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第20話 ダンジョンコアの前で


 ダンジョンコアの淡い鼓動が、

 一拍――

 ずれる。


 その瞬間だった。


「――予定外ですねぇ」


 声は、

 洞窟の奥からではない。

 すぐ近くから、

 滑るように響いた。


「静寂の魔道士を始末するはずが……」


 くつり、と

 楽しげな笑みを含む声。


「まさか、

 雷鳴の魔道士まで

 一緒とは」


 空間が、

 歪む。


 影が、

 剥がれるように立ち上がった。


 現れたのは――

 人型。


 グレーの外套に身を包み、

 黒髪を後ろで束ねている。


 人間で言えば、

 三十前後。


 だが。


 頭部から、

 二本の大きな角。


 それだけで、

 “違い”は明白だった。


「私の名は、

 レンペル」


 ゆったりと、

 胸に手を当てる。


「魔人です」


 その瞬間。


「――下がれ」


 ラルヴィクの声が、

 鋭く響いた。


「魔人だ。

 警戒しろ」


 サリアとライリーは、

 即座に距離を取る。


 だが、

 レンペルは気にした様子もなく、

 軽く肩をすくめた。


「おやおや。

 随分と早いですね」


「さすがは、

 静寂の魔道士」


 視線が、

 ラルヴィクに絡みつく。


「あなたは、

 “音のない殺し”をする」


「だからこそ――

 厄介だ」


 ライリーが、

 一歩前に出る。


「師匠」


 低い声。


「……こいつ、

 かなり濃いです」


「分かっている」


 ラルヴィクは、

 視線を逸らさない。


 レンペルは、

 楽しそうに笑った。


「雷鳴の魔道士まで

 同行している理由は……」


 ちらりと、

 サリアを見る。


「そちらは無名ですね」


 空気が、

 一気に張り詰める。


「余計な詮索はするな」


 ラルヴィクの声は、

 冷たい。


「ここで何をしている」


「ダンジョンの調整ですよ」


 あっさりと、

 答えた。


「未完成のコアに

 少し手を加えていただけです」


「……街を巻き込む気か」


「ええ」


 レンペルは、

 悪びれもせず頷く。


「その方が、

 “交渉材料”になりますので」


 その言葉に、

 ライリーの魔力が、

 一瞬、跳ね上がる。


「……最低ですね」


「褒め言葉として

 受け取っておきましょう」


 レンペルは、

 再びラルヴィクを見る。


「本来なら、

 あなた一人を

 消す予定でした」


「静かに、

 誰にも気づかれず」


 口角が、

 わずかに上がる。


「ですが――」


「雷鳴までいるとなると、

 少々、

 計算を変える必要があります」


 その瞬間。


 レンペルの背後で、

 魔力が蠢いた。


 まるで、

 次の一手を

 見せびらかすかのように。


「さて」


 魔人は、

 ゆっくりと両手を広げる。


「あなた方は、

 どう出ますか?」


 問いかけであり、

 宣戦布告。


 ダンジョンの奥で、

 コアが、

 不規則に脈打ち始めた。


 ――ここから先は、

 交渉か、戦闘か。


 レンペルは、

 小さく指を鳴らした。


「では――

 少し、確かめましょうか」


 その瞬間。


 空気が、重くなる。


 魔力の圧ではない。

 殺気でもない。


 胸の奥を、

 直接撫でられるような

 不快な感覚。


「……っ」


 サリアが、

 思わず胸元を押さえる。


 ライリーも、

 眉をひそめた。


「……何ですか、

 これ」


 ラルヴィクは、

 一歩前に出ようとして――

 止まった。


 言葉が、

 勝手に浮かぶ。


「――真実を告げる魔法です」


 レンペルが、

 楽しげに告げる。


「気持ちを増幅し、

 本音を――

 隠せなくしました」


「防御も、

 魔力制御も意味がない」


「なぜなら――

 これは“内側”に

 触れるものですから」


 次の瞬間。


「師匠、

 結婚しましょう」


 ライリーの声が、

 やけに澄んで響いた。


「…………は?」


 サリアが、

 凍りつく。


 ラルヴィクは、

 一瞬、思考が止まり――

 そして、

 正直に答えていた。


「ライリーは可愛い」


 即答だった。


「しかし、

 若すぎる」


 レンペルが、

 吹き出しそうになるのを

 必死で堪えている。


「ほう……

 それが本音ですか」


「……っ!」


 ラルヴィクは、

 自分の口を

 押さえようとして――

 遅かった。


「サリアは……」


 言葉が、

 止まらない。


「一緒にいると、

 落ち着く」


 サリアの瞳が、

 大きく揺れる。


「……っ!」


 次の瞬間。


「レイリーさん、

 ずるいです」


 サリアが、

 はっきりと言った。


「ご主人様の前で

 そんなことを……」


 顔が、

 赤くなる。


「私は……

 ずっと――」


「――おっと」


 レンペルが、

 手を打った。


「そこまで」


 魔力が、

 ふっと引く。


 沈黙。


 三人は、

 同時に我に返った。


「……今のは」


 ライリーが、

 耳まで真っ赤にして叫ぶ。


「ち、違います!

 今のは魔法ですからね!?」


「否定はしない」


 ラルヴィクは、

 こめかみを押さえながら言う。


「だが――

 厄介だな」


「でしょう?」


 レンペルは、

 満足そうに頷いた。


「静寂の魔道士」


「あなたは、

 戦場では静かだが――」


「内側は、

 随分と騒がしい」


 視線が、

 三人をなぞる。


「……さて」


「この状態で、

 まだ私と

 戦えますか?」


 問いかけは、

 穏やか。


 だが――

 明確な“脅し”だった。


 胸の奥が、

 勝手に熱を持つ。


「……っ」


 ライリーが、

 両手で顔を覆った。


「や、やだ……

 ちょっと待って……!」


「こんなの……

 ずっと隠してたのに……!」


 顔が、

 一気に赤くなる。


「師匠の前では、

 強くて、

 余裕がある弟子で

 いたかったのに……!」


 サリアが、

 息を呑む。


 ラルヴィクは、

 言葉を失う。


 ライリーは、

 顔を上げた。


 瞳が、

 揺れている。


「……バレちゃうなんて」


 小さく、

 しかしはっきりと。


「絶対に……

 許さないんだから」


 次の瞬間。


 魔力が、跳ね上がった。


 雷鳴ではない。


 だが――

 確実に、

 “本気”。


 空気が、

 ビリビリと震える。


「……ほう」


 レンペルが、

 興味深そうに目を細める。


「怒りを、

 外に向けましたか」


「良い判断です」


 だが――

 遅い。


 ライリーの足元で、

 雷が走る。


 バチバチバチッ!


「……レンペル」


 声は、

 低い。


「人の心を

 勝手に覗いて……」


 一歩、

 踏み出す。


「暴いて……」


 雷が、

 身体を包む。


「……弄んで」


 顔から、

 赤みが消えた。


 残ったのは――

 冷たい怒り。


「本気の私、

 見せてあげる」


 その瞬間、

 姿が消える。


 ゴロゴロロッ!!


 雷鳴が、

 空間を裂いた。


 レンペルが、

 初めて――

 はっきりと笑った。


「……素晴らしい」


「雷鳴の魔道士」


「あなたは、

 感情を

 力に変えるタイプだ」


 ラルヴィクが、

 一歩前に出る。


「ライリー、

 深入りするな」


「分かってます、

 師匠!」


 声は、

 強い。


「でも――

 今のは、

 許せません!」


 サリアは、

 二人の背を見つめる。


 胸が、

 少しだけ熱い。


(……すごい)


 これは、

 ただの怒りではない。


 自分を曝け出されたことへの、

 誇りを賭けた反撃。


 ライリーは、

 一度だけ深く息を吸った。


 そして――

 詠唱を始める。


「――雷よ」


 短い。

 だが、

 迷いのない声。


 次の瞬間。


 轟音。


 ダンジョンの天井を突き破るように、

 雷が――

 落ちた。


 白い閃光が、

 洞窟内を昼に変える。


「……っ!」


 レンペルが、

 即座に跳ぶ。


 雷は、

 彼のいた場所を正確に撃ち抜き、

 岩盤を砕いた。


 だが――

 それで終わりではない。


 床に落ちた雷が、

 消えない。


 光の奔流となって、

 石の上を這い、

 うねり――

 一つの点へ集束する。


 ライリーの、

 右手。


 バチバチと音を立てながら、

 雷が絡み合い、

 形を成していく。


 刃。

 柄。

 そして――

 剣。


 雷でできた剣。


 ライリーは、

 それを握り締めた。


 表情から、

 迷いは消えている。


「……逃げられると思いました?」


 レンペルが、

 目を細める。


「床を伝わせるとは……

 美しい構成ですね」


「褒め言葉として

 受け取ります!」


 ライリーは、

 一歩、踏み出す。


 雷剣が、

 唸りを上げる。


「――トドメにしましょう!」


 雷鳴が、

 ダンジョンを震わせた。


 それは、

 宣言。


 そして――

 本気の開戦だった。




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