ホルム
「あの」
ドガンと大きく揺れる。デジャヴを感じる。
今日は話を遮られる運命にあるのか?
床に横たわっていた体は船の振動をもろに喰らった。
成す術もなく転がって壁にぶつかる。
薄ら開けた目には入り口のノブが見えた。
見知らぬ奴らを助けるために彼女が手を貸してくれるかは分からない。
だが一先ず優先されるべきはこの部屋から出ることだ。
ここはどうやら階下にいた時よりも震源が近い場所らしい。
窓もなくドアも閉まっている状況下で、長居だなんてした暁には…………。
嫌な予感がした。たださっきのデジャヴの続きだと思いたかった。
じわりと不調を訴える三半規管に鞭を打って立ち上がる。
今しがた披露したばかりの全身モップ運動は体に大量のふわふわ雑菌の住みかを提供してくれたが、それに構う暇はない。降り払うこともせず、ドアに寄り掛かる。
開かない。
しっかりと体重を掛けてもう一度。開かない。
一歩引いて全体を眺めてみる。
悲しきかな、あんなに普遍的などこにでもあるドアだったのに、フレームがぐにゃりと歪んでしまっていた。
思い出されるはあのコンテナの扉。
この時をもって自分達は密室に閉じ込められたことが確定してしまった。
殺人鬼は居なくとも溺れてしまえば人は死ぬ。
一体犯人は誰なんだ。推定泳げない自分が悪いとでも言うのか?
「あぁ…………終わりだ……」
「やはりもう開かないか」
「……冷静ですね、溺死するかもしれないのに」
「かも、というより確実に溺死するだろうな」
「人がせっかく現実逃避してたのに言わないでくださいよ!なんでこんなことになったんだよぉ……!」
本当にどうしてこんなことに。
いや本当に分からない。
座礁したんだとしてもこれほど継続的に揺れが続くものなのか?雇われバイトは航海に関しては門外漢だ。
海の実態さえ知らなかった自分には、何が起きたら船が沈むのかなんてとんと検討もつかない。
「ホルムを怒らせたんだ」
「へ?」
ほるむ。
なんだそのどことなく間抜けな感じのする言葉は。
知らない単語を突きつけてきた彼女はこちらに歩み寄ってくる。その左手に、謎の発光物体を載せて。
「何ですかそのほるむってやつは」
「今に分かる」
「……じゃあその光輝く小さいのは何ですか」
「それは後で分かる」
「後でって、何言って……もう後なんて無いですよ!?こっから出る方法あるんですか!?」
「別に私がなんとかできるわけじゃないが……」
自分の一歩手前で立ち止まった彼女は、くるりと物置の奥に振り返る。
右手にナイフを構え、先の発光物を掴む左手を前にかざした。さっきよりも漏れ出る光が強く見える。
もしかして今、自分は彼女に庇われている?
「……内側から開けられないというなら」
目線が勝手に彼女の先、物置部屋の奥へと向かう。
意識はさらにその先、壁の外へと。
ナニカがこちらへ来ている。
明確に、何かを求めて彷徨っている。
来る。
「外から開けてもらえばいい」
壁や床を通し感じていた振動が間近に直撃するのを感じる。鼓膜をつんざく轟音。
今度は目を閉じたりしなかった。
閉じることなどできなかった。
この小さな物置の壁を突き破って現れたのは、巨大な白い生物。
夜の暗闇の中で煌々と光り、身をよじらせてこちらに迫り来る。
「あれが、ホルムだ」




