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第23話 反応


魔族領


 魔族領、深奥。


 黒い玉座の前に、

 一人の魔族が跪いていた。


「―レンペル様の件ですが」


 玉座に座る魔人は、

 その言葉を聞いた瞬間、

 勢いよく立ち上がる。


「……レンペルが、死ぬだと?」


 怒気を含んだ声。


 彼の名は、ロンペル。

 魔人レンペルの兄であり、

 一族の中核を担う存在だった。


「はい。

 静寂の魔道士だけでなく、

 雷鳴の魔道士も現場にいたようです」


「馬鹿な」


 ロンペルは吐き捨てるように言う。


「我々魔人が、

 王宮魔道士二人程度に

 後れを取るはずがないだろう!」


 手下は、

 一瞬だけ言葉に詰まり――

 慎重に続けた。


「……いわゆる、

 新世代の魔道士かと」


 その言葉に、

 ロンペルの表情がわずかに歪む。


「……新世代、か」


 腕を組み、

 しばし沈黙。


「確かに――

 二十年ほど前までは、

 王国の魔道士など

 脅威ではなかった」


「だが、

 いつの頃からか

 質が変わった」


 視線が鋭くなる。


「強い王宮魔道士が、

 妙に増えた」


 ふと、

 思い出したように問う。


「……静寂は、

 いつから王宮魔道士だ?」


「二十年前です」


 即答だった。


「ほう……」


 ロンペルは、

 低く唸る。


「同じ二十年前、か」


「引っかかるな……

 だが今はいい」


 拳を握る。


「レンペルの死は仕方あるまい」


「だが――

 対策は打つべきだ」


 その言葉に、

 場の空気が引き締まった。




王宮 ― 魔道宮


 一方、王都。


 王宮の地下深く、

 規則正しく水晶が並べられた部屋――

 魔道宮。


 そこには、

 十席の円卓が置かれている。


 だが、

 埋まっている席は

 わずかだった。


 椅子に腰掛けているのは、

 万能の魔道士 ヴィケルと、

 聖域の魔道士 レーナ。


 その時――

 空間が歪み、

 一人の女が現れる。


「ずいぶん少ないわね」


 軽い調子。


 次元の魔道士 シーエンだった。


「規定数ギリギリじゃないの?」


 ヴィケルは、

 淡々と答える。


「静寂が辺境にいる」


「王宮常駐魔道士三名、

 という規定は

 一応クリアしている」


「なるほど」


 シーエンは肩をすくめる。


「ごめんなさいね。

 私も少し出かけていたの」


 レーナが、

 穏やかに微笑む。


「シーエンさんは

 ワープできますから、

 問題ないでしょう?」


「それを言うなら、

 私の方が

 辺境暮らしに適任じゃないかしら?」


 冗談めかした言葉。


 だが、

 レーナは首を横に振る。


「ラルヴィクさんは、

 辺境でも

 きちんと仕事をします」


「ダンジョンコアの処理と、

 魔人討伐を

 行ったそうですよ」


 シーエンは、

 少し意外そうに目を瞬かせた。


「へぇ……」


「王宮が好きで

 籠っている人かと思ってたわ、

 戦うこともできるのね」


 その言葉に、

 ヴィケルが口を挟む。


「静寂は、

 雷鳴と共闘したらしい」


「一人では、

 無理だっただろう」


 その一言が、

 円卓の空気を

 わずかに冷える。


 円卓を囲む王宮魔道士たちの前で、

 万能の魔道士 ヴィケルが立ち上がった。


「本題に移ろう」


 淡々とした声。


「――雷鳴の魔道士についてだ」


 水晶の一つが光り、

 戦況図が空中に投影される。


「東の帝国戦線が、

 じわじわと押されている」


「局地戦では勝っているが、

 全体としては不利だ」


 誰かが頷く。


「雷鳴を、

 即時派遣する」


 決定事項のように言い切った。


「異論は?」


 沈黙。


 雷鳴の戦力価値に、

 反対する者はいない。


 聖域の魔道士 レーナが、

 静かに確認する。


「……雷鳴は現在、

 辺境に滞在中ですが」


「承知している」


 ヴィケルは即答した。


「だからこそ、だ」


「辺境の状況は、

 当面安定している」


「ダンジョンコアも処理された」


「雷鳴を

 遊ばせておく理由はない」


 言葉は正論だった。


 誰も、

 反論できない。


「命令は、

 王名義で出す」


「至急だ」


 円卓の水晶が、

 同意を示すように

 淡く明滅した。


「以上だ」


 ヴィケルはそれだけ言い、

 席を立つ。


 振り返らない。


 足早に、

 魔道宮を後にした。



 会議室に残ったのは、

 レーナと

 次元の魔道士 シーエンだけだった。


 しばらくの沈黙の後、

 レーナが静かに問いかける。 


「……今の判断」


「戦況だけ、

 とは思えません」


 シーエンは、

 少し困ったように笑った。


「でしょうね」


 椅子にもたれ、

 視線を天井へ向ける。


「ヴィケルとラルヴィクは、

 同い年よ」


「ヴィケルは十二歳で

 王宮魔道士になった」


「“本物の天才”って、

 あの頃は誰もが思ってた」


 レーナは、

 黙って聞いている。


「その後、

 ラルヴィクが来た」


「遅れてきたのに、

 妙に的確な助言をする男」


「ヴィケルは、

 あいつの言葉を信じて動いた」


「結果――

 戦功は、

 全部ヴィケルのものになった」


「……良い関係に、

 見えます」


「最初はね」


 シーエンは、

 声を少し落とした。


「でも、

 ラルヴィクは

 戦場に出なかった」


「前に出ず、

 血も被らず」


「それでも、

 名前だけは

 静かに広がっていく」


 レーナは、

 視線を伏せる。


「……苛立ち、ですね」


「ええ」


 シーエンは頷いた。


「ヴィケルは、

 命を賭けて前に出るタイプ」


「動かない人間を、

 理解できなかった」


「だから――」


「雷鳴を、

 引き離した」


 レーナが、

 言葉を継ぐ。


「静寂の

 “周囲”を、

 削ぐために」


「そういうこと」


 シーエンは、

 軽く息を吐いた。


「個人的感情よ」


「でも、

 王宮魔道士は

 人間でもある」


 魔道宮は、

 再び静かになる。


 誰もいない円卓に、

 水晶だけが

 淡く光っていった。


 だが確かに、

 王宮魔道士の内部で、

 一つの亀裂が

 広がり始めていた。



辺境の城


 夜の静けさの中、

 ラルヴィクは机に向かっていた。


 分厚い手帳を開き、

 ペンを走らせる。


 ――レンペル。


 名前の横に、

 淡々と項目を書き込んでいく。


 角のサイズ。

 色。


「……サイズは、上の下」


 角の根元から先端までの長さを、

 記憶をなぞるように思い出す。


「色は、灰色」


 魔人の角は、

 個体の格を如実に示す。


 サイズが大きいほど生命力が高く、

 色が黒に近いほど

 魔力が濃い。


「――なかなか、

 上位の個体だったな」


 評価は簡潔だった。


 次の頁をめくる。


 真実を告げる魔法。


 構成。

 発動条件。

 影響範囲。


 ラルヴィクは、

 指先で顎をなぞりながら考える。


「……精神干渉型」


「感情の増幅と、

 抑制の解除」


 術者自身の魔力を

 媒体にしている。


 洗練されてはいないが、

 実戦向き。


「仲の悪いパーティーなら……

 壊滅的だな」


 連携は崩れ、

 疑心暗鬼が広がり、

 戦闘以前に瓦解する。


 そこで、

 一つの声が脳裏をよぎった。


『大好き!』


 雷鳴の魔道士――

 ライリーの、

 あの時の表情。

 頭の中で何度か反芻する。


「……やめておこう」


 ラルヴィクは、

 何も言わず

 ペンを置いた。


 ゆっくりと、

 手帳を閉じる。


 分析は終わった。


 必要な情報は、

 すべて書き留めた。


 これ以上、

 考える必要はない。


 城の外では、

 風が静かに吹いている。


 ラルヴィクは立ち上がり、

 灯りを落とした。


 ――この時点では、

 まだ知らない。


 自分が記したその一行一行が、

 すでに

 魔族領と王宮、

 双方の神経を

 逆撫でしていることを。


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