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第15話 自白書面①―見てはいけないもの―

 今日もいつものように工房にルーカス様がやってきた。

ただ、今日は一人ではない。


「ミラ。急に来てごめん」

「ルーカス様はいつも急ですよ」


「そ、そっか。ところで、今日は、行政庁の公共事業部で働いている後輩を連れてきたんだ」

「ルーカス殿から、いつも聞いています……。トビアスと申します」

「はじめまして。ミラと申します」

 

 トビアスと名乗る男性は、顔色が悪く、覇気がなかった。


「何かあったのですか?」

「……ええ」

「トビアス、僕から説明してもいいかい?」

「いや、大丈夫です。僕から説明をします」

 

 私は、工房の玄関に、準備中の立て札をかけた。

 そして、二人にお茶を出す。茶葉の香りが工房に広がるころ、トビアス様は小さく息を吐いた。それが合図だったこのように、静かに相談が始まった。



 その日、トビアスは仕事帰りに酒場に寄り、一人で飲んでいた。

 一人だったせいか、たまっていた仕事が一区切りついたせいか、いつもより少し酔っ払ってしまった。


 (こんな道あったっけ?)

 

 自宅への帰り道、いつもは通らない道を見つけた。

 酔いもあり、トビアスはそこを進むことにした。

 

 道は入り組んでおり、目当ての店がなければ普通は通らないだろう。

 何度か角を曲がったところに、他とは少し趣が違う店があった。

 知らなければ通り過ぎるだけの外観。派手な看板はなく、控えめに掲げられた店名だけが、かえって敷居の高さを感じさせる。


 (なんだか高級そうなお店だなぁ。隠れ家的な感じだな)


 トビアスが何気なく、窓から店の中を覗いてみた。

 中は、小さな店で、カウンターが見える。カウンターには男性が2名座っている。


 (なんか、あの後ろ姿見たことあるなぁ)


 トビアスは、もっと見えないかなと思い、窓にさらに近づいた。

 

 ガシャン!


 トビアスは酔っていたこともあり、足下の植木鉢に気づかなかった。

 

 店の中のカウンターにいた二人が、音に気づいて窓の方を向いた。

 トビアスは、一人と目があった。

 

(あれは……上司のグレイン殿だ!)


 トビアスは知っている顔に一瞬、顔がほころびかけた。

 しかし、上司の顔が、いつも見知っているものとは異なっていた。

 恐ろしい表情をしていたため、トビアスは挨拶もせずに、そのまま走って逃げ出してしまった。


 一緒にいた人も、見たことがある。

 トビアスは気になったが、走っていたため気持ち悪くなり、考えることが出来なくなった。


 そして、息を切らしながら、自宅に帰り、そのまま倒れるように眠りについた。

 

 翌日、職場に行ったところ、トビアスは上司のグレインから呼び出された。

 

「トビアス。ちょっといいか?」

「あ、はい」

 

「……昨日、見たよな」

「え? いや、まぁ。すみません、酔っ払っていて、よく覚えていないです」

「目が合ったよな?」

「えーと、そうですね。そうだった気がします」


 グレインの顔がいつも以上に厳しく、トビアスは内心かなり動揺した。


「昨日のこと、誰にも言うなよ」

「え? あぁ、もちろん。誰にも言いませんよ」

「……」


 グレインの沈黙は威圧感があり、怖くなったトビアスはおそるおそる口を開いた。


「あの……なんかマズイのでしょうか? 誰にも言うな、だなんて」

「もういい。とにかく忘れろ」


 その日はそれで話が終わった。

 ……と思っていた。


 それからも、仕事中に、上司がたまに、じーっとトビアスを見ている様子だった。

トビアスは、居心地の悪さを覚え始めていた。


「忘れろ……か」


 トビアスは、小さくつぶやいて、書類に目を落とす。

 先日のことは、なかったことにしろ――そう言われたのは確かだ。けれど、あの言い方はお願いではなかった。


 机の上の書類に視線を滑らせる。

 橋の補修に関する追加工事の見積書。いつもと変わらない、はずの紙。


 なのに、妙に気になる。


 商会の名前を見た瞬間、胸の奥に引っかかりが残った。

 どこかで見た。いや、見たことがあるどころではない。


 あのとき、店の中で上司と一緒にいた男。

 あの男は、ここに記載されている『ベルニエ商会』の代表の男に似ていた。


「いや、人違いだろう……」


 そう言い聞かせて、ページをめくる。数字に意識を向ければ、余計なことは忘れられる。

 いつも通り、そうやって処理をするはずだった。


 だが……


 (……追加工事が必要、か)


 ベルニエ商会が申請した追加工事の見積もり金額は、極端には高くない。

 しかし、以前、別の橋の補強工事を請け負った他の商会のときは、そもそも追加工事は発生しなかった。

 追加工事の承認は上司が行っているので、必要な工事だったのだろう。補強工事をしていく中で、想定以上の損傷を見つけたのかもしれない。


 ただ、何かが引っかかる。


 再度、商会名を見る。


「ベルニエ商会……」


 胸の奥の違和感は消えないまま、じわりと広がっていく。


 そのときだった。


「その案件は、もういい」


 低い声に顔を上げる。

 いつの間にか、上司のグレインがすぐそばに立っていた。


「あ……はい。ですが、まだ確認が――」

「私が見た」


 言葉を遮るように、短く告げられる。

 そのまま書類を手に取り、ぱらりと一度だけ目を通すと、迷いなく印を押した。

 承認のしるしだ。


 あまりにも、あっさりと。


「次の案件に移れ」

「……はい」


 トビアスは、返事はした。だが、視線は自然とその書類に戻る。


 「もういい」という言葉が、頭の中で繰り返される。忘れろと言われた夜。

 そして、ろくに確認もされずに通された書類。偶然にしては、できすぎている。


 トビアスは、消化できない思いを抱えたまま、他の案件に取りかかった。



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