第25話 遺言書③―職人のプライド―
気になる点を調査したり整理したりしていたら、あっという間に期日の1週間後になった。
私とルーカス様は、エルト様の家で、弟のフォルト様が来るのを待っていた。
「兄貴。引っ越しの準備は出来たか?」
「……」
フォルト様はフラッと現れて、エルト様に軽く笑いながら話しかける。
エルト様は手を堅く握りしめている。怒りをなんとか抑えようとしているようだ。
「あれ? そちらのお二人さんは?」
「私は、エルト殿から相談を受けていたルーカスと言います。こちらはミラです」
「はじめまして」
「ふーん。まぁ、相談なんてしても無駄だけどね。さっ、兄貴。出て行ってくれるかな」
「エルト様は出て行く必要はございません」
私はきっぱりとフォルト様の目を見ながら伝えた。
「は? お嬢ちゃん、何言ってんの?」
「だから、エルト様は出て行く必要はないのです。だって――その遺言は偽物ですから」
「……はぁ?! 何言ってるのか、分かってんの? 親父の署名とハンコがあるんだよ」
「確かにハンコはお父様の物です」
「だろ?」
「でも、あなたがお父様のお見舞いに行った際に、簡単に見つかる場所にハンコはありましたよね」
「知らないねぇ。親父がハンコを押したんだろ。それになんせ、署名があるんだからな」
フォルト様はニヤニヤしている。でも、私の目には何かを隠すためにわざと笑顔の表情を作っているように見える。
「お父様の署名はニセモノです」
「兄貴、悪あがきも辞めろよ。兄貴もこれ見て、親父のサインだって言ってただろ?」
フォルト様は、私の相手はこれ以上してられないといったように追い払うように手を振りながら、エルト様に向かって話しかける。
私はそんなフォルト様に言葉を投げかける。
「お父様のサインを真似て書いたものです」
「だから! 何を根拠にそんなこと言うんだよ!」
フォルト様が激高する。ルーカス様が私の前に一歩出る。
「なぜなら、お父様は――右手が使えなくなっていたからです」
「……え?」
「ミラさん、どういうことですか?!」
フォルト様は予期せぬ発言に言葉を失っている様子だ。エルト様もとても驚いている。
「お父様の部屋を見せていただきましたが、ベッドの脇に小さな椅子が置いてありますよね」
「えぇ。親父が商会を作って、初めて売った商品なんです。いつもメンテナンスをして大切にしていました」
「椅子の木の感じから、大切にしているんだなというのは分かりました」
「あのさー! 親父の思い出話はどうでもいいんだよ!」
フォルト様が、我に返り、大きな声で喚き立てた。
「大切にしているはずの椅子の足が、ずれていたんです」
「……え?」
「職人であるお父様なら、大切にしていた椅子がガタついていたら、直すはずなんです」
「何を言うかと思えば……親父は病気だったんだぞ。そんなことするはずないだろう? それにそれが何の関係があるんだよ」
フォルト様はバカにするような声で反論してくる。
「いいえ、職人というのはそういうものです。ガタついているのを、そのままにすることは出来ない。しかも思い入れのある作品でしたらなおさらのこと」
私はきっぱりと告げる。私自身もそうだ。ハンコの模様に少しでも不備があれば、絶対に修正するか廃棄するかどちらかだ。そのままにするなんて、職人であればあるほど、そんな自分が許せなくなるはずだ。
「確かに……親父なら椅子がガタついたままにはしないはずだ」
エルト様が私の言葉に頷く。
「それで、もしかしたら、お父様は椅子を直すことが出来ない状況だったのでは、と思ったのです」
そうして、私は1枚の紙を取り出した。
「これは、お父様の主治医の診断書です」
エルト様らが診断書をまじまじと見る。
「……! 右手の指が曲がらない?」
「はい。お父様は病気で倒れる半年前くらいから、右手の指を曲げることが難しくなっていたそうなのです。おそらく、今まで酷使してきたからなのか、原因は不明です」
「親父が実際に工房で作るということは最近なかったから気づかなかった……」
エルト様がポツリと呟く。
「お父様は、自分の右手が使えないことを知られたくなかったそうです。なので、息子さんであるあなたたちにも内緒にしていた」
「はぁ? なんでだよ?!」
フォルト様は理解が出来ないようで大声を出している。
「エルト様ならお気持ち、分かるのではないでしょうか」
「……職人にとって、手は商売道具であり、宝ですから……親父が言いたく無かった気持ち分かります」
「職人のプライドとして、簡単には認めたくないし、言いたくない。だから、医師には誰にも言わないでくれと言っていたそうなんです」
「親父……」
エルト様が少しうつむく。握った拳の上に涙が落ちている。
「ですので、キレイに署名出来るはずがないんです」
「……! だったら、左手で書いたんだろ」
涙を流しているエルト様と対照的に、フォルト様は興奮して騒いでいる。
「……往生際が悪いぞ」
ルーカス様が威圧感を強める。
「お前のやったことは犯罪だ。遺言書を偽造したんだからな。衛兵には連絡済みだ」
「……くそっ! なんでだよ」
フォルト様が膝から崩れ落ちた。
「なんで兄貴ばっかりなんだよ……! 俺は借金まみれ。親父にも期待されていなかった。なんでだよ……」
エルト様は涙を拭いて、床にしゃがみこむフォルト様を見下ろす。
「俺は努力をした。長男だから当然のように商会で働いていたわけじゃない。努力も何もしていないお前は俺に嫉妬する立場にもない」
「……偉そうに説教すんじゃねぇよ」
「そう思うなら、死に物狂いで努力しろ。そして俺や親父を見返してみろ」
フォルト様はうなだれて、静かになった。
しばらくして、衛兵らがやってきて、フォルト様を連行していった。
「ミラさん。またあなたですか」
衛兵長のガレスが声を掛けてきた。
「ガレス様。お久しぶりです」
「ミラさんは、私たちの仕事に転職した方が良いのでは? 素質あると思いますよ」
「……いいえ。私はハンコ職人ですので」
ガレス衛兵長は、残念と小さくつぶやき、次はルーカス様に向かって話しかける。
「ルーカス。今回も犯人逮捕への協力助かる」
「いいえ。こちらこそ、ありがとうございました」
「それにしても、君たち二人は、いいコンビだな」
「そうですか?! いやぁ、そっかぁ。いいカップルか!」
「カップルではなく、コンビだがな。でも、ミラさんは、お前のことを助手としてしか見てないようだけどな」
「……やっぱり、そうですかね」
落ち込むルーカス様を見ながら、ガレス衛兵長が少し吹き出す。
「フッ。お前もほんと変わったな」
そう言われたルーカス様は、頭を掻いて小さく肩をすくめた。
後日、私とルーカス様は、エルト様に呼ばれて、商会を訪れた。
「先日は、本当にありがとうございます」
「いえいえ。ライナー商会が今後も存続していけるのが何よりです」
「ええ。あいつは、ライナー商会を売る算段も勝手にしていたようですからね」
エルト様はそう言いながら、一枚の紙をテーブルの上に置いた。
「実は、あの後、親父の部屋から、この書類が見つかりまして」
そこには『遺言書』と書かれていた。
「お父様の本当の遺言書があったのですね」
「ええ。親父のベッド脇の机。あの机が二重底になっていまして、そこに隠されていたんですよ。親父はそういう遊びが好きだったから」
「中身を読んでも良いですか?」
「どうぞ」
私とルーカス様が遺言書を読む。
「……『ライナー商会およびそれに関するものは全てエルトに相続させる」……そうだと思ったが、やはり商会長はエルト殿に引き継いでもらいたいとの意思だったんですね』
「ええ。それは一緒に働いているときから感じていましたが、その後の文です」
私達は続きを読む。
「……『フォルトには相続として家をすでに渡している』……でも、その家も差し押さえられてしまいましたね」
「本当だな。商会長はフォルトのことも考えていたのに、バカなことをしたものだよ」
ルーカス様が呆れたような、やるせないようなため息をつく。
「あいつは馬鹿者ですよ。せっかく親父が住居だけでもと用意してくれたのに……でも、その後の文で、親父はフォルトのことを最後まで心配はしていたんだなって」
「……『なお、ライナー商会で働きたいのなら、修業先を紹介する。そこで一からやり直してから、エルトと一緒に商会を盛り立てろ』……か」
「……今後、もしもフォルト様がエルト様の元に来て、働きたいと言ってきたら?」
私がエルト様に尋ねる。するとエルト様は、肩をすくめながら答える。
「親父の遺志なんで、紹介しますよ。いくつか紹介先はあるんですけど、一番厳しいところを紹介しようかと思います。その根性から鍛えてこいって言ってね」
フォルト様が罪を償った後、エルト様の元へ来るかは分からない。
けど、フォルト様が父親の遺志を理解することが出来る日がくることを、私は願うのであった。




