第3話 宣言書―嫌味への反論と決意―
あるとき、町中を一人で歩いているとき、カトリーヌとその友人達に遭遇してしまった。
「あら、セレナさん」
「こんにちわ」
「皆さん。こちら、ロイクの従妹のセレナさんよ」
カトリーヌの友人達が、私をジロジロと見てくる。
なるほど、類は友を呼ぶようだ。
「私たち、いま流行りのキーホルダーを買ってきたの。みんなでお揃いなのよ」
そう言うと、カトリーヌと周りの者達が、私に見せつけるようにキーホルダーを手に掲げた。
押し花が中に入っているキーホルダー。指先ほどの透明な板の中に閉じ込められた花びらは、ただ散らしただけとは思えないほど整っている。色の濃淡まで計算されたようで、どこから見ても均衡が崩れていない。板の縁には細い金具が回され、揺れる度に光を弾いていた。
キーホルダーを見せつけていたカトリーヌは、こちらが聞いてもいないのに話し続ける。
「あら、ごめんなさい。セレナさんはアカデミーだから、私たちの流行りとか分からないわよね。いま貴族女子の間で流行っていて、入手困難なのよ」
「カトリーヌ様のおかげで手に入って嬉しいです」
「さすがはカトリーヌ様です! 王女様も気に入っているとの噂が流れてから、全然手に入らなくて」
カトリーヌと友人達が騒ぎ出している。
私は、そのキーホルダーをじっと見る。
「あら。そんな物欲しそうな目をしても、あなたにあげることは出来ないのよ。ごめんあそばせ」
「カトリーヌ様、可哀想ですよ。うふふ」
「……王女様も気に入ってくださっているのですね。それは大変光栄です」
「光栄です? 何をおっしゃっているのかしら?」
「だって、これ――私が、作ったのですから」
「……は?」
カトリーヌと友人達は、目を見開き、その場に凍り付いている。
「アカデミーの授業の一環なのです。創作した作品を実際に販売するという、創作活動と経済活動を一緒に学ぶ授業があるのです。私が作った作品を雑貨屋に置いてもらったら、評判呼んだようでして」
「……な、なに言ってるのよ。妄想もいい加減にしなさいよ」
そういうカトリーヌの声は動揺のせいか震えている。
私は、カトリーヌのキーホルダーを裏返して、指さした。
「ここに、小さく彫っていますよね? 制作者の名前が」
「……」
カトリーヌが、キーホルダーをまじまじと見る。
「……セ、セレナ……」
「お買い上げありがとうございます!」
私は、最高の営業スマイルをしてみせた。
◇
キーホルダーの一件から、カトリーヌは私と顔を合わせても逃げるようになった。
(言い返せばいいだけだけど、いつもいつもは面倒だったのよね)
私は、授業が早く終わる日の放課後は、雑貨屋などでアルバイトをしていた。
伯父は「お金なら心配しなくていいんだよ」と言い、伯母も「アルバイトなんて、貴族令嬢はしなくてもいいのよ」と言った。
私は、アカデミーの授業の一環でもあるから、と押し切って、何とか認めてもらった。
アルバイト先には、侯爵令嬢であることは秘密にしていた。
アカデミー学園に通っている証明さえ見せれば、身元が保証されているようなもので、特にばれなかった。それに、貴族でアルバイトをする人はいなかったので、アルバイト先も、アカデミーに通っている平民であると、当然のように思い込んでいたのだろう。
私は実際のビジネスのやり方や書類の書き方など、授業では学べないことを、アルバイトを通して沢山学ぶことが出来た。
(今のうちに沢山吸収しなくちゃ……)
私が、伯父一家には、まだ言っていないことが一つあった。
アカデミーを卒業して18歳になったら――自立する。
工房を開いて、自分で稼いで生きていこうと思っている。領民には申し訳ないが、伯父なら私よりも領地を豊かにしてくれるだろう。そのために、いまアカデミーやアルバイトで学んでいるのだ。
(ロイクは、反対しそうだなぁ……)
切ない気持ちもなくはない。
けれど、あの日、全てが紙切れ一枚で奪われるのだと知った。偽造の紙切れでも、見抜けなければ、偽造だろうが、関係ない。積み上げてきたものも、守ろうとしてきたものも、関係ない。
奪われる理由は、こちらが『持っている』からだ。
ならば答えは単純だ。――持たなければいい。
自分で把握できて、自分で責任が取れる範囲だけ。それ以外は、最初から背負わない。
そのためには、自立して一人で生きていくことが必要なのだ。
◇
アカデミー卒業後、私は伯父達に、自分の考えを伝えた。
工房を持ち、ハンコ職人として一人で生きていきたいこと。領地の当主を譲り、私は爵位を返上するということ。
案の定、大反対を受けた。
特にロイクは「ミラは、ずっとこの家にいればいいんだよ!」と何度も言っていた。
しかし、私の意思が強いのを受けて、最終的には伯父が折れてくれた。
「伯父様には、領地を押しつける形になってしまい、申し訳ございません」
私は、親から受け継いだ領地は、自然豊かで素晴らしい領地であるとは思うが、その一方で、広大であり税収も少ないため、領地経営の負担は大きいと考えていた。
それに、この領地は、元々は母が親から受け継いだ領地である。父は婿入りした身分であるため、伯父にとって、この領地は特段思い入れもないはずであった。
そのため、最初は国に返還しようかとも思ったが、伯父が引き継ぐことを申し出てくれたのだ。伯父曰く、弟は領地を守ろうと思っていたはずであり、その思いを引継ぎたいとのことだった。
「押しつけとは思っていないよ。私は弟の遺志を受け継ぎたいだけだ。しかも、ミラの領地は、潜在能力があって将来性のある土地ではないかとも思っている」
「ありがとうございます……領民をよろしくお願いします」
「わかった……ただ、3つだけ約束してほしい」
伯父は真剣な顔をして、私を正面から見つめてきた。
「一つ、領地を譲ることで対価が発生する。ミラは、私から必ず対価を受け取ること」
この点は伯父から事前に何回も言われていた。私は、領地経営をお願いするのにお金なんていらないと断っていたのだが、伯父は断固として許さなかった。
「自立して生きていくというのならば、お金は絶対的に必要だ。しかも、ミラは今後商売をするのだろう? 物を渡せば対価をもらう、商売人としては当たり前のことだよ」
伯父の言うことはもっともである。
私は、ハンコ職人として自立すると言いつつ、どこか甘さがあったかもしれない。
「もう一つは、何かあったら絶対に、私達に相談をすること」
伯父は真剣な表情で私に諭すように言う。
「そして、平民になろうが爵位がどうだろうが関係ない……ミラは、私たちの大事な家族だということを忘れないこと」
「……ありがとうございます」
「ミラ……君はなんで自ら苦労を選ぶんだよ……もう十分苦労したじゃ無いか!」
ロイクは涙ぐんでいる。
「苦労するだろうけど、楽しいこともあると思うわ」
私は、ロイクの涙に引っ張られそうになったが、笑顔を作った。
ロイクが涙を拭いて、一瞬下を向く。そして顔を上げると、いつもの笑顔になっていた。
「……ハンコ工房のお客さん第一号は僕にしてよ」
ロイクが明るい笑顔を見せて言ってきた。
「……! わかりました。ご注文ありがとうございます」
「工房が出来て、落ち着いたら、注文品を持って屋敷に顔出しに来なきゃダメだからね」
「えぇ。でもロイクは、近々、隣国に留学でしょ?」
「でも、ハンコが出来たら、飛んで帰ってくるから!」
「わかったわ。ロイク、ありがとう」
こうして、私は領地を伯父に渡し、爵位を返上して平民となった。
伯父からは領地の対価として、工房を買ってもらった。それに加えて、数年は暮らしていける資金も。
(領地の対価以上だと思うけど、伯父様は断固として認めなかったわ)
そして、私は、腰近くまであった髪の毛を、肩の上までばっさりと切った。
光を浴びると少し灰色にも見える茶色の髪が軽くなる。
(髪の毛が短くなると、気持ちもだいぶ軽くなるわね)
こうして、ハンコ職人の平民ミラ、が誕生したのであった。
明日12時に第4話更新予定です。




