第31話 取引契約書②―すり替えられた商品―
「ルーカス様にミラ様! お二方が協力してくれるなんて、心強いです!」
ルナス商会長が満面の笑みで私たちに話しかける。
私たちは、バルト商会のトラブルについて相談に乗ることを連絡したのだ。
「改めて確認しますが、いつも契約は必ずルナス商会長が行っていた。主任が一人で行うことはなかった。ということですね」
「えぇえぇ! その通りです。だから、この契約は無効なはずなんですよ!」
「わかりました。では、一緒に相手方の商会へ行きましょう」
「さっそくですね! 話が早くて助かります!」
「ところで、契約が無効となれば、商品は返すことになります。商品はちゃんと倉庫に保管していますか?」
「それはもちろんです! ちゃんと保管していますよ。なぁ?」
ルナス商会長が主任に問いかける。
「はい。商品はいつでも返せるようにまとめてあります」
「分かりました。では、行きましょう」
私たちは、相手方の商会を訪れた。
事務室に通されて、さっそく私が口火を切ろうとすると……
「こちらは王宮行政庁のルーカス様。ご存じですよね? そして、こちらはミラさん。ルーカス様と一緒に、数々の契約トラブルを解決している方で、王宮も一目置いている方ですよ」
ルナス商会長が、取引の相手方に対して、勝手に私たちを紹介し始めた。
「はじめまして。ミラと申します」
「どうも……」
オルク商会の代表は少し落ち着かない様子である。
「それで――」
「それでですね! あの契約。あれは、私じゃない者が勝手にやったことなんです。主任の彼にはね、代理で契約をすることが出来る権利なんて与えていませんので、あの契約は、無効です。そういうことでいいですよね? ルーカス様、ミラ様」
(……すごく強引に話を進めるわね)
「ルナス商会長曰く、契約は必ずルナス商会長自らが行っていたそうだ。なので、今回の契約は、こちらの主任の者が、代表の許可も得ずに勝手にやったものだ、という主張のようだ」
ルーカス様がオルク商会の代表に対して、ルナス商会長の言葉を改めて説明する。
「そうですか……それでどうすればよいのですか?」
「おぉ! 話が早い! 契約はなかったこと、ということで、お金は返していただきたいのですよ。こちらも商品はお戻ししますので」
「はぁ……商品を戻してもらえるのでしたら、お金は返金いたします」
「先にお金返してもらえますか? こういうこと言っちゃダメなんですかね? ミラ様」
「……それは、双方の合意があれば、良いのではないでしょうか」
「ですって! で、どうですか? 商品はこちらに持ってくるのに少々時間がかかりますので、まずはお金を返してもらえれば……」
「……分かりました。こちらも早く、あなたとの関係を終わりにしたいと思いますので。その代わり、商品は早めにこちらに戻すようにしてください」
「そりゃもちろんでございます! 主任! いつ返せるんだ?」
「3日後には大丈夫です」
「ということですので! 3日後にお持ちいたします」
「お金もそのとき、という訳にはいかないのですか?」
「いやいや! さっき分かりましたとおっしゃったじゃないですか。商品は倉庫に眠っていますので、逃げやしませんから安心してくださいな」
(お金だって逃げやしないわ……)
ルナス商会長の独壇場のような話し合いは終わり、私たちは商会を後にした。
「いやー! 今回はありがとうございます! お二方がいらっしゃったおかげで、相手は何も言えませんでしたね!」
「相手も契約が無効であることを争わなかっただけで、私たちは何もしておりませんが」
「謙遜なさらないでください。お二方の名前はすごく効果があるんですよ!」
そう言うと、ガハハと高笑いをした。
「そうそう! これはお礼です」
ルナス商会長が私達に封筒を渡そうとしてきた。
「何ですかこれは。受け取れません」
私が瞬間的に拒否をしたところ……
「そうですか! いやー今回は助かりました。それではまた!」
私たちに差し出した封筒を急いで鞄にしまうと、二人はその場を立ち去っていった。
「台風のようだったな」
「えぇ。一人で騒いで片をつけて帰って行った、という感じですね」
「あぁ。でも、僕とミラをうまいこと利用してやったと思っているだろうな」
「本当ですね。今後も何かと相談をしてきそうな雰囲気がありましたね」
「……そうは行かないけどね」
◇
嵐のような出来事の4日後、私とルーカス様は、オルク商会の元を訪れた。
「先日はご協力ありがとうございました」
「いえいえ。あの対応で良かったんですよね」
ルーカス様は警備局に相談をした結果、バルト商会を泳がせて尻尾をつかもうということになっていたのだ。
そのため、オルク商会には事前に話をし、契約を無効にしてお金を戻すということをお願いしていた。そして、あの話し合いの3日後、バルト商会が商品である木材を届けに来たとのことであり、今日はその商品を見に来たのだ。
「それで、バルト商会が戻してきた木材を見せてくれますか?」
「こちらの倉庫に戻してきたままの状態にしています」
契約の取引対象は、木材。
私にとって、非常に馴染みのあるものだ。なので、違いはわかるはずだ。
「ここに束となっている木材です。ナラの木材なんです」
「縛っている紐、解いてもいいですか?」
私は許可を得て紐を解いて、木材をじっくりと見る。
そして、私は木材1本、少しだけ持ち上げてみた。
「ミラ! 危ないよ、気をつけて!」
ルーカス様が慌てて駆け寄る。
「大丈夫です。木は慣れていますので」
私は慎重に木材を降ろす。ルーカス様も一緒に手伝ってくれる。
私は床に降ろした木材の皮を爪でカリカリとし、拳でトントンとたたいてみる。そして、木材をじっと見てから、ルーカス様の方に顔を向けた。
「……分かりました」
「何が分かったんだい?」
「これは……ナラの木材ではないです」
「えっ!!」
「ナラの木材のように加工しているようですが、これは恐らく杉の木でしょう」
オルク商会の商会長も驚いて声も出せずにいる。
「軽さも木の年輪の形も、ナラの木とは違います。何本かはナラの木もありますが、束になっている外側のものだけでしょう」
「……分からなかった。束で返されて、疑いもしなかった」
「普通はそうですよね。契約をなかったことにしたいと言った人が商品をすり替えるだなんて思いもしませんよね」
「それにしても巧妙だなぁ。僕には違いは分からないよ」
「木材を扱う専門家である私でも騙されてしまいましたよ。だって、この艶。これはナラの木の艶ですよ」
そう言いながら、オルク商会の商会長が木の幹を撫でる。
「おそらく、油を塗っているのだと思います。見た目は似せることが出来ても、中身はごまかせないです。特に年輪の見え方や構造は違います」
私は、別の取引で使うために倉庫に置いてあったナラの木材を持ってきてもらう。
そして、ナラの年輪と杉の木の年輪を見比べてもらう。
「ナラの木の年輪は少し分かりづらい部分もありますが、杉の木の年輪はくっきりしているんです」
「本当だ。気づかなかった」
「それに、一番わかりやすいのは、この穴です。ナラの木は水を通す穴がポツポツと並んでいるんです」
「本当だ! よく見ると、年輪に沿って穴が並んでいる!」
「これが杉の木にはないのです」
ルーカス様らは木材の断面を何度も見ている。
これは気づかない、と小さく呟く声が聞こえる。
「ミラさん、私たちよりも木材の専門家ですね」
「とんでもないです。ただ、昔から木に触れてきただけです」
「ルーカス様。これで、商品をすり替えている証拠は取れましたね」
「あぁ。今までもこういう手口ですり替えていたんだろうな」
「姑息ですね」
「本当だ。ギャフンと言わせてやろう」




