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第35話 スケルトン



 荒野は、風が強かった。


 乾いた砂が舞い、視界の向こうに崩れた石柱群が見える。

 遺跡へ続く一本道――その途中で、サリアが足を止めた。


「……あれって」


 指さす先。


 巨体の影が、いくつも蠢いている。


「オーガ……ですよね?」


 鈍く光る棍棒。

 分厚い皮膚。

 少なくとも十体以上。


 討伐対象としては、十分すぎる脅威だった。


「うわぁ」


 シーエンが、わざとらしく肩をすくめる。


「怖いわね〜」


 その言葉と、同時だった。


 ――空間が、折れた。


 シーエンの姿が、消える。


「えっ!?」


 サリアが目を見開いた、その次の瞬間。


 彼女は――

 オーガの群れの中心に立っていた。


「ちょっ、シーエンさん!?」


 思わず声を張り上げる。


「危ないっ!!」


 オーガたちが、異変に気づく。


 唸り声。

 怒号。

 一斉に振り上げられる棍棒。


 だが。


 シーエンは、ため息混じりに言った。


「もう少し静かにしてくれない?」


 指先が、軽く鳴る。


 次の瞬間。


 オーガの一体が、消失した。


 血も、音もない。


 そこにあったはずの“空間”ごと、抜き取られたように。


 遅れて、別のオーガが吹き飛ぶ。

 正確には――叩き飛ばされた先が、別の場所だった。


 十数メートル離れた岩壁に、突然“出現”する巨体。


 激突。


 轟音。


 サリアは、言葉を失った。


(……何が、起きてるの?)


 ラルヴィクは、淡々と分析する。


「位置交換。空間転移。

 攻撃ではなく、配置を壊しているな」


 オーガたちは混乱し、互いにぶつかり、足並みを崩す。


 その中心で、シーエンは髪を揺らしながら歩いていた。


「ラルヴィクさん」


 振り返らずに言う。


「こういうの、

 “数が多いだけ”って言うのよね」


 最後の一体が、

 自分がどこに立っているのか分からないまま消えた。


 荒野に残ったのは、静寂。


 砂煙が晴れる。


 シーエンが、何事もなかったように戻ってくる。


「はい、おしまい」


 サリアは、しばらく声が出なかった。


「……あの」


「なに?」


「怖いって……」


「冗談よ」


 にっこり笑う。


「でもね」


 一歩、サリアに近づく。


「次はちゃんと守るわ。

 置いていくのは趣味じゃないから」


 ラルヴィクは、ひとこと。


「相変わらずだな」


 サリアは、拳を握りしめた。


(……私も)


 この人たちの隣に立てるようになりたい。



遺跡の内部


 遺跡の内部は、外とは別世界だった。


 天井は低く、壁は黒ずみ、湿った空気が肌にまとわりつく。

 足元の石床は苔むし、わずかに水音が反響していた。


「……空気、悪いですね」


 サリアが周囲を見回しながら言う。


「構造から見て、

 少なくとも千年以上前の遺跡だと思います」


「だろうな」


 ラルヴィクが低く応じる。


「瘴気が溜まっている。

 人の出入りが長く途絶えた場所だ」


 一歩、踏み出す。


「確実に、魔物が住み着いている」


 その言葉の直後だった。


 シーエンが、急に口数を失った。


 いつもの軽口も、冗談もない。

 視線を落とし、足取りがわずかに慎重になる。


「……?」


 サリアが気づき、振り返る。


「シーエンさん?」


 少し心配そうな声。


「体調、悪いんですか?」


 返事は――なかった。


 その瞬間。


 ――カタ、カタ、カタ。


 骨が擦れる音が、闇の奥から響く。


 サリアが息を呑む。


「……来ます!」


 暗闇の中から、白い影が現れた。


 錆びた剣を持つ、骸骨の兵士。

 空洞の眼窩が、こちらを向く。


 スケルトン。


 音を立てて、一体、また一体と姿を現す。


「……っ」


 サリアが構える。


 その横で。


「きゃあああ!!」


 遺跡に似つかわしくない、甲高い悲鳴。


 シーエンだった。


 両手を胸元に寄せ、完全に怯えている。


「ちょ、ちょっと待って!

 聞いてないんだけど!?」


 ラルヴィクが、ちらりと見る。


「……苦手か」


「当たり前でしょ!!

 骨が動くとか、無理!!」


 スケルトンが、剣を構えて踏み出す。


 空気が、張り詰めた。


 サリアは一瞬、シーエンを見る。


(……さっきまで、あんなに強かったのに)


 次元の魔道士が、

 唯一、素直に怖がるもの。


 それが――アンデット。


 ――ヒュン。


 青白い光が、暗闇を切り裂いた。


 サリアの手に握られた魔法剣が、迷いなく振り抜かれる。


 一撃。


 スケルトンの胴体は、抵抗らしい抵抗もなく断たれ、

 骨が床に崩れ落ちた。


 カラカラ、と虚しい音だけが残る。


「……倒しました」


 サリアが静かに言う。


 その直後だった。


 ラルヴィクが小さく唸る。

「――っ!!」


 背後から、強い衝撃。


 ぎゅっと、腰に腕が回される。


「……?」


 ラルヴィクが視線を落とすと、

 そこには――シーエンがいた。


 ぴったりと抱きつき、背中に顔を埋めている。


「ちょっと待って」


「聞いてないわ。こんなの」


 声が、明らかに震えている。


「アンデット系が出るなんて……!」


 ラルヴィクは一瞬だけ驚いたが、すぐに落ち着いた声で言った。


「……随分と、しおらしくなるんだな」


「うるさい」


 即答。


「強いとか弱いとかの問題じゃないの!」


 顔を上げ、真剣な表情で言い切る。


「アンデット系は――無理!」


 サリアは、その様子を見て、思わず瞬きをした。


(……抱きついてる)


 その時。


 ――カタ、カタ、カタ。


 さっきと同じ音が、さらに奥から響く。


 シーエンの身体が、びくっと跳ねた。


「……来た」


「きゃあああ!!」


 今度は悲鳴と同時に、

 さらに力強くラルヴィクにしがみつく。


「無理無理無理!!

 これ絶対、複数よ!!」


 ラルヴィクはため息をついた。


「……離れろ。動けん」


「無理!」


 サリアは魔法剣を構え直し、前に出る。


(……シーエンさん)


 遺跡の闇の中、

 最強クラスの魔道士が震え、

 元奴隷の少女が前に立つ。


 繰り返される恐怖。


 遺跡の奥へ、奥へ。


 進むたびに――


 ――カタ、カタ、カタ。


 音。


「……また来た」


 骨の擦れる音とともに、スケルトンが姿を現す。


「きゃあああ!!」


 悲鳴。


 この流れは、もう何度目か分からない。


 サリアが魔法剣を振るい、一撃で粉砕。

 骨が崩れ落ち、沈黙が戻る。


 そして。


「……ねえ」


 サリアが、少し困ったように言う。


「シーエンさん。

 そんなに怖いなら、私に捕まってください」


「……」


 シーエンは一瞬だけサリアを見る。


 真剣な顔で、即答した。


「サリアちゃんじゃ駄目よ」


「えっ」


「ラルヴィクさんがいいの!」


 ぎゅっと、さらに距離を詰める。


「だって怖すぎるのよ!!

 あれ!!」


 指さす先には、もう砕け散った骨。


 理不尽だ。


 ラルヴィクは一瞬戸惑い――


 次の瞬間。


 震えているシーエンの肩に、自然と手を置いていた。


「……落ち着け」


 低く、静かな声。


 その手の温度に、シーエンの震えがわずかに収まる。


「……」


 シーエンは、顔を上げずに呟く。


「……こういう時だけ、

 やけに優しいのよね……」


 サリアは、思わず頬を膨らませた。


「もうっ!」


 不満を隠さない声。


 だが、次の瞬間には魔法剣を構え直す。


「次が来たら、すぐ倒しますから!」


 遺跡は少しずつ奥へ。


 ――カタ、カタ。


 また、音がした。


「……」


「きゃあああ!!」


 ラルヴィクは、もうため息も出なかった。


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