第13話 告白文②―ミラの過去―
ルーカス様に次に会ったら……は思いのほか、早くやってきた。
「ごめん。ミラ。どうしても気になって、何も手に付かずで……」
「いえいえ。私もルーカス様にお話ししようと思っていたのです」
ルーカス様は、ロイクと遭遇したその日の夜に工房を尋ねてきたのだ。
私は、自分とルーカス様の前に紅茶が入ったカップを置く。
湯気の立つカップだけが、部屋の静けさを際立たせている。
私は一度だけ息を整える。そして、一口紅茶を飲むと、私は沈黙を破った。
「昼間にいた彼ですが……実は、私の従兄なんです」
私の言葉が落ちたあと、ルーカス様の表情から音が消えた。
ほんの一瞬、何も理解していない空白がそこにあった。次の瞬間、遅れて驚きが形を持つように浮かび上がる。
「え? 従兄?!」
「はい。ロイクはリュゼット侯爵家の者でして」
「侯爵家の? それで……ミラの従兄?」
「はい。そして、私は……」
一瞬言いよどんでしまったが、私は意を決して名乗る。
「私は――元レグナード侯爵家の長女、ミラージュと申します」
「……」
ルーカス様がすぐには飲み込めないようで、固まっている。
「ミラ、いやミラージュ? 元侯爵令嬢?」
「えぇ。18歳の時に、当主の座を伯父、ロイクの父親にすべて譲りました。そして、私は爵位を返上したのです」
次々と告げられる事実に、ルーカス様は言葉を失っている。理解が追いつかないまま視線だけが揺れ、思考が行き場を失う。明らかに、情報の整理が間に合っていなかった。
ルーカス様は、何かをブツブツとつぶやいていたかと思うと、突然、紅茶を一気に飲み干した。カップを置く音がやけに静かに響く。
そして、まっすぐに私を見た。
「ミラは、本当はミラージュ・レグナード侯爵令嬢だった。そしてリュゼット侯爵家に当主の座を渡した。ここまでは理解した……いや理解したのか?」
「驚かせてすみません」
「当主の座を譲るのは、100歩譲って理解できるとしても……なぜ爵位を返上したのだ?」
「一人で生きていくためには、爵位は邪魔ですから。平民の方が自立するには良かったのです」
「自立……」
「えぇ。ロイクの家族は、ずっと屋敷にいてもいいと言ってくれたのです。けど、ロイクが今後誰かを迎えるにあたって、従妹がいつまでも家にいるのは良くないですし」
「それで、自立するために、ハンコ工房を始めたということか」
「えぇ。領地を譲る対価として、この工房を用意してもらいました」
ルーカス様は、額に手を当てて、考え込んでいる。
「レグナード侯爵……そうだ。確かに娘が一人いた……」
「ご存じですか? 両親は、夜会などにも参加したことはなかったはずですが」
「あぁ。面識はないけど、広大な領地を持っている主要な侯爵家はなんとなく分かる」
「領地だけは無駄に広かったですからね」
「レグナード侯爵家……確か、両親は……」
ルーカス様は一瞬だけ目を伏せ、表情がわずかにゆがみ、すぐにそれを消した。
「ご存じかもしれませんが、二人とも馬車の事故で亡くなりました」
「そうだったな。……それは辛い話を思い出させて、悪かった」
「いいえ、大丈夫です。両親が亡くなってから、もう8年経ちますし」
「兄弟はいなかったのだね」
「はい、私は一人っ子でした。そして、叔父家族が王都にいたため、領地を代理で見てもらいながら、こちらで生活をしていました」
「そうだったのか。でも、君のことは、社交界などで見た記憶はあまりなかったな」
「私は、王都に来てからも、夜会には数回ほどしか参加しませんでした。それに、目立たずに生活をしていましたので」
「それは……もしかして叔父の方針? 大人しく過ごすようにと言われたとか?」
「いいえ! 違います。叔父達は、私には貴族らしく華やかに生活をしてほしかったようです」
叔父一家には娘がいなかったこともあり、とても可愛がってもらったという思い出しかない。辛いことも悲しいことも、乗り越えることが出来たのは叔父一家のおかげだ。
「でも、私は、叔父一家の元でずっとお世話になることは考えていませんでした。自立をしなければと思っていたので、華やかで目立つ生活をしてしまうと、今後の人生に支障が出ると思ったのです」
「10歳でそこまで考えていたのか……」
「あと、正直言うと、貴族の社交が合わなかった、というのもあります」
「それは分かる。独特だよな」
「えぇ。腹の内を探りながら褒めたり嫌みを言ったり。でも、商売をするうえでは、本当は貴族との繋がりを持つために積極的にしていた方がよかったかもしれません」
言葉を続けながら、私は紅茶のカップの縁を静かに指先で撫でる。
「ただ、前までは貴族としてお付き合いしていた令嬢が平民になったら、仕事を頼みたいと思いますか? ……哀れみの目や好奇心の目で見られながら仕事をするのは嫌だったのです」
ルーカス様はじっと聞いている。しばらく沈黙が広がった。次の言葉がくるのを待ちながら、私の呼吸は浅くなっていた。
しかしその沈黙を破ったのは、予想とはまるで違う明るい声音だった。
「ミラージュ、いやミラ。君は小さい頃から、やっぱりすごいなぁ!」
ルーカス様から、明るい声で告げられた肯定がすぐには理解出来なかった。
遅れて、胸の奥に小さな安堵が落ちる。
「……訳ありで、やだなぁって思いませんでしたか?」
「まさか! ただ、合点がいったところはあるよ。話し方とか立ち振る舞いが、ちょっと違うなぁっていうのは感じていたから。でも、嫌だなぁどころか、もっと好きになったよ!」
ルーカス様から、好きという言葉がサラっと出て、私は顔が真っ赤になった。
ルーカス様をチラリと見ると、特に深い意味もなく言ったのか、その発言を気にせず、一人で興奮している。
「ミラ! 君は人と違うと思っていたけど、まさしく思ったとおりだった! 尊敬しかないよ」
「ありがとうございます……」
「それにしても、良かった!」
「何がですか?」
「従兄のロイク殿。ミラの婚約者かと思った。あんな笑顔見たことなかったから」
「そんなことないですよ。ルーカス様の前でも笑っていますよ」
「結構、冷たいこと多いよ?」
「それは、ルーカス様が寒い発言をするからじゃないですか?」
ルーカス様に話すことが出来たのは、思った以上に大きいことだった。
なぜなら、私の心はスッキリとし、今まで重みを感じていたことに初めて気づかされたからだ。
過去を話せた相手がルーカス様だった、ということも一段と軽くしている原因かもしれない。




