第29話 譲渡契約書③―土地の真相―
しばらくしてロイクから1通の手紙が届いた。
私達は、工房にてその手紙を読む。
「ルーカス様……これは」
「ミラ。どうする?」
「組合長とダニエル様に説明をしに行きましょう」
私とルーカス様は、組合長らにロイクの調査結果を伝えた。
組合長らは、しばらく無言のままであったが、理解をしたようであった。
「ミラさん、ありがとう。この件は……いったん終了としよう」
ダニエル様が言い、組合長も頷く。
そうして、この件はいったん調査終了となった。
すると、数ヶ月後に、組合長から、話し合いの席に同席してほしいと言われた。
そこで、ルーカス様と一緒に組合の事務所を訪れたところ、怒りの顔をした男性らが座っていた。
組合長が座るソファの後ろには数人の組合メンバーも立っている。
「それで、話とはなんですか?」
組合長が怒っている男性に聞く。
「あの土地では、作物が育たないことが分かっていたんだろ! だましやがって!」
「なんのことでしょうか?」
その怒っている男性は、組合の土地を譲渡してもらったと主張しているベルート商会の者であった。
「あんなどうしようもない土地と知っていたら、いらなかった! お金を返してもらおう!」
「……あの土地は、『譲渡契約』により、あなたたちの商会に譲渡しました。いまさら、いらないからお金返せ、は通りませんよ」
そう言うと、組合長が契約書を取り出した。
「改めて確認しましょうか。『譲渡契約』ですね。この土地を、私たち組合からベルート商会に譲渡する、と」
「……」
「ここの条項をみてください。『何があってもこの契約は有効です』と」
私はベルート商会の男達の様子をじっと見る。
男達は汗が止まらないようで、何度も額の汗を拭いている。
「何があってもというのは言葉の綾であって……」
「契約ですよ? これをお互いが了承して、サインしてハンコしておりますので――有効です」
組合長が契約書を机の上に置き、人差し指で軽く何度も叩く。
「でも……」
「有効ですよね? この『譲渡』契約は!」
商会の男達が顔を見合わせている。何か言おうと目を泳がせているが、言葉が出てこないようだ。
「有効な契約に、これ以上、何か文句を言うのだとしたら、それは強要にあたるのではないか」
ルーカス様が商会の男達を睨み付ける。
「……帰るぞ」
一番大きな声をあげていたベルート商会の男性が仲間に声をかけると、事務室から立ち去っていった。
「……ルーカス様。ミラさん。ありがとうございます」
組合長がホッとした表情で感謝の言葉を述べる。
「譲渡契約を無効にするために、頑張らなくて良かったです」
「本当だな」
私とルーカス様は互いに顔を見てうなずき合う。
実はロイクの調査結果から、この土地は作物が育たない土地と、いうことが分かっていたのだ。
「もしあの土地を取り戻したとしても、活用は出来ませんでしたからね」
「まさか、あの土地に、かつての工場からの廃水が染み渡っていたとは思いもしませんでした」
組合長は、眉間にしわを寄せる。
「雑草が青々と茂っていましたからね。あの土に有毒な物質があるとは思いもしないでしょう」
私は、あの土地の青々とした様子を思い出す。
あの土地の地質調査の結果、作物には毒となる物質が染み渡っていたのだ。
かつて建っていた工場から流出したのだろう。
あの場に工場は長く建っていたので、長い時間をかけて徐々に土地に浸透したようだ。
私が感じた匂いは、自然界にはない人工的な匂いであった。
雑草も青々と見えていたが、根っこに近い部分は赤く変色をしていた。
「あの土地は使えないし、処分をするにも土を洗浄しなければならないので、もし活用していたら、莫大な費用がかかったはずです」
ルーカス様が組合長に語りかける。
「えぇ。最初は、土地を取られたと思ったが、むしろ押しつけることが出来て本当に助かりましたよ」
組合長は胸をなで下ろしている。
「この土地を活用して欲しいと、譲ってくれたメンバーの思いには反してしまいましたが……」
私はその点が気がかりだった。
組合みんなのためにと渡してくれた土地を取り返すことは出来なかった。
結果的に、汚染されていて使えない土地だったので取り返さなくて良かったのだが、彼の思いを完全に無視したようで申し訳ない気持ちになっていたのだ。
「いいや、そんなことないですよ」
組合長は微笑む。
「彼は、みんなで何かをするということが好きだったからね」
組合長以外のメンバーもニコニコとしている。
「みんなで悪い奴らをやっつけるということで一丸となったから。それはそれで喜んでいるはずだよ」
「ねぇ。あいつら、悔しい顔してたな!」
「あぁ。ざまあみろだな!」
事務室は笑いで包まれた。
◇
「ミラ。今回もまたありがとう」
私たちはいつものように工房に戻り、ルーカス様にお茶を出した。
「いえいえ。今回は、どうしても契約書の穴を見つけることが出来なかったので……」
「あぁ。あれはどういう手を使ったんだろうな」
組合長が『賃貸借契約』にサインをしたはずが、あとで見てみると『譲渡契約』になっていた。
これのカラクリは結局分からなかった。
「たぶん、特殊なインクを使っているのではないか、と思うのです」
「確かに、インクに細工していなければ説明つかないよな」
「えぇ。でも私は、そんなインクは見たことがないので、この国の物ではないと思います」
私はハンコ職人なので色々なインクを見てきている。王都にある商会からノミの市まで。
その中で、このような消えるインクというものを私は見たことがなかった。
「ベルート商会は怪しい繋がりもあるようだから、どこかの国から入手したのだろうな」
「最初は、契約がおかしい、無効だという隙間がないので、どうしようもないと落ち込んでしまいました」
「でも、ミラが現地を見てひらめいたおかげだね」
「ロイクの調査のおかげでもあります」
「ロイク殿には、今度改めてお礼を言いたいな。でも、ミラが違和感を覚えなければ、ロイクに調査を頼むこともなかったんだし、やっぱりミラはすごいなぁ」
「小さい頃から自然に囲まれて生活をしてきたので、匂いや色など違和感を覚えることが出来ました」
「ミラが小さい時に過ごした場所は、自然豊かで素敵なところだったんだろうね」
「そうですね……」
私は小さい頃を思い出した。
遊ぶ場所は自然。友達は小鳥やリスたち。
そばにはいつも両親。
「本当に、素敵なところでした」
「ミラを見ていれば分かるよ。素敵な環境で育てられたんだということが」
「……! ありがとうございます」
私はルーカス様の言葉にドキリとした。
ルーカス様は何気なく言ったようで、隣で普通の顔をしながらお茶を飲んでいる。
私はそんな彼を、横目で見ながら、耳の先が少し熱くなるのを感じた。




