランプですね。風でも揺れないですし、とても作りがよいランプですね」
「えぇ。この灯り、柔らかくて好きなの。香りも落ち着くでしょう?」
私はランプの中で柔らかく揺れる炎に、しばし目を奪われた。
◇
ある日、私が町中を歩いていると、ランプを販売しているお店をみかけた。
(セレフィーナ様の屋敷にあった作品……とは違う?)
私はお店に入ってみた。
「いらっしゃい!」
「このランプ、素敵ですね」
「このランプは最近の人気商品なんですよ」
「そうなんですね」
(セレフィーナ様のところで見たものと似ているけど、何かが違う)
「えーと、どこの工房の商品だったかド忘れしちまった。ヴァール工房だったかな。いや、ヴァール工房のお墨付きで違う工房だったかなぁ」
店主がブツブツと呟く。
「これ、いただきます」
「おっ! ありがとうございます!」
私は自分の工房に戻り、そのランプを、まじまじと見た。
外見は似ているが、よく見ると削りに甘さがある。
何かが違うような気がすると思いながら、灯りをつけてみる――炎の揺れに気持ちの良さを感じない。セレフィーナ様の庭で見た物とは違う。
「これだけ失敗作なのかしら……」
私がランプを前に考え込んでいると、工房の扉が開いた。
「ミラ。ちょっといいか?」
「ルーカス様。こんにちわ。どうなされたのですか?」
ルーカス様は机の上にあるランプを見て、驚いたような顔をする。
「それより、ミラ。それは?」
「あぁ。これはランプで、セレフィーナ様が好きな作品と言っていたので買ってみたのですが……」
「……ミラと僕は以心伝心かも知れないね」
ルーカス様が一人で勝手に照れてしまっている。
「……何をおっしゃっているのですか?」
「ごめん、ごめん! 実はさ、今日はまさに、そのランプについて相談をしたいと思っていたんだ」
そう言ってルーカス様がランプを指さす。
私はランプを見る。炎の揺れに合わせるように香りも漂ってきている。ただ、セレフィーナ様のところで感じた匂いよりも強く感じる。室内で使っているからではなく、匂い自体が何か違うようだ。
「このランプですか? どういう相談でしょうか」
「実はね、このランプについて、すぐ壊れるなどの苦情が出ていてね。商業許可を出している部署の人間としては、問題のある商品を出している商売の許可は考え直さなければいけない」
「確かに、許可を出した商務部の責任も問われかねませんものね」
「そうなんだよ。だから、商務部に持ち込まれたランプを持って、ランプ工房に話を聞きに行ったんだよ。そしたら、ロイツ工房長が『これは似ているけど、うちの工房のではない』っていうんだ」
「ルーカス様が聞きに行ったランプ工房は、ヴァール工房ですか?」
「あぁ、そうだよ。この工房は、火が消えづらいランプということで人気となった工房だからな」
「苦情が出ているランプですが、私も工房長が言うように、そこの工房の物ではないと思います」
「そうなのか? このランプはヴァール工房のじゃないのか? あそこの工房のランプは僕も持っているけど、そっくりだけど」
そう言って、ルーカス様はランプを色々な角度から見ている。
そして、同じに見えるけどなぁ、と呟いている。
「えぇ。見た目は似せてはあります」
「模倣品ということか」
「そうだと思います。作りきれていない模倣品です」
「……ミラが言い切るということは、そうなんだろう」
「今度、ヴァール工房に行くとき、一緒に行ってもいいですか?」
「一緒に行ってくれるのかい? むしろお願いしたかったんだよ。ありがとう」
ルーカス様から工房への同行を許可してもらった私は、改めてランプを見る。
外側は似ているが中身は違う。偽物のハンコを使って見た目はそれらしい書類を作成することに通じるように思えて、私は胸苦しさを感じたのだった。




