世話係
「いってらァ~世話係ィ」
「ちょっとは手伝ってくれたらいいのにさ」
世話係。
別にそういう役職名があるわけでも、給料の出る歴とした仕事を任されたということでもない。
通算経験二回目の渡航時に吐いてしまった新人の後片付けを手伝ってやり、それから何度か同じことを繰り返すうちについた自分のあだ名のようなものである。
金が出るでもないのに動くのは善人ぶっているわけではない。
単に自分が吐いてしまうのを防ぐため、というのが理由の一つである。
隣のアイツは余程図太いのか数回でえずく素振りすら見せなくなったが、こちとらひ弱な田舎っ子なのだ。
空気の滞ったコンテナ内では臭いが籠る。
できうる限り早く片付けないことには今度はこちらの胃が持たなくなる。一回目の再演は避けたい。
コンテナの隅にひっそりと置かれていた雑巾とモップを手に取り、現在周囲の全員に拒絶されている可哀想な男に近寄る。
目の下に大きく隈を作った男は未だ喉をグッと詰めそうになっているが、特に構ってやる義理はない。
モップを近くの床に置き、雑巾を投げ渡して服についた分を拭っておくように言い渡してから早急に踵を返す。
衛生的には良くない対処の仕方なのかもしれないが、だとすればこの薄暗いコンテナに人間が何十人も詰まっている方が問題だと思う。
積荷が汚れるという話なら、例え底辺の薄給バイト相手にでもそれなりの環境を用意してからして欲しい。
つまり今更である。
とりあえず臭いと物体さえどうにかできればそれでいい。
返す足でコンテナの隅に戻り、ポツンと放り出されていたバケツを拾い上げる。
所々が凹んでいるその持ち手を掴み、そのままコンテナ奥へと向かった。
既に興味を無くしたのだろう元通りの談笑を続ける先輩達の間をすり抜けていく。
入り口から反対側の壁、取り付けられたコンテナ裏口に背中を預ける中肉中背の若い男が顔を上げた。
「すみません、新人が吐いちゃって。いいですか?」
一声かけると、微かに頷き裏口前から避けてくれる。
反社感溢れる職場と言っても、そっくり全員が怖くて恐ろしいヤカラに見えるというわけではない。
生気を無くして幽鬼と化している労働者はそれはそれで近寄りがたいが、中には穏やかで比較的一般人に見える者もいるのだ。彼はその一人である。
周りから若干距離をとられているのはどうやら一目置かれているという意味らしく、裏口の番をしていることからも、彼が自分のようなアルバイトとも、新入りの船酔いで賭け事をするような先輩達とも違う存在であることが分かる。
名前が分からないため彼のことは密かにバイトリーダーと呼んでいるが、強ち間違ってはいないだろう。
この会社に出世制度が存在するのかは分からないけれども、推定偉い存在には頭を下げておいて損はない。
扉横でこちらの動きを待っている彼に軽い会釈をして、いつも通りにドアノブを捻った。




