第24話 遺言書②―お気に入りの椅子―
翌日、私は再びエルト様の元を訪れた。
「昨日は突然のお願いですみませんでした」
「いいえ。私、ライナー商会で取り扱っている椅子を愛用しているのです。長く座っていても疲れなくて、身体になじむ感じなんですよね」
「愛用してくださっているんですね。そういう嬉しい声を聞くとやりがいがあります」
エルト様が嬉しそうに顔をほころばせる。
「ところで、フォルト様が、お父様が病気で倒れてから家を訪れたことがあるというのは本当ですか?」
「えぇ。どこから噂を聞きつけたのか、突然現れたんですよね」
エルトは鼻にしわを寄せて、怒りを表している。
「本当は親父に会わせたくなかったんですよ。病気で倒れたところに、心労が重なると思ったんでね」
「今までの関係性からしたら、そう思いますよね」
「でも、もしかしたら最期かもと思って、二人きりで会わせて話をさせたんですよ」
「それは、どこでですか?」
「どこ?」
「えぇ。フォルト様とお父様が会われたのは、どこの場所ですか?」
「あぁ。父の部屋です。見ますか?」
「お願いします」
私はエルト様に案内されて、マイル商会長の部屋に行った。
「こちらです。親父がここのベッドに寝ていたので」
私は部屋の中を見回す。コンパクトで非常に質素な部屋だが、木の香りが心地よい。
過度な色彩はなく、木目調の家具が必要最小限に置いてあり、静けさと落ち着いた空間を作り出している。
窓際に置かれたベッドの横には、小さな引き出しつきの机が備えられていた。
「お父様はハンコをどこに保管していたのですか?」
「そこのベッドの横の引き出しですよ」
「引き出しに鍵は?」
「……ついてないです」
エルト様は渋い顔をする。鍵がついていない引き出しに大事なハンコを入れていたことは何度か苦言を呈していたそうだ。しかし、誰も盗まないから大丈夫だと言ってそのままにしていたようだ。
机の横には小さな椅子も置いてあった。
装飾もない普通の丸い椅子。背もたれもない。ただ、その座面の木の色を見れば、長年使われ、磨かれ大切にされていたことが分かる。
私は椅子を触る。その時、少し違和感を覚え、椅子を持ち上げたり、手のひらで座面を少し押したり揺らしたりしてみた。
(……なるほど)
「もう一度、遺言書見せてくれますか?」
「あぁ、はい」
私は遺言書を再度確認する。
(もしかしたら……)
「ありがとうございました。もう少し調査してみます」
「よろしくお願いします」
私は自分の工房に戻り、まとまらない考えを一度整理するために、ハンコ作りに没頭した。
「ミラ!」
ルーカス様が工房にやってきた。
「まだ仕事していたのかい? ちゃんと夕食食べたのか?」
気づいたら外が暗くなっていた。集中しすぎて時間感覚がなくなっていたようだ。
「つい集中していて……」
「だと思ったから、サンドイッチを買ってきたよ。それに報告したいことがあるんだ」
私は、紅茶を用意し、ルーカス様が持ってきたサンドイッチを二人で頬張った。
「フォルトは税金滞納を何度もしていて、財産を差し押さえされていたことが分かったよ」
「フォルト様は、財産を持っていたのですか?」
「マイル商会長から、縁を切るのと引き換えに小さな家をもらったようなんだ。その家は、国だけじゃなく、業者も差し押さえしていてね」
「業者ですか」
「あぁ。金貸し業者だ。で、その業者に会いに行ったんだよ」
「えっ! ルーカス様、危なくなかったですか?」
「大丈夫。一応、友人の衛兵に頼んで、行政庁の人間として会いに行ったから、下手なことはしてこなかったよ」
私は少し胸をなで下ろした。フォルト様の話を聞いていたので、そのような方にお金を貸す業者はまともではないだろう。ルーカス様に危険が及ばなくて良かったと安堵した。
「それで何か分かりましたか?」
「ちょっと色々と突いたら、3ヶ月前くらいに、フォルトが『近々大金入ると思うから、もっと貸してくれ』って言ってきたんだってさ」
「3ヶ月前というと、マイル商会長が倒れた頃ですね」
「あぁ……怪しいよな」
「フォルト様がまともに仕事もしていないとお聞きしていますし、近々入る大金となれば、マイル商会長の遺産を指していると考えるのが自然ですよね」
「普通に考えれば、兄であるエルト殿が遺産をもらうだろうと分かるものを、そんな発言をすると言うことは……遺言を偽造する動機はありそうだな」
「ルーカス様。実は私も分かったことがあるんです」
私はルーカス様に、商会長の部屋を見て思った一つの考えを伝えた。
「……なるほど」
「あともう一つ、調べたいことがあって」
「何か気になることがあるんだね」
「えぇ。今はまだ私の予想の範疇でしかないので」
まだ私の中でも、もしかしたら……というぼんやりとした考えにすぎない。
なので、まだハッキリとは言えない。
「ところで、ルーカス様。先ほど、金貸し業者から、フォルト様の情報を聞いたと言っていたじゃないですか」
「あぁ」
「顧客の情報をペラペラしゃべるなんて、やはりタチが良くない業者だったのですか?」
「表向きは普通の業者だったけどね。裏ではやましいこともあったみたいで、カマかけたら、勝手に口を滑らせてくれたんだよ」
「……ルーカス様。さすがです」
「ミラが褒めてくれた!」
ルーカス様が喜んでいる。
「パンくず、ボロボロ落としていますよ」
「……かっこ良く決めたかったのになぁ」




