第12話 告白文①―ルーカスとロイクの遭遇―
ベアトリス夫人の事件以降、彼女の紹介で、またお客様が少し増えてきた。色々なデザインを考えながら彫ることは楽しいので、注文が増えるのは嬉しい。
(お客様も増えてきたことだし、たまには、店周りも掃除しないとね)
私がホウキを持って、店周りを掃除していたところ、思わぬ人物に出くわした。
「ミラ! 元気そうだね!」
「ロイク……さま! 帰ってきたのですか?」
「様づけなんて、やめてよ。昔のように、ロイクって呼んでよ」
「でも、私はもう貴族じゃないので……そういうわけにはいかないです」
「他人行儀やめてよ。寂しくて泣いちゃうよ」
半年ぶりに会った従兄のロイクは、以前よりも少したくましく見えた。
安心感のある明るさは相変わらずで、そこに少しだけ頼もしさが加わっていた。
「……わかったわ、ロイク」
「ところで、仕事は順調?」
「えぇ。おかげさまで、最近はお客様も増えてきたの」
「そうか! そりゃ良かった! ミラの作るハンコは素敵だからね」
そう言うと、ロイクは懐からハンコを取り出した。
「これ、みんなに褒められるよ」
「ちゃんと使ってくれているんだね! ありがとう。ロイクがお客第一号だもんね」
私は、一番最初のお客様であるロイクのためにハンコを彫ったときを思い出した。これからへの期待と不安、胸が落ち着かないあの感覚を抱えながら、目の前の仕事に一生懸命取り組んだ。今も仕事への姿勢は変わらない。
ただ、ほんの少し、これからの未来への不安は減ったかもしれない。
「ロイクは隣国での勉強はどうなの?」
「沢山学ぶことが多くて大変だよ。早く父の手伝いをしたいんだけどね。今回は、あの領地の土に合うもしれない肥料を隣国で見つけたから、それを試してもらうために、一時帰国しているんだ」
「そうなのね! あの広大な土地が、もしかしたら豊かな実りをもたらす土地に生まれ変わるかもしれないのね」
「かもしれない。父も言っていただろ? 潜在能力のある土地かもしれないって」
「本当にありがとう」
痩せた広大な土地に住んでいる数少ない領民達の生活は、決して楽なものではなく、日々の暮らしには苦労が多い。だからこそ、領地を任せた立場であっても目を背けることが出来ず、常に気に掛けていた。そんな領民らの苦労が減るかもしれないとの希望が少し見え、胸の奥にじんわりと熱が広がった。
「立ち話もなんだし、狭いけど工房の中に入らない? お茶でも飲みながらお話ししましょう」
「いや、まだ両親にも会ってないから、今日はいったん帰るよ」
「まだだったの? じゃあ、本当にさっき帰ってきたのね」
「うん。まずミラの顔を見たかったからさ」
私がロイクと笑い合っていると、バサッと音がした。
私が視線を道路の方に向けると、そこにはルーカス様が立っている。
足下には、袋が落ちていて、そこからパンが転がっている。
「ルーカス様!」
「あ、あぁ。えーと、こんにちわ」
ルーカス様は、今にも泣き出しそうな顔をしている。
「? ルーカス様?」
「ミラ、どなた?」
ロイクが怪訝そうな顔で私に尋ねてくる。
「王宮行政庁の商務部のルーカス様です。色々と気にかけてくださって、頼りにしているの」
「へー……初めまして。私は、ロイク・リュゼットと申します」
「初めまして。僕は、ミラに頼りにされている、ルーカス・ヴァルデインと申します」
「……ミラ。この方は、ちょっと変わっている人なのかな?」
ロイクが不安げに私に問いかける。私は小さく首を振る。
「あの! 単刀直入に聞くが、ミラとはどういう関係なんだい?」
ルーカス様が急に威圧的になる。
「ルーカス様こそ、ミラとは、どういう関係なのですか?」
「え……ミラの作業を見守ったり、食材を届けたりとか……」
ルーカス様は、先ほどの威圧的な勢いはなくなり、どういう関係なんだろう、などとブツブツとつぶやいている。
「ミラ、本当に変な人ではないよね?」
「な!」
ルーカス様が声を上げる。
「ふふ。ルーカス様は信用出来る方です」
「そう。それならいいんだけど、気をつけなきゃダメだからね」
ロイクが兄のように私を気遣ってくれる。
そんなロイクを見て、ルーカス様は落ち着かない様子だ。
「それで、ミラとはどういう関係なんだい?」
ルーカス様がこだわる。
「ミラ。言ってもいいの?」
ロイクが私に耳打ちをする。
ロイクと私の関係を言えば、私の過去も言わざるを得ないだろう。
「……! 近すぎるだろ!」
「ルーカス様、少し黙っていただけますか」
私は迷う。
ルーカス様は私の過去を知らない。いまは平民で、ハンコ職人のミラ。それ以上でもそれ以下でもない。
でも、ルーカス様には知ってもらった方がよいのだろうか。いや、知っていてもらいたい、という気持ちが正解かもしれない。
私が言いよどんでいると、ルーカス様がさみしそうに笑った。
「ミラ。無理に言わなくていい。言いたくなったら教えてくれ」
「ルーカス様……すみません」
「じゃぁ。僕は帰るね。……ロイク殿、失礼しました……」
ルーカス様がとぼとぼと帰っていく。
足下のパンが入った袋も忘れて。
「ルーカス様! ……このパンいただいていいのですか?」
「あぁ」
ルーカス様は背中越しに手を振り、去って行った。
「あの人、勘違いしてるんじゃない?」
「何を?」
「……ちょっと可哀想になっちゃったな」
そう言うと、ロイクは、じゃあまた来ると言い、帰って行った。
私は工房に戻り、少し考えにふけった。
元侯爵令嬢の過去。両親になにがあったのか。
ルーカス様が私の過去を聞いたら、今までのように接してくれるだろうか。
平民のミラ。だからこそ、気軽に声をかけてくれていたのでは。
訳ありの過去があると知れば、面倒なことに巻き込まれるかもと避けられるかもしれない。ルーカス様から他の誰かに、この秘密がバレる心配はしていない。
ただ――ただ、ルーカス様が離れていくことが心配だった。
私は引き出しから、初作品のスタンプを取り出して、しばらく眺めていた。
そして、よし!と一声を自分にかける。
(うじうじするなんて私らしくないわ。話して離れてしまうような人なら、仕方ないって思わなきゃ。だって――過去も含めて私なんだから)
次ルーカス様に会ったら、私は過去を話そう。




