第21話 注文書①―謙虚さと価値―
数週間後、注文があったデザインスタンプが出来上がったため、私はセレフィーナ様の元に届けに行った。
「まぁ! 素敵!」
リビングに通された私は、彼女が試しにスタンプを使うのをそばで見ていた。
工房に来たときは非常に大人びて見えたが、喜んでいる姿を見ると幼く見える。
おそらく、いつもは王太子の婚約者として気を張っているのだろう。
無邪気に喜ぶ姿を見て、私は自然と笑みが出た。
「こんなに素敵な物とは思わなかったわ。お手紙を書くのが楽しみになるわ」
「喜んでいただけて良かったです。また何かご用命ございましたら、よろしくお願いいたします」
その後、セレフィーナ様のおかげで、いくつかデザインスタンプの注文が増え始めた。
そんなある日、再びセレフィーナ様が工房を訪れた。
「今度、我が家でパーティーをするときに、出席者にスタンプを配りたいの。小さいサイズで作ってもらえるかしら?」
「ありがとうございます。承知いたしました。いつまででしょうか」
「パーティーは1週間後なのだけど、お願いできるかしら?」
「えっ! 1週間後ですか……」
「ごめんなさいね。最初は出席者へのお土産としてお菓子を配る予定だったのだけど、急に思いついちゃったの」
「……わかりました! セレフィーナ様のご注文ですので、頑張って間に合わせてみせます」
私は、セレフィーナ様からの大量注文を受け、さっそくデザイン作業に取りかかった。
(眠いと繊細な線を彫れないけど……絶対間に合わせないと!)
私は眠気と戦いながら、デザインスタンプの作業を毎日行った。
そして、パーティー当日。
(なんとか間に合った! よしセレフィーナ様の屋敷に持って行きましょう!)
私が工房を出ると、そこにルーカス様がいた。
「やぁ。あれ? どこに行くの?」
「セレフィーナ様のパーティーに行くのです」
「えっ! パーティーに呼ばれているのかい? 実は僕もなんだよ!」
「あっすみません。言葉足らずで。セレフィーナ様から、パーティーでのお土産として注文があったので届けに行くのです」
「そうなんだね……ところで、その服で行くのかい?」
「? えぇ。届けるだけですので。すみませんが、急いでいるので失礼します!」
私はルーカス様を置いて、セレフィーナ様の屋敷に急いで向かった。
背中超しに何か聞こえるが、急いでパーティーに持って行かなければと、私は構っている余裕はなかった。
◇
「ミラ。ありがとう」
「ギリギリになって申し訳ございません」
すでにパーティーは始まっていたが、お土産を渡す時間よりも前には、注文の品を届けることが出来た。
私がセラフィーナ様に品物を渡して帰ろうとすると
「急かして申し訳なかったわね。せっかく来たのだから、パーティーを楽しんでいきなさい」
「いえ、私は……」
「いいじゃないの。私のお友達も、侍女を介して、あなたに注文したって言っていたわ。直接はお会いしたことがないでしょうから、紹介するわ」
「でも……」
「まぁ。可愛らしい方ね。セレフィーナ様、この方とお知り合いなの?」
声の主を見ると、何人かの令嬢が、私とセレフィーナ様を見て、クスクスしている。
値踏みするような、遠慮のない目。
「セレフィーナ様は、平民の方とも親交があるのですわね」
「さすがですわ。将来の王太子妃ともあれば、平民とも交流しなければならないのですね。私たちには到底出来ないわぁ」
令嬢たちが口々に言う。
「平民が招待客だとしても、こういう場には相応しい装いというものがございますわよね? みなさま」
令嬢たちの真ん中にいる女性の声は、他の者と異なり、少し威圧感がある。
もしかして、この方は、セレフィーナ様の前に、王太子の婚約者候補であったヴィオラ様だろうか。
セレフィーナ様に対して突っかかる様子、周囲の取り巻きの雰囲気からして、かなりの高位令嬢であることは間違いないだろう。
(私がいると、セレフィーナ様に迷惑がかかるわ)
セレフィーナ様が口を開く前に、私は一歩前に出た。
「では、ご依頼のお品は、確かにお届けいたしました」
丁寧に頭を下げる。
「それでは、私はこれで失礼いたします」
そのままきびすを返そうとした。
そのとき――
「待て」
低く、よく通る声。振り返ると、そこにいたのはルーカス様だった。
場の空気が一瞬で変わる。周囲の貴族達が息をのむのが分かった。
「セラフィーヌ殿。少し、彼女を借りる」
有無を言わせぬ口調で告げると、彼は私の手首を軽く取った。
「ちょ、ちょっと――」
戸惑う間もなく、会場の外へと連れ出される。人気の無い廊下に出たところで、ようやく足を止めた。
「ルーカス様。離してください」
手首を軽く引く。けれど、ルーカス様は、すぐに離さなかった。
「……帰るつもりか?」
「はい。仕事は終わりましたので」
淡々と答える。
「……自分は何言われても気にしません、という顔をしていたな」
「はい。実際、私はこのパーティー会場には相応しくないですから」
私は即答する。
「本気で言っているのか?」
ほんの一瞬、沈黙が落ちた。
「君はセラフィーナ殿を守ろうとして引いたのかもしれないが、むしろ彼女を傷つけた」
「そんなことありません! あのまま私がいたら、セラフィーナ様は余計なことを言われていました」
「そんなことで、黙ってやられるような女性ではないさ。王太子の婚約者だぞ」
「それでも……私のせいでセラフィーナ様がバカにされたら困りますので」
ルーカス様が小さく笑う。
「セラフィーナ殿のことを見くびっているな」
「そんなことは……」
ルーカス様が、いつになく真面目な顔でこちらを見る。
「君がセラフィーナ殿のことを思うのなら、やるべきことは一つだ」
「やるべきこと……」
「あぁ。――自分の価値を周囲に示すことだ」
「私の価値……」
「今のままだと、セラフィーナ殿に認められているのに、自分には価値がないと言っているようなものだ。謙遜しているのかもしれないが、かえって彼女を傷つけている」
セラフィーナ様にも言われた言葉。
謙遜は美徳ではない。
「……君が隠しているのは、元貴族という過去じゃない」
その一言に、思わず顔を上げる。
「君が隠しているのは――自分の価値だ」
逃げ場を塞ぐように、視線が合う。
「隠すのは自由だ。君のものだからな」
でも、と続ける。
「何も見せないで、君の価値を、あんな連中に決めさせるのは違う」
静かで、けれど揺るがない声だった。
「……色眼鏡で見られるのは、ごめんです」
ようやく私の中で絞り出した言葉。
「元貴族だと分かれば、余計に」
「だろうな」
ルーカス様が、あっさりと認める。否定も、慰めも無い。
ルーカス様は静かに続ける。
「でも、それで何も見せないのは違う。見せた上で、それでも評価されるのが、君じゃないのか?」
その一言が、胸の奥に落ちた。
私は、少し顔を下に向けた。
何も言い返せない。分かっていた。私は守っているのではなく――逃げていたのだ。
いや、怖かったと言った方がいいかもしれない。
私の過去を知ったら、周りはどう評価してくるだろうか。職人としての私を見てくれるのだろうか。
「私の過去なんて、必要ないと思っていました」
「必要かどうかじゃない」
間髪入れずに返される。
「使えるのに使わないのは、もったいないじゃないか」
思わず、顔を上げる。ルーカス様がウィンクをする。その表情は柔らかい。
私はいつものルーカス様に、フッと笑う。
ルーカス様の笑顔を見て、私の心の中は決まった。
(私は……私は、『元侯爵令嬢のミラージュ』よ)
自分がどう生きるか、自分で選択をし、自ら切り開いて今に至る。
何も恥ずべき過去は――無い。
「ほら、いくぞ」
「……どこへ?」
「決まっているだろ」
ルーカス様はくるりと背を向ける。
「本当の君で、あの場に戻る」
「笑われませんよね?」
「当たり前だ。笑うどころか黙るだろう」
ゆっくりと息を吐く。
「ルーカス様に……付き合ってあげてもいいです」
「それは、どういう意味の付き合うかな?」
「今からルーカス様がやろうとしていることに、という意味です!」
「あはは」
ルーカス様は小さく笑うと、別室へと歩き出す。私はその背中を追う。




