第17話 自白書面③―ミラの潜入―
明日こそ、明日こそ。
トビアスが、そう思いながら帰路についていたところ……
「トビアス! どうした。顔色悪いぞ」
「あぁ! ルーカス殿」
ルーカスは、貴族学園の1年先輩であり、学園時代にルーカスを女子生徒達の輪から逃がしたことがあった。トビアスとしては、そんなつもりはなく、廊下をふさぐように集まられては通れなかったので、おそるおそる声を掛けただけであった。しかし、結果として、ルーカスはその場を抜け出すことが出来たのだ。
それ以降、ルーカスは、トビアスを見かける度に声を掛けてくれるようになり、行政庁でも部署は違えどたまに食事に誘ってくれるような関係であった。
「久しぶりに、食事にでも行かないか?」
「あぁ……そうですね。僕の家はどうでしょうか」
「お前の家? いいけど」
(ここでルーカス殿と会ったのも、何かの導きかもしれない)
「それで、何があったんだ?」
ルーカスは家に着くなり、すぐに聞いてきた。
「何があったかって……なんで分かったんですか?」
「自宅に呼ぶなんて、なんかあるしかないじゃないか」
「そうですか……」
トビアスはしばらく黙り込んだ。ルーカスは、静かにトビアスが口を開くのを待つ。
外では風がふき、窓枠が少しきしむ音だけが響く。
「実は……」
トビアスはいままでのことを全てルーカスに話した。
「ちょっと整理させてくれ。思っていた以上の問題だらけだな」
「はい……でも、僕のこと、軽蔑しましたよね?」
トビアスが目を伏せながら言う。
「軽蔑? なんでだ?」
「だって、僕は、見て見ぬふりを続けてきた。そのせいで、アルト商会も潰れてしまった」
「お前は、やってもいない横領をしたという書面を書かされて、脅されていたのだろ?」
「でも……」
「でも、今回、お前は全てを言おうと覚悟した。軽蔑なんてしない」
「……ありがとうございます」
「それにしても、ラウルらは、お前への強要に加えて、契約の水増しをしていた。それに、いつも入札で勝ち取っているのも何か裏がありそうだ」
「えぇ。ただ、追加工事の契約書や見積書は入手できるけど、それだけで告発出来るでしょうか」
「必要な追加工事であった。相場より高いのは資材高騰だった……確かに、それだけだと言い訳はできてしまうかもしれない」
「ですよね……」
ルーカスは腕を組みながら天井を見上げる。そして、トビアスの方を向きながら、一つの提案をしてきた。
「なぁ。もし良ければ、突破口を見つけることが出来るかもしれない人に、相談してもいいか?」
「まだ証拠も固まっていないのに、他の人に言うと、まずくないでしょうか?」
「大丈夫。彼女なら信用出来るから!」
「彼女……?」
◇
「……ということなんです」
トビアス様は話し終えて、ほっとしたのか、工房に来た最初よりも顔色が少しまともな色になっていた。
「追加工事がされることで、結果的に工事の総額が高額なものになっている、ということですね」
「あぁ。契約書が後から追加されて、金額が増額されているのは確実のようだ。トビアス、その証拠は入手できるんだよな」
「はい」
「でも追加された工事内容が、必要なものであれば問題ないですよね」
「そうなんだよ。ただ、トビアスに、口止めをした以上、グレインとベルニエ商会との間には、やましい繋がりがあることは確かだと思う」
「そうですね。そうじゃなければ、わざわざ、人質をとるような真似はしないですよね」
「ただ、僕たちの考えは、まだ裏付けの証拠が少ない。ミラなら、突破口を思いつくんじゃないかと思っての相談なんだ」
「ミラさん。突然申し訳ない。ルーカス殿がミラさんなら何かアイディアがあるかもしれないと言うので、突然来てしまいました」
私は、少し考えこんだ。
床には、先ほど作業が終えた木くずが散らばっている。
注文の品は全て準備できている。しばらくは時間に余裕がある。
「わかりました」
「えっ! ミラ。もう思いついたの? さすがすぎるよ!」
「はい。私が、ベルニエ商会に行きます」
「……え?」
「ちょうど仕事も一段落ついたところです。ベルニエ商会はいつもアルバイトを募集していたので、私が1週間、アルバイトとして潜入してきます」
「ダメだよ! 危なすぎる! そんなことをお願いするために、相談したんじゃないんだよ」
ルーカス様が、机に手をついて、勢いよく立ち上がる。そして、必死の形相で、私のアルバイト案を否定する。トビアス様はオロオロしている。
「ルーカス様。大丈夫です。私、いろんな商会でアルバイトしているので」
「いやいや! 大丈夫じゃないって。トビアスを脅すような奴らだよ? ミラをそんな危ない目に遭わせることは出来ない……そうだ、俺が潜入しよう」
「ルーカス様は行政庁の仕事があるので無理ですわ」
「……でも、ミラはダメだ」
「ルーカス様。心配してくださるのは大変嬉しいのですが、私は明らかにしないと気が済まないのです。一度お話を聞いた以上、悪党をのさばらせておくわけにはいきません」
「……他の方法はないのか?」
「まず1週間だけです。それで何も得ることが出来なければ、他の方法を考えましょう」
「ミラさん。とんでもないことに巻き込んで申し訳ないです」
トビアス様が眉を下げて謝罪する。
「いいのです。アルバイト代も稼げるので一石二鳥ですわ」
「……何かあったら、一目散に、僕のところに逃げてくるんだよ」
私はクスッと笑った。
「はい。ルーカス様に心配かけないようにします」
◇
そして、私は、何の問題もなく、ベルニエ商会にアルバイトとして雇われた。
「ミラちゃんは優秀で助かるよ。数字が書いている書類の整理まで手伝ってくれて。僕、実は得意じゃないんだよね」
「お役に立てて光栄です」
「でも、本来の仕事内容じゃないから、ラウル商会長には怒られちゃうかもしれないなぁ」
「本来の仕事もきちんとやりますので、いくらでもお手伝いしますよ」
「本当かい? じゃあ、今週は商会長もいないし、お言葉に甘えちゃおうかな!」
「お任せください」
私は、本来の仕事をしながら、帳簿の整理の担当になった。
(私が過去の帳簿を見ていても、何も言われなさそうね)
私は、帳簿や様々な書類が、所狭しと置かれている部屋への出入りを認められた。
(単なるアルバイトに、入室を簡単に認めるなんて、甘すぎないかしら?)
私にとっては、好都合であるが、記録の管理の甘さに心配になる。
私は、先輩の帳簿の整理のためという名目で、過去の帳簿に加えて、他の資料なども調べることが出来た。もしバレたとしても、帳簿に必要な資料を探していた、と言えば言い逃れ出来るだろう。
私が、去年の帳簿を探しだし、ページをめくる。
「……まず一つ見つけた」
帳簿には、ベルニエ商会から『カステリア様』に対して「コンサルタント料」という支払いが度々出てくる。事前情報としてトビアスからグレイン様やベルニエ商会のことを聞いていた中で、「カステリア」という言葉は見覚えがあった。この方は、グレイン様の奥様である。
その日にちを見る。
入札記録と見比べると、不自然な点があった。
(コンサル料が支払われているのは、全て、入札が決まった翌日)
他にも何かないかと資料を探していると、入札記録簿に、封筒が挟まっている。
その中には、メモが複数入っていた。
『橋 min 金貨53.2万枚 G.I』
『道路 min 金貨67.4万枚 G.I』
(この数字は何かしら……)
私は少しの間、その紙を凝視していたが、はたと思いついた。
はやる気持ちが走りすぎて、紙をめくる指が空ぶる。
私は、一度深呼吸をしてから、入札記録簿と帳簿を併せて見てみる。
――そこに答えがあった。
◇
私は、商会のアルバイトの帰り道、ベルニエ商会が担当している工事現場を見に行った。
(……工事報告書には、80%完成って書いてあったのに)
私の目の前には、枠組みしか組まれていない橋があった。
(追加工事が必要といって、追加費用を捻出するために、わざと完成させていないのかもしれないわね)
工事報告書が正しいか否かのチェックまでは行政庁はしない。
そこは、落札して公共事業を担当しているのだから、当然やってくれているだろうという善意に任せているからだ。
その夜、ルーカス様が工房を訪れた。
私は、ルーカス様に簡単に報告をした。
「……なるほど。では、僕は、グレインの妻のことを調べておこう」
「お願いします」
「でも、危ないことはしないでよ。あさってで終わりだよね?」
「えぇ。証拠はある程度揃いました。ただ、明日一つ確認したいことがあるので、その書類を見つけたら終わりです」
「確認したいことって?」
「橋の材料の注文票を見たいと思っているのです」
「それがどう関係するかは分からないけど、無理はするなよ」
「ありがとうございます」
ルーカス様は心配そうな顔をするが、私は大丈夫と微笑んだ。




