隣のアイツ
手前よりは奥寄り、そんな具合のコンテナ中央付近まで移動して足を止める。
そのまま空いている壁を背に二人して腰を下ろした。
会話はない。
気が合うから、とか趣味が同じで、みたいなノリでつるんでいるわけではないのだ。
これは一つの生存戦略。
なんとも違法な雰囲気漂うこの船内において、これ以上の厄介事に巻き込まれないための暗黙の同盟である。
……格好を付けてはみるものの、要は少しでも群れておいて不安感を紛らわせたいという話だった。
実際この戦略は的外れではないのだろう。
この広いとも狭いとも言い難いコンテナの中で、二人は少しばかり浮いていた。
単純なことで、年齢層が明らかに違うのである。
奥に陣取るベテランも手前に居座る初心者も、そのどちらもが正しく中年、どれほど若く見積もっても三十は越しているといったところだった。
皆がみな借金と負債、もしかすると犯罪なんて背負っているのだろう顔付きで、言うに言われぬ事情を抱えてこの場に流れ着いたことは明白である。
中には自らこの道を選んでいそうな顔触れもいるが、どちらにせよ若造二匹が紛れ込むには少し場違いな空間であることに違いはない。
果たしてコイツは何をやらかしてこんな暗い世界に飛び込んで来たのだろうか。
隣で同じようにしゃがみこむ男をちらと見やる。
呑気な大欠伸をして今にも寝そうになっているこの男にも、きっと何かやむにやまれぬ事情があるのだ。
何か……………あるか?本当に?
何をどうすればこんな悪環境で睡眠欲が刺激されることになるのか。
半年で僅かばかり慣れたというだけで、こちらは今でも大きな揺れが来る度に胃が疼くのというのに。
その持ち前の能天気さで、のこのこと迷い込んでしまっただけではないだろうか。
きっとそうに違いない。
自身も大学に落ちた結果血迷ってここにいることは棚に上げておこう。
まさか半年も持つとは自分でも思わなかったが、結局ここを出ても行く宛はないのだから選択肢は無いも同然であった。
半年――そう、半年だ。
六ヶ月間も一応同僚として働いてきて、自分はコイツのことを何も知らない。
ここに来た経緯も、名前すらも。
どんな奴だか分からないという警戒心から誰が相手でも個人の情報は一切交わしていなかったが、他の奴らはともかくコイツにならいいんじゃないだろうか。
いい加減"コイツ"呼ばわりも飽きてきたし。
自分だって、おいとかお前とかそこの奴とか、そんな風にばかり言われ続けると本当の名前を忘れてしまいそうだった。それは少し、苦しい。
振り返る。
未だ眠そうな目をしている隣の男は、今にもうつらうつらと船を漕ぎ眠りに落ちそうになっていた。
船の上で船を漕ぐとは器用なことだと思ったが、寝てしまわれてはチャンスを逃す。
寝付きのいいこの男は、1度目を閉じるとそのまま港まで起きないことがざらにあった。
そうなるともう仕事に揉まれて話す機会など無いに等しい。
帰りはコンテナ内に積まれた荷物の隙間にぎゅう詰めになって戻るので、隣に誰が居るかなど到底分からなかった。つまり、聞けるのは今だけ。
あのさ、と切りだそうとした瞬間と、ガゴン、と一際大きく船が揺れるのと、ゴゲェッ、という聞き馴染みのある嗚咽が響いたのは同時だった。
「あ」「またか」「新人君さあ……」「いつもの」
「チッ、今回はいけると思ったのによぉ!」「俺の勝ちだな、後で奢れよ」「誰も助けてやらねぇのかよ」「お前がな」
辺りにツンとした独特の刺激臭が漂い始める。
この酸味のある臭いも随分と嗅ぎ慣れてしまった。
もう暫くで着港というところで、新入りの1人がどうやら耐えきれなかったらしい。
波に合わせて上がって落ちるその一瞬の浮遊感に付随して胃の中をひっくり返してしまった。
貧乏なのか吐瀉物に食物の姿は見えないが、何かを食べていようがいまいが嫌悪感を煽る異臭であることは変わらない。
「お、やっぱり誰か吐いてんじゃん。なっつかしいなァ~。オレらも昔あァだったよなァ」
隣から声がする。流石のコイツも目が覚めたらしい。
おかげでこちらはタイミングを見失ったが。
「昔って、まだ半年前だぞ。なんなら僕は今でも吐きそう」
「ひ弱だなァお前」
「オマエは強そうで羨ましいよっと」
ぼやきながらも気を入れ立ち上がる。
先刻の揺れでまたもやずれた眼鏡をもう一度、しっかりとかけ直す。
どうやら名前を聞くのはまた今度になりそうだった。




