船の上にて
開いたままになっていたドアから中を覗く。
三番目に確認しただけあって、他の数多の部屋よりは印象に残っている。
箱と埃で満たされた薄暗い空間。
そこにはやっぱり誰もいなかった。
最後の方に見飛ばした部屋達とは違って、希望を持って覗き込んだ幾つかの一つ。
見落としがあるとも思えない。
よく考えると、この船は傾いている最中なのだ。
積まれた箱の一つや二つ、崩れ落ちたっておかしくない。
あまりに人気がないものだから、小さな音に過敏になってしまったのか。
こんな時にまで判断を間違える自分がなんとも情けなくなった。
ロスタイムを取り戻すためにも、階上に急がなくてはならない。
けれども、梯子に踵を返そうとする自分を本能が引き留める。じっと暗がりに目を凝らす。
待て、違う。何もいないわけじゃない。
いや、いないといえば居ないのだが、それでも確かに何かがそこにある。
気配を物理的に遮られている。そんな感触だった。気のせいじゃない。何か、いる。
速まる鼓動を押さえつけ一歩、足を出す。
胸の内を覆う焦燥感を振り払い、まるで引き込まれるかのように室内に入った。
全面にうっすら埃の積もる床の上に両足をのせる。
それと同時に船が再び大きく震えるのを感じ、一瞬体が踏み出す地面を失ったような浮遊感を浴びた。
背後で勢いづいた扉がバタンと閉まる。
始めはビー玉を置くと転がりそうな程度だった傾きは、時間を経たことで、軽く足を踏ん張っていないとまともに立つことも難しいまでになっていた。
壁に掛かる一つのランプを除き、およそ光源のない物置は目が慣れても薄暗い。
この不安定な足場と軋む音さえ無視すれば、今まさに沈みそうな船内ということが信じられないほどに静かな空間。
一歩ずつ足を進め、棚の後ろを覗き込む。見えない。けれど、
そこに、何か、いる。
後退る。それが悪かった。
ただでさえ散らかっている足元で、背後の箱に突っかかりバランスを崩した。転ける!
思わずぎゅっと目をつぶった矢先何かに肩を押され、背中から勢いよく倒れ込む。
「ぐあっ………………つぅ…………」
全身を襲う衝撃に息を詰める。
痩せ衰えた体にはあんまりなその仕打ちにしばらく悶え、その間に何かがこちらを押さえ込んできていることにも気付く。
徐々に痛みが収まってきたところで起き上がれない、そもそも動けない。自分の上に何がいる?
恐る恐る目を開く。
積もっていた埃が辺りに舞い上がり、室内に存在する僅かな光を反射していた。
きらきら降り注ぐ塵の中で、こちらを覗き込む一対の眼差し。
海のような瞳だった。
いつも小窓から眺めていた、風に煽られうねりを帯びる、あの黒々しい大海の色が二つ、呆気にとられた自分の顔を見つめている。
ふわりと、その双眸と同じ色彩の髪が自分の顔を包み込む。
ハウスダストの煌めきはもう見えない。
なんだか海に閉じ込められたみたいで、呼吸さえ上手く繋がらない。
誰もいなかった筈の部屋、沈みゆく船の上にて、一人の女性が自分を押し倒していた。




