第28話 譲渡契約書②―ロイクの調査―
「ロイク! わざわざ来てくれてありがとう」
「ちょうど、父と会う用事があったから大丈夫だよ。ミラが頼ってきてくれて嬉しいよ」
従兄のロイクが、工房を訪ねてきてくれた。
「ミラは僕を頼りにしていますからね。そこは間違えないでくださいね」
ルーカス様が口を挟んできた。
「ルーカス様。いつも、ミラがお世話になっていてありがとうございます」
ロイクがルーカス様に微笑みかける。
「いえ、当然のことをしているまでです」
「ルーカス様。まるで私の親みたいな言い方ですね」
「……100歩譲って、兄みたいではないのか。いや、それも嫌だけど」
ルーカス様がブツブツ言っている。
「それでミラ、相談のことなんだけど」
ロイクがルーカス様のつぶやきを無視して話を始める。
「実は、ある土地のことなんだけど、言葉では説明が難しいんだけど、違和感を覚えるのよ」
「どんな?」
「まず一面に雑草が生えているんだけど、その雑草、私は見たことはないの」
「なるほど。でも、雑草はもう数え切れないほどこの世に存在するからね。見たことがないものがあってもおかしくはないかな」
「そうなんだけど……色がなんていうか、緑なんだけど鮮やかすぎる気がして」
「ミラ。実際にロイク殿に見てもらった方が早いんじゃないかい?」
「あぁ、そうですね。ミラ。連れて行ってくれるか?」
そうして私たちは、再び問題の土地へと向かった。
「ロイク殿は、土や草木を研究していると聞いたのだが」
「えぇ。ミラから受け継いだ領地は、作物が育てづらいと言われていたのですが、本当にそうなのかなと疑問に思ったのがきっかけです」
私が生まれ育った領地は、自然であふれていたが、農作物は育ちづらかった。
なので、私たち一家は、貴族とは名ばかりの生活を送っていたのだ。
「ロイク。そんな土地を譲り渡してしまってごめんなさい」
「いいや、ミラを責めているんじゃないんだ。あの土地にはポテンシャルがあるんじゃないかなって。それで研究に繋がったから、ミラにはむしろ感謝しているよ」
「それで研究結果は?」
ルーカス様がロイクに続きを促す。
「やはり、あの土地は、少し土の質に変化を与えてあげれば作物はちゃんと育つということが分かりました。それに、あの土のままでも育つ農作物もあるということが分かりました」
「そうすると、今後は領地に戻って、農作物を育てて広げる、ということになるのかな」
「はい。当主の父には、すでに土の質に変化を与えるための肥料を教えましたので、すでにいくつかの場所では取りかかっています」
「それじゃあ、遠くない将来には、農作物が収穫できて、領民も前よりは過ごしやすくなるわね!」
「あぁ。だいぶ良くなるとは思うよ」
「……ありがとう。ロイク。本当に……」
私はロイクに小さく感謝を伝えた。
「じゃあ、ロイク殿は、そろそろ、こちらに戻ってくるのかい?」
「父はそのつもりのようですが、研究が少し楽しくなってしまって」
そう言いながら、ロイクは頭を掻く。
「父から領地を僕が継ぐのは決まっているので、いずれは戻りますが、もう少し研究を続けさせてもらおうとは思っています」
「長男なら結婚、とか言われるのではないのかい?」
「えぇ。まさにです。でも、まぁそこは、少し考えている部分もあるので」
「えっ! ロイク、いい人がいるのね! 良かったわ」
ロイクが少し顔を赤らめる。
「まだ、プロポーズはしていないから、分からないんだけどね」
「ねぇ。もしかして……私が知っている人?」
私は貴族時代を思い出した。あの幼なじみの娘だろうか。
「いや、一緒に研究をしている子なんだ」
「……そうだったのね!」
「ミラ。今少し間が開いたけど、ロイク殿に恋人がいてガッカリとか?」
ルーカス様が質問をしてくる。質問の意図が分からない。
「なんでガッカリするのですか? 良かったですし、しかも同じ研究仲間というのも、考えが合う部分が多そうだから良かったと思っていますよ?」
「そうか!」
なぜかルーカス様がホッとしている。
ロイクは笑っている。
「ミラ。あまりルーカス様をいじめると可哀想だよ?」
「いじめていないわよ?」
「ルーカス様。ミラは勘が鋭いようで、こういうところの勘は鈍いと思うので、苦労すると思いますよ」
「そうなんだよなぁ。ワザとかとも思うときもあるけど、天然なんだよなぁ」
ロイクとルーカス様がよく分からない話をしている。
そんな話をしているうちに、問題の土地に到着した。
「ロイク。この土地なの」
ロイクは土地の端っこにしゃがみ込み、指先で土をすくい上げた。
乾いた粒を指の腹で揉み、わずかに崩れる感触を確かめるようにする。さらに手で少し土を掘り、土をすくってそのまま鼻先へ近づけ、確かめるように匂いを嗅いでいる。
私たちはその様子を、言葉を挟まずに見守っていた。
しばらくすると、ロイクが、ズボンの膝の土埃を軽く払いながら立ち上がる。
「少し土と草を持ち帰って、詳しく見てみるけど、たぶんという予想はある」
「その予想は?」
「まだ予想に過ぎないから。けど、だいぶ問題があるとは思う」
言葉を濁しながらも、その声音に曖昧さとは別の重さが混じっていた。
ロイクはそう言うと、採取した土を丁寧に布に包み、研究室へ持ち帰る旨を告げた。分かり次第、連絡すると言い残す。
「ロイク、今日はありがとう」
「ロイク殿。ありがとうございます」
「いいえ。ルーカス様、これからもミラをよろしくお願いします」
「お任せください」
ルーカス様が即答する。
「ルーカス様、勝手に任せられないでください」
私の言葉に、ロイクが笑いながら、ルーカス様の肩を軽く叩いている。




