第11話 借用書②―偽りのハンコ―
いつものように工房にて作業をしていたところ、騒がしく扉が開いた。
「ミラさん! 大変なことになってしまったの!」
「ベアトリス夫人。落ち着いてください。どうしたのですか?」
「どうしたもこうもないのよ。あーどうしたらいいの!?」
私はベアトリス夫人にお茶を出して、椅子に座ってもらった。
ベアトリス夫人は、お茶を淑女らしからぬ勢いで、グキグキと飲み干した。
「はぁはぁ……あのね! 突然、借金取りがきたのよ!」
「なるほど」
「なるほどじゃないわ! 落ち着いている場合じゃないのよ!」
ベアトリス夫人は、そう叫ぶと、オロオロしている。
「夫人。まず、借金取りが来たとのことですが、借用書ありますか?」
「えぇ。これよ! この借用書にあなたのサインとハンコがあるだろうって」
そう言うと、彼女はバッグから借用書を取り出して机に広げた。
私は借用書を手に取り、内容を確認した。
(やっぱり、これは違う)
「……夫人。安心してください。これは夫人が書いたものではありません」
「え? どうして分かるの? そうなのよ、私書いてないのよ!」
「この借金取りは、いまどちらにいるか分かりますか?」
「ここから近くの宿屋にいるわ。返済の用意が出来たら、いつでも来てくれって言っていたわ。ただ3日待っても来なかったら、夫が勤める財務局に行くって! どうしたらいいの?!」
「分かりました。今日の午後、宿屋に行きましょう。私は少し準備することがあるので、宿屋の前で待ち合わせしましょう」
「大丈夫なの? ねぇ、本当に大丈夫なの?」
「大丈夫です。安心してください」
◇
「失礼します」
私は宿屋の指定されていた部屋の扉をノックした。
「はーい。ん? 誰だい、お嬢ちゃん」
「ベアトリス夫人があなたから借りたというお金のことで、一緒にきました」
「侍女か? ふーん……で、後ろにいるのは?」
「ベアトリス夫人の執事です」
ルーカス様がそうウソぶく。
午前中、私は、詐欺師が宿屋にいることを警備局に伝えに行った。
そして、宿屋で詐欺師が逃げられない証拠を突きつけるので、突入できるように現場に待機してほしいとお願いをしにいっていた。
なのに、いつのまにかルーカス様の耳にも情報が入ったようで、同行するということになったのだ。
(一緒にいるのは確かに心強いけど、お仕事はどうなっているのかしら)
「お金は用意できたんだな。早くて助かるよ。じゃあ確認するから、そのテーブルに置いてくれるか」
「その前に、借用書を確認したいのですが」
「お嬢ちゃん、ベアトリス夫人のメイドかなにか知らないけど、いまさら何なの?」
私はベアトリス夫人が持っていた借用書を机の上に出した。
「借用書を書いたのは、この日付で、間違いないですか?」
「当たり前でしょ。その場で日付を書いたんだから」
「サインをして、ハンコを押して、そしてその場で日付を書いた、と」
「ちっ。なんだよ、そうだって言ってるだろ」
男が苛立ったように答える。
「あり得ないのですよ」
「は?」
「この日付のとき、このハンコは夫人の手元にはもうなかったので」
「……お前、何言ってるんだ?」
私は、記録局にて書いてもらった報告書を取り出した。
「これは記録局で保管している書類の写しです。この借用書の日付より1週間も前に、ベアトリス夫人はハンコを紛失しているのです」
「はぁ? 記録局?」
「えぇ。ベアトリス夫人は、ハンコをなくしたので、いつ、どのようなハンコをなくしたのか、記録官の前で記録化してもらっていたのです」
「マジか? ハンコごときにそこまでやるのかよ……」
男は目を見開いたまま、明らかに引いた表情になった。
「えぇ。手間暇や費用はかかりますが、今回のような悪用を防ぐために、です」
「……」
「ですので、この借用書を書いた日、ここに押されているハンコは、ベアトリス夫人の手元にはなかったのです」
「……そ、そういや、思い出した! ハンコ見つかったって言って、押してたなぁ!」
男が動揺を隠すかのように、大きな声を出す。
「フッ」
私は小さく笑った。
「なんだよ! なくしたハンコが見つかったんだよ! ベアトリス夫人はそう言ってた! そうそう思い出したわ」
「記録の続きに『仮に紛失したハンコが発見されても、そのハンコは私の意思を示すものではないことを宣言します』とあるんですよ」
「は?」
「だから、紛失したハンコが見つかったとしても、それを契約などの類いに使うことはない、ということです」
男は無言で睨み付けてくる。
そして、突然テーブルを私たちの方にひっくり返すと、扉から外に飛び出そうとした。
ルーカス様がすかさず、男の足に、自分の足をひっかける。
「いてっ!!」
男が勢い余って転がった。
「衛兵だ! 逃げるな!」
そこに、衛兵たちが部屋の中に流れ込み、男を取り囲んだ。
「なんなんだよ!」
男は最後の悪あがきをしているが、衛兵達に両脇を捕まれて連れて行かれた。
「ミラさん。今回は特別に許可しましたが、すでに証拠があるなら、本当はミラさんではなく、私たちが、彼に証拠を突きつけるのが筋ですからね」
衛兵長のガレス様が小さく息を吐き、こめかみを軽く押さえる。
「わがまま聞いていただき、ありがとうございました」
「今回だけですからね。たまたまケガをしなかったから良かったものの、どんな危険な目にあうか分からないんですからね……まぁ、一応ルーカスがいたから大丈夫だとは思ったけど」
「その『一応』って余計じゃないですか?」
ルーカス様が不満げな顔をしている。
「えぇ。ガレス様のおっしゃるとおりですね。今度は気をつけます。ただ、あらかじめ、相手の反論は潰しておきたかったのです。わがまま言ってすみません」
普通は、警備局に詐欺師がいることを伝えさえすれば、あとはすべて衛兵らに任せるだろう。
ただ、私は、詐欺師の男の顔をどうしても見たかった。
もしかしたら、両親を騙した男かもしれない。8年前のあの男。窓の外からしか顔を見ていないが、もう一度見れば分かるはず。だから、衛兵に逮捕される前に、一度会って、顔や動き、すべてを確認しておきたかったのだ。
(……ただ、あの男ではない)
「ミラさん! 本当にありがとう! すっかり記録局で記録してもらったことを忘れていたわ」
ベアトリス夫人が喜んでいる。
「だと思いました。でも、突然借用書といわれればパニックになるのも理解できます」
「ほんと、あのとき、ミラさんのアドバイスに従って記録局に行ってなかったらと考えると、恐ろしいわ。本当にありがとう」
ベアトリス夫人の感謝の言葉が止まらない。
「詐欺師は許せませんから」
私は、一言強く言い切る。
「ミラ。今回もお手柄だったね! さすがだよ」
「ルーカス様。同行していただきありがとうございます」
「僕の長い足が役に立ったみたいだね」
「……ホントデスネ」
「ミラ。あきれた顔しないでよ」




