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第22話 ダンジョンコア処理


――静寂の真骨頂


 円形の空間の中央で、

 ダンジョンコアは鼓動していた。


 淡く、

 しかし確実に――

 生きている。


「……これが、

 コア……」


 サリアの声は、

 自然と小さくなる。


 近づくだけで、

 魔力が皮膚にまとわりつく。


 ライリーは、

 雷剣を肩に担ぎながら言った。


「壊します?」


「派手にいけば、

 一瞬で――」


「待て」


 ラルヴィクの声が、

 それを制した。


「……壊すな」


 二人が、

 同時に彼を見る。


「処理する」


 その一言に、

 意味が詰まっていた。


 ラルヴィクは、

 コアの前に立つ。


 距離は、

 腕一本分。


 攻撃姿勢は取らない。


 詠唱も、

 構えも、

 ない。


「……?」


 ライリーが、

 首を傾げる。


「師匠、

 何もしないんですか?」


「している」


 短く答える。


 その瞬間――

 何も起きない。


 光も、

 音も、

 衝撃も。


 だが。


 サリアは、

 最初に気づいた。


「……あれ?」


 コアの鼓動が、

 遅くなっている。


 ラルヴィクの足元から、

 細い、

 細い魔力が広がっていた。


 糸よりも細い。

 視認できるかどうか、

 その境界。


 それが――

 無数に。


 コアを、

 包み込む。


 締め付けない。

 削らない。


 ただ――

 流れを変える。


「……すごい」


 ライリーが、

 思わず呟く。


「壊してない……」


「奪ってもいない……」


 ラルヴィクは、

 淡々と続ける。


「ダンジョンは、

 魔力の溜まり場だ」


「核を壊せば、

 反動が出る」


「未完成なら、

 なおさらな」


 指先が、

 わずかに動く。


 魔力の糸が、

 一斉に方向を変えた。


 コアの光が、

 薄くなる。


 脈動が、

 乱れ――

 そして、

 静まっていく。


 サリアは、

 息を呑んだ。


 これは破壊ではない。

 解体だ。


 ダンジョンそのものが、

 「成立しない形」に

 書き換えられている。


「……音が、

 しない」


 ライリーが、

 ぽつりと呟く。


「雷なら、

 必ず轟くのに」


 ラルヴィクは、

 視線をコアから離さない。


「気づかれず、

 壊さず、

 終わらせる」


 次の瞬間。


 コアは――

 崩れなかった。


 消えた。


 光が、

 すっと引くように。


 何も、

 残らない。


 風も、

 揺れも、

 音も。


 ただ、

 そこにあった“異常”だけが

 無くなっていた。


「……終わりだ」


 ラルヴィクは、

 一歩下がる。


 その瞬間。


 ダンジョン全体の魔力が、

 一気に――

 抜けた。


 壁の苔が、

 色を失い、

 ただの岩に戻る。


 圧迫感が、

 消える。


 サリアは、

 大きく息を吸った。


「……すごい」


 素直な言葉。


「壊してないのに……

 完全に……」


「だから、

 誰も気づかない」


 ラルヴィクは、

 淡々と言う。


「街は、

 何事もなかったように

 朝を迎える」


 ライリーは、

 しばらく黙り――

 そして、

 にっと笑った。


「……敵からしたら、

 最悪ですね」


「気づいた時には、

 もう終わってる」


「ああ」


 短い肯定。


 サリアは、

 その背中を見つめる。


 派手ではない。

 だが――

 これ以上ないほど、

 確実。


(……これが)


(静寂の魔道士……)


 その名の意味を、

 サリアは初めて

 完全に理解した。



 静寂が戻った空間で、

 ライリーは倒れたレンペルの前に立った。


「……よし」


 軽い声。


 雷剣は、

 すでに消えている。

 だが――

 次の行動は、

 迷いがなかった。


 腰の短剣を抜き、

 レンペルの頭部へ。


 ザンッ


 乾いた音。


 大きな角が、

 床に転がる。


「……っ」


 サリアが、

 思わず一歩引いた。


 表情が、

 わずかに引きつる。


「……ライリーさん……」


「あー、ごめんごめん」


 ライリーは、

 悪びれもせず

 角を拾い上げる。


「でもね、

 これ大事なんだよ」


 角を、

 軽く振る。


「討伐した証明になるし」


「敵がどの程度だったのかも、

 角を見れば一発で分かるんだよねー」


 サリアは、

 視線を逸らしながら呟く。


「……戦場って、

 やっぱり、

 こうなんですね……」


「慣れない方が

 普通ですよ」


 ラルヴィクが、

 淡々と口を挟む。


「だが、

 彼女の判断は正しい」


 ライリーは、

 少しだけ誇らしげに

 胸を張った。


「えへへ、

 師匠仕込みですから!」


「……教えた覚えはないがな」


「雰囲気です、

 雰囲気!」


 サリアは、

 角を見つめながら

 ゆっくり息を整える。


(……私は、

 まだ……)


 だが、

 目は逸らさなかった。


「……でも」


 小さく、

 だがはっきりと。


「必要なこと、

 なんですよね」


「そう」


 ラルヴィクは、

 短く答える。


「終わらせた証を残すのも、

 仕事だ」


 ライリーは、

 角を空間収納に放り込み、

 ぱん、と手を叩いた。


「はい!

 これで後処理も完了!」


「帰りましょう!」


 三人は、

 ダンジョンの出口へ

 向かい始める。


 静かに終わった戦いの後で、

 それぞれが、

 違う“現実”を

 胸に抱えながら。




 街には順調に到着した。

 ギルドの扉が開く。


 いつも通りの、

 昼下がりの空気。


 依頼帰りの冒険者が、

 談笑し、

 酒を煽り、

 依頼書を眺めている。


「ただいま戻りました」


 ライリーの明るい声に、

 数人が振り返る。


「おっ、

 雷鳴の魔道士!」


「静寂の魔道士も一緒か」


 だが――

 次の瞬間。


 ライリーが、

 空間収納から

 角を取り出した。


 ドン。


 受付台に置かれたそれは、

 人の腕ほどもある

 黒い角。


 魔力の残滓が、

 まだ微かに漂っている。


 ざわっ――


 空気が、

 一気に変わった。


「……角?」


「いや、

 これ……」


 受付嬢の顔色が、

 変わる。


「……魔人級……?」


 ギルド長ロックが、

 奥の部屋から

 急ぎ足で現れた。


「失礼します!」


 角を見るなり、

 息を呑む。


「……間違いありません」


「魔人――

 しかも、

 かなり上位の個体です」


 視線が、

 三人に向く。


「……討伐、

 されたのですか?」


「はい!」


 ライリーが、

 元気よく手を挙げる。


「正確には、

 ダンジョン内で排除しました!」


 ロックは、

 一瞬だけ沈黙し――

 ラルヴィクを見る。


「……ダンジョンは?」


「処理した」


 短い答え。


「破壊はしていない」


「……処理、ですか」


 ロックは、

 喉を鳴らす。


「……つまり」


「街に影響は?」


「ない」


 即答だった。


 その言葉に、

 周囲の冒険者が

 息を呑む。


「……音も?」


「ない」


 さらに、

 静かな肯定。


 ロックは、

 額の汗を拭った。


「……ありがとうございます」


「これは……

 街を救ったどころの話ではありません」


 サリアは、

 少し緊張しながら

 言葉を添える。


「……あの、

 私たち……」


「十分です」


 ロックは、

 深く頭を下げた。


「あなた方三人は、

 この街にとって

 想像以上の存在になりつつある」


 ライリーは、

 にっと笑う。


「えへへ、

 そう言われると

 照れますね!」


 ラルヴィクは、

 表情を変えない。


「報告は以上だ」


「必要な手続きがあれば、

 後で呼んでくれ」


「……承知しました」


 三人が、

 ギルドを後にする。


 背後では――

 まだ、

 ざわめきが収まらない。


「……魔人を倒して、

 ダンジョンを

 “処理”……?」


「しかも、

 静かに……」


 誰かが、

 小さく呟いた。


「……噂は、

 本当だったんだな」


 静寂の魔道士。


 その名が、

 この街で

 確かな重みを持ち始めていた。


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