第27話 譲渡契約書①―譲渡された土地―
「こちらが、ご注文いただいた品です。ありがとうございました」
ハンコ制作の仕事が順調に増えており、それなりに忙しい毎日を送っていた。
ルーカス様も、よく工房に顔を出す。私の作業を、ただ黙ってニコニコと見ている。
私はそんな空気感に、居心地良さを感じていた。
(ルーカス様がいると、なんだか落ち着いて作業に集中出来るわ)
そんなある日のこと、ルーカス様がいつものように工房を訪れた。
「ミラ……あのさ」
私はルーカス様の様子がいつもと違うことに気づいた。
「どうしたのですか?」
「いや、あのさ……」
胸騒ぎがする。もしかしたら、もうここには来られないとか?
(よく考えればルーカス様が来る理由もないものね……)
マイナスなことが頭を駆け巡る。
「あのね。ミラ」
「……はい。覚悟は出来ています」
私はルーカス様に見えないように、グッと拳に力を入れる。
「えっ! 本当?! 良かったー!」
「……もう会えないのですよね」
「ん? 何言っているかわかんないけど、いやー実はまた相談があるんだけど」
「へ?」
「いつもいつも頼ってばっかりで、そろそろ怒られるんじゃないかなって、不安だったんだよ」
私は握りしめていた手を開く。手のひらはすでに少し汗ばんでいた。
「……相談と言いますと?」
「また、困っている人がいてさ。ぜひミラに話を聞いてほしいんだ」
「……」
「上司が困っていてね。契約書のことだから、ミラなら解決の糸口を見つけられるんじゃないかなって思ってね」
(勘違いだったわ……恥ずかしい……)
「……」
私は顔を赤くして黙ってしまった。
「あれ? やっぱり怒ってる? ハンコ職人なのに相談ばかりって思っているよね?」
「いいえ。書面やハンコが原因で、困っている方がいれば助けたい気持ちはあるので、相談は構いません」
「ありがとう! ミラの優しさにいつも甘えてしまっているな」
「いいのです。ルーカス様には、いつもお世話になって……いますかね?」
「ミラ。そこ、疑問形にしないで」
◇
「わざわざ来ていただき、ありがとうございます」
私は、ルーカス様、そして上司のダニエル様が、ラーデン商業組合の事務所の前に集まった。
「ミラさん。お久しぶり。ルーカスの偽装結婚騒動以来だね」
「ご無沙汰しております」
私はダニエル様に挨拶をする。ダニエル様はルーカス様に、彼女がいなかったらお前は婚姻歴ありになっていたんだよなぁと話しかけている。ルーカス様は、あの事件を思い出して苦い顔をしている。
「実は、書面のことで今回も問題になっていてね。ルーカスに相談したら、ミラさんなら分かるかもってことで、今回は協力をお願いしたんです。ありがとうございます」
「いえいえ。少しでもお役に立てれば光栄です」
そして、私達は商業組合の事務所の扉を開く。そこでは、親しみやすそうな顔をした年配の男性が私達を出迎えてくれた。私達は案内されるがまま、組合長の向かい側のソファに座った。
「ダニエル様らからお聞きしていますよ。書面に強くて数々の事件解決をしてきた方だとか! こんな可愛らしい方が……凄いですね!」
ラーデン商業組合の組合長であるエルン組合長が、私のことを褒め称える。
「そんな数々というわけではありませんが、ただ書面の不正が許せないだけです」
「いやー若いのに、その心持ちは感心しますよ」
「ミラ。ダニエル殿は、行政庁商務部の中で、商業用の土地の登録や管理を担当しているんだ。商業組合の土地は国有地ではないから、どのように使ってもいいのだけど、登録をしなければいけないんだよ」
ルーカス様の説明に続けて、ダニエル様も話す。
「いまルーカスが説明したとおり、ある土地をラーデン商業組合が所有していたのです。今回、組合が、他の第三者に土地を貸すことにしたというので、登録も変わると思いましてね。ラーデン商業組合に、土地を貸すという契約書を提出してもらったんです」
「一時的に貸すときであっても、登録はするのですね」
「えぇ。そうなんです。けど、今回提出してもらった契約書を見たら『貸す』ではなかったんです」
ダニエル様がそう言うと、エルン組合長が契約書を出してきた。
「これ見てください」
そこには『ベルート商会に土地を譲渡する』と書いてあった。
「土地を貸す、ではなく、譲渡とありますね」
「そうなんです! でも、この契約書。タイトルに『賃貸借契約』って最初は書いてあったんです!」
「……どういうことですか?」
エルン組合長が言うには、ベルート商会に『土地を貸す』という内容で契約をすることにしたそうだ。
契約書にサインをする際、タイトルには『賃貸借契約』と書いてあったとのこと。
「なのに、いつの間にかタイトルが変わっていた……ということですか?」
「相手が契約書を作ってきて、こちらでサインとハンコを押してから、相手に渡したんです」
「あなたがサインをしたときには『賃貸借契約』と書いてあったということですか?」
「そうなんです! 確かに『賃貸借契約』って書いてあったんです。なのに、相手がサインとハンコをした書面は『譲渡契約』に変わっていて」
「相手から書類をもらったときに、すぐには気づかなかったんですか?」
「……まさか変わっているとは夢にも思わずで、相手から返送されたら、そのままよく見ずにファイリングしていました」
エルン組合長は、少しばつが悪そうな顔をして、頭を掻いている。
「タイトル以外はどうなんでしょうか?」
「それが、契約書の中身も変わっているんですよ!」
「どのようにですか?」
「私がサインをしたときは『土地を貸す』と書いてありましたし『組合が求めたら返す』といったことも書いてありました」
「……この書面を見ると、土地を渡す、と書いていますね」
「そうなんですよ! 『渡す』なんて契約するはずありません」
「組合が求めたら返す、という文字はどこにもありませんね」
エルン組合長が契約書の『ある部分』を指さした。
「ここ、何行か開いているでしょ? ここに書いてあったはずなんです」
「ちょっと、お借りしますね」
私は契約書を光にかざして見た。消したような跡など、何も怪しいところは見えない。
「ミラ。何か見えるか?」
私は首を振る。
「そうですか……」
エルン組合長がガックリと肩を落とす。
「組合長、一度、その土地を見せてもらえますか?」
「そうですね。現場を見れば何か分かるかも知れない」
ダニエル様も現場確認に賛同した。
そして、組合長の案内で、私たちは、問題の土地を見に来た。
雑草が一面に生えている広大な土地。
整備をすれば農作物を沢山育てることが出来るだろう。
「ここは、去年亡くなった組合メンバーが、組合で活用してほしいと言って、譲ってくれた土地なんです」
「ずいぶん広い領地を持っていたのですね」
「えぇ。彼はここに大きな工場を持っていたのですが、跡継ぎもいなかったので、工場を畳んだんですよね。それで、更地になった土地を、他の領主に渡す、あるいは王家に戻すという選択肢もあったようなんですが……」
そう言うと、組合長は懐かしそうな顔をしている。
「あいつは、組合のみんなで一緒に何かを作り上げたりすることが好きでしてね。それで、組合みんなで何かが出来る場所にしたかったみたいなんです」
「なるほど。なので、この土地は商業組合に渡したということなですね」
「ええ。ですので、いずれは、ここを農地にして、組合の名産なんかを作ろうかと思っていたんですがね」
組合長が土地を見ながら、忌々しそうに言う。
「組合メンバーが忙しかったり身体壊したりで、しばらくは農作業が出来ないかもってことになったんですよ。組合メンバーは、それぞれ自分たちの商会も持っていますし、なかなか集まれなかったんです。そうすると、土地をそのままにしておくのは、もったいないのでは、となりまして」
ルーカス様が、なるほど、とうなずく。
「しばらく使えないのならば、誰かに貸して、その間、みんなで土地を使って何をするのか話し合おうと決めたんです」
「そしたら、貸すではなく、あげるになってしまっていた、と言うことですね」
私はそう言いながら、しゃがみ込んで、雑草を触る。
「あまり見たことのない雑草ですね」
「うーん。雑草の種類はよく分からないけど、確かに道ばたでよく見るものではないな」
ルーカス様も私の隣にしゃがみ込む。
私は、鼻をクンクンとならす。
「なんだか、かすかに何か匂いがしませんか?」
「そうかな?」
ルーカス様は立ち上がって、鼻をひくつかせる。
「うーん。僕はハッキリとは分からないなぁ」
「そうですか。私の気のせいかもしれません」
そう言いながらも、私は引っかかるものを感じていた。
小さい頃、私の領地は自然にあふれていた。
木々の匂いや草の匂い、風や鳥の匂い。色々な自然の香りを感じてきたが、そのどれにも当てはまらないような感じがする。
「組合長、今日はありがとうございました。少し考えさせてください」
「なんとか解決策を見つけてください。よろしくお願いします」
「ミラさん。面倒かけて申し訳ない。何か分かればルーカスを介してで良いので教えてください」
「ダニエル様。わかりました」
◇
工房に戻り、私はハンコ作業に没頭した。
何か頭の中でモヤっと違和感があるときは、いったん作業に集中することで整理されるのだ。
「ふぅ! 出来た!」
私は注文の品を作り終わり、一息ついた。
私はお茶を入れながら、窓の外を見る。もうすでに真っ暗だ。
また、時間を忘れて作業をしてしまっていた。
今日の組合長の話を思い返す。
組合長は契約書がサインしたものとは違うと言う。
けれども、書面を見たところ、細工は見当たらない。
(今回ばかりは、難しいかも……)
ただ、土地で感じた違和感が気になる。自然の中では感じたことがない。
あの雑草も見たことはない。
(そうだ……! 土地のことなら、従兄のロイクなら何か分かるかも知れない)
ロイクは土地の地質の改良などの研究のために留学中である。なので、土について詳しいかもしれない。
私は、解決へのわずかな光になることを期待しながら、その日は眠りについた。




