拝啓、箱の中から
拝啓、母さん。お元気ですか?
あれからおよそ半年くらい、僕は今船の上にいます。
正しくはそのコンテナの中に。
よく考えれば分かることだった。
生まれてこの方就労経験のないこの身でも、あの広告に記された給料が妙に高いのは気づけた筈なのだ。
タイミングが悪かった。
気が動転していて、それでも今夜の宿代をなんとか得るために日銭を稼ごうとしただけなんだ。
その結果がこれなら、まだ体でも売った方がマシだったのかもしれないが。
人が乗ることを想定していないコンテナの乗り心地は最悪だ。
港を離れて縦横斜めに揺られること僅か数時間、早くも新顔の数人が青ざめているのが見える。
頼むからこちらに口を向けないで欲しい。
支給された服は1着きり、取り替えるのにも金を取られるのでなるだけ長持ちさせたかった。
初めて船に乗った時、必死に我慢していたのにも関わらず隣の奴のをもろに喰らい、お返しとばかりにもらいゲロを相手の腹にぶちかましたのが懐かしく思い起こされる。思い起こすな。
決してこんなものを思い出にはしたくない。
「…………なあって!おい聞いてんのかァ?」
「あごめん、全然聞いてなかった。何?」
「だァから、もうちょい新人共から離れとこうぜって。ァん時の二の舞になりたかねェじゃん」
「オマエが言うのそれ」
「お互い様だからなァ?オレはちょっとズボンに当たった位だったけど、そっちは腹に全開だぞ?」
「ホントにあれをちょっとだと思ってるならオマエの脳が心配だよ僕は」
噂をすればなんとやら。
自身の惨めな境遇に想いを馳せる間に"隣の奴"が話しかけてきていたらしい。
軽く小突かれたことで僅かにずれ落ちた眼鏡をしっかとかけ直した。
そのままぼそぼそ小競り合いを続けつつ、さりげなく船酔い共から距離をとる。
吐瀉物で繋がる縁などろくでもないが、メンバーが次々入れ替わるこの職場でなんだかんだ半年持っている同期はコイツくらいのものだった。
これが嘔友というやつか。本当にろくでもない。
渡航が始まってからというもの入り口付近に固まったまま口を押さえている新入り達に対して、コンテナ奥で和やかに、とっても和やかな会話を繰り広げている方々は所謂先輩だ。
一ヶ月と持たず辞めていく者が大半のこの職場で長年生き残ってきたであろうその立ち姿、悪路をものともしないその佇まいは玄人のソレである。
全くもって一般運搬会社の下働きには見えない。
まるで法の一つや二つ、ヒョイと潜り抜けてここまで来ましたとでもいうような――なんとも様になっている。
できればお近づきになりたくはない。
けれども新入り達とは物理的にお近づきになりたくない。心の距離と体の距離。
犠牲に選ばれたのは精神の方であった。
あんな体験は一度きりで十分、自分にはこれ以上この職場で"友"を増やす気はなかった。




