第23話 遺言書①―工房を受け継ぐ者―
いつものように工房で作業をしていると扉が開く音がした。
私はもう音だけで、お客様ではないことが分かるようになっていた。
「ミラ。ちょっと今いいかな?」
ルーカス様が一人の男性を連れて入ってきた。
「……いいですけど」
私はその男性の顔を見て、問いかける。
「ライナー商会の方ですよね?」
「ご存じですか? 今日は突然お邪魔してすみません」
「確か、先日、商会長のお父様がお亡くなりになられましたよね……お悔やみ申し上げます」
「それもご存じでしたか」
「えぇ。それで、今日はどうされたのですか? ハンコの注文では無いですよね?」
「ミラ、ごめんね。今日はお客さんじゃなくて、ちょっと相談に乗ってほしくて連れてきてしまったんだ」
「ルーカス様のいつものことですね。それで、何があったのですか?」
ライナー商会のエルト様が、今日に至るまでを話し始めた。
◇
ライナー商会は、木製テーブルや木製椅子など、木工品を主に扱っている商会である。
手広くはないが堅実に商売をしており、お客様からの厚い信頼もあった。
そんなライナー商会であったが、ある日、マイル商会長が病気に倒れ、3ヶ月の闘病後に亡くなってしまった。
「親父……」
マイル商会長と一緒に商売を行っていた長男のエルトが涙を拭った。
「親父が守ってきた商売、これからは俺が受け継いでいくからな」
エルトはマイル商会長の写真に向かって、決意を新たにした。
「兄貴!」
「……お前か。もう葬式は終わってしまったよ」
「あぁ。ごめん、ごめん。ちょっとバタバタしてたからさ」
マイル商会長の息子で次男であるフォルトが家にやってきた。
「写真に手を合わせたら、すぐに出て行ってくれ。お前のことを弟とは思いたくない」
フォルトはずっとフラフラした生活をしており、たまに商会を訪れてはお金をせびってきていた。 商会長も、最初の頃は、いくらか渡していたが、最近では強く叱責して追い返していた。
「お前のせいで、親父がどんなに苦労したことか! しかも、商会の名前を出してお金を勝手に借りたときに尻拭いをしてやったのに、何も音沙汰もなく消えて!」
「親父が亡くなったのに、そんな怒ってばかりいるなよ」
フォルトは、のらりくらりとした態度である。
「それよりもさ、兄貴。さっき、すぐに出て行ってくれって言っただろ」
「あぁ。正直、お前の顔はもう見たくないからな」
「出て行くのは……兄貴の方だよ」
「……は? 何を言っているんだ?」
エルトが不可解な顔をしていると、フォルトが懐から紙を取り出した。
「ほら。親父が書いた遺言書だよ」
「遺言書?」
「ここを見てみろよ。この商会を含めて、財産は全てフォルト、つまり弟の俺にあげるって書いてあるだろ?」
「はぁ?!」
エルトが弟から紙を奪い取った。
「私は、商会と全ての財産を次男のフォルトに渡す……親父の署名とハンコ……」
「な? でも、俺も心狭くはないから、すぐに出て行けとは言わないよ。まぁ1週間くらいは猶予あげるからさ」
「……こんなのあり得るはずがない! これは……偽造だ!」
「はぁ。兄貴。信じたくない気持ちは分かるけどさ。これ、親父の直筆だろ?」
「確かに、親父の字だけど……お前に、ライナー商会を渡すなんて言うはずがない」
エルトは紙を何度も見る。
確かに、マイル商会長の文字にそっくりだ。ハンコも同じに見える。
でも、そんなはずがない。
「……ウソだ、あり得ない」
「まぁ、親父も結局は俺の方に期待していたっていうことなんだね。兄貴落ち込むなよ。今までありがとうな」
「……」
エルトは怒りと困惑、色々な感情が入り交じって、ただ立ち尽くすのみであった。
「じゃあ、俺は近くの宿屋にいるから。1週間後には出て行ってくれよな」
◇
「……ということなんです」
「その遺言書を見ること出来ますか?」
エルト様が遺言書を出してきた。
「この署名は、お父様の文字ですか?」
「……はい」
「他にお父様が書いた署名はありますか?」
「商会に行けば、契約書などあります。一緒に行ってくれますか?」
「ミラ。もし良かったら付き合ってくれるかい?」
「えぇ。ルーカス様。もちろんです。私、ライナー商会のファンですから」
エルト様が嬉しげな表情を見せるが、すぐに今回の問題を思い出して顔を暗くさせた。
そのような様子のエルト様と一緒に、私たちはライナー商会の事務室へと向かった。
「これが、契約書です。親父の署名があります」
私は、エルト様から受け取った契約書と遺言書を比べてみる。
「これだけ見ると、同じに見えますね」
「……はい」
「遺言書のハンコは?」
「これも親父のハンコです……」
私は契約書に押されているハンコと見比べてみる。
「確かに、同じハンコのようですね」
エルト様は肩を落としている。
「やっぱり、親父は弟に継がせる気だったのか……」
「エルト様。もう少し調べてみないと分かりません」
「……1週間しかないですが、何か分かればいいのですが」
「エルト殿。行政庁商務部としても、健全経営をしているライナー商会が、今後どうなるのかは注目している。出来る限り調べてみよう」
ルーカス様も力強くエルト様を励ます。
「よろしくお願いします」
工房に戻ってきた私たちは、少し静かであった。
「……ミラ。今回はちょっと難しいかな」
「まだ分かりません。確かに、署名と押印は、マイル商会長のもののようです。ただ、本当に本人の意思なのかは、調べてみる価値はあると思います」
「弟のフォルトは、商会に来るのはお金をせびりに来るときだけだったようだからな」
「最後に来たのはいつだったのでしょうか?」
「病気で倒れてすぐに来たらしいぞ。身体も気持ちも弱った時だからこそ、お金を出させやすいと思ったのかも知れないな」
「……病気で倒れて、すぐですか……」
「気になることあるのかい?」
「えぇ。明日もう一度エルト様のところに話を聞きに行きたいです」
「わかった。僕も付き合う」
「ルーカス様は、フォルト様の借金について調べてもらえますか?」
「あぁ。分かった。僕の出来る限り調査してみるよ。ところで、明日は一緒に行くからね?」
「いいえ。ルーカス様。時間がないので、別行動にしましょう」
「今日もミラが冷たいなぁ」
「……」
「せめて、何か言ってくれよ」
ルーカス様の情けない声だけが響く。




