表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
拝啓、都市の中から  作者: 畑野けう


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

10/15

不審者とのお話


「……あの」

「動くな」


 首に当たる冷たい感触。金属特有の鼻につく臭い。

頸動脈に向けて直角にナイフの刃が添えられている。

不思議とそれ事態は怖くなかった。

ただ、睨み付けてくる彼女の目があまりに真剣だったから、言葉の通りに口を閉じた。

指示に従ったことを確認した上で、こちらを見据える彼女が言葉を紡ぐ。


「無駄口を叩くな。こちらの質問に端的に答えろ。貴様はここで何をしていた?」

「アルバイトです、荷運びの」

「ん?バイトか。何故ここで働いている?」 

「えっと……お金が無くって、広告があったので」

「それだけか?本当に?」

「はい、ほんとにそれだけです。地方から出てきたばっかりで、だから、」

「無駄口を叩くなと言った」

冷たい。主に喉の辺りが。

言い訳をしようとした声を大人しく収める。

彼女は何か考え込んでいるようだった。

しばらくの沈黙を経て、再度詰問を続ける。


「何処で暮らしている?」

「え?……社員寮的なとこがあって、そこで寝泊まりしてます。社員じゃないけど」

「食事は?」

「配給あるんで、それで……」

「給料は?いくら稼いでるんだ?」

「それは結構貰えるみたいです。ちょっとまだ受け取れてないんで、具体的な額は分からないんですが」

「は?………………今何日目だ?」

「働き始めて何日かって話なら、だいたい半年くらいかと」

「…………………………」

なんだか物凄く呆れられている気がする。

まあ、分からなくはない。

自分でも話しててこれはちょっとどうかと思った。

主観的に鑑みてもそうならば、端から聞く分には随分と。



「……あのさ。騙されてるよ、あんた」

「ですよね」



 すっかり警戒を解いたらしい彼女は前のめりになっていた体を起こす。大きくため息までつかれた。

敵対するのをやめてくれるのは嬉しいが、どうか彼女には気を抜きすぎないでいてほしい。

今にも手からずり落ちたナイフがこの柔肌に突き刺さりそうなのである。

どうせ死ぬのならもっとやる気のある不審者の手で殺されたい。うっかりミスで御臨終などさすがに笑えない。


「あの~……もういいですか?ソレ、刺さりそうなんですけど…………」

「あぁそうか。忘れてた」

忘れないでほしい。人にナイフを突きつけているんだ。

そちらの機嫌次第でこっちはサックリ死ぬんだぞ?


「じゃ、ソユコトで」

そう言って、彼女は抜け落ちそうだったナイフをしっかりと構えなおした。

え、今完全に和解の流れじゃなかったか?もしかしてこれ死んだ?ウソだろまだちょっと心の準備が…!


 安堵から一転、真っ逆さまに谷底に叩き落とされた心地の自分が目を白黒させているのを一通り眺めた彼女は、ニコリと笑ってそのまま喉笛を一息に……なんてことはなく。

ひょいと立ち上がり胸の上から退いた。あれ?


「冗談だよ、必要ないのにわざわざ殺したりしない」

「あ……ありがとうございます?」

必要あるなら殺すんだ。ちょっと勘違いしかけたけど、やっぱりこの人怖い人だ。

 

 それでも一応お礼を言った自分に対し、彼女は可笑しそうに笑いを堪えている。


「殺そうとしてきた奴がそれをやめると感謝するとは、とんだマッチポンプになってしまったな?」

「お礼はちゃんと言えって躾けられてきたんで」

「良い保護者を持ったことだ。バイト先に忍び込む不審人物にもか」

「お金くれないバ先なんて潰れちゃえばいいんですよ」

「……そりゃそうだ。愚問だったな」


 ああそうだ。

バイトを始めて一週間、それくらいでうっすら分かってはいたんだ。

出られない寮、用意される粗末な食事、露骨に話題に上がらない給料の明細。

 

 加えて、不自然に消える同業者。

バイトリーダーにそれとなく聞いても、彼は目を伏せて「辞めた」の一点張り。極めつけは二日目に世話をした新人。


 思い返すと珍しい年下の少年で、彼の汚物処理の手伝いきっかけで自分に懐くようになった。

寮に戻ると話せないため仕事の合間しか交流はなかったが、病気の姉の薬代を稼ぐんだと張り切る姿を見せてくれた。その元気が保たれたのは最初の一週間だけ。


 成長半ばの未だ幼い子どもに、日の光さえまともに浴びられない体力仕事は荷が重い。

シャンと伸びていた背筋がだんだんと俯きがちになり、頬が痩けていくのを見るのは辛かった。

最後に聞いた言葉は「逃げたい」の一言だけ。

その日の夜、寮内の警備員がやけに騒がしかったのを覚えている。

屈強な体の彼らが守っていたのは寮内の社員なのか、はたまた寮の出口なのか。

翌日から少年は居なかった。バイトリーダー曰く「辞めた」らしい。

それからは同僚と深く関わることを止めた。

………そう、アイツ以外は。


 そうだ。アイツはまだ下にいる。他の皆も。

自分は人手を探していたんだ。

目の前の彼女なら、助けてくれたりしないだろうか? 


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ