表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
19/52

第19話 ダンジョン突入


 森を抜けると、

 空気が変わった。


 湿り気を帯びた冷気。

 耳の奥に、

 じわりと圧がかかる。


「……ここか」


 ラルヴィクが足を止める。


 岩壁に穿たれた穴。

 自然にできたようで、

 どこか人工的な滑らかさがあった。


 入口は狭い。

 だが奥は、

 闇に溶けて見えない。


「これがダンジョン……」


 サリアが、

 小さく呟く。


 魔力が、

 皮膚を撫でる感覚に、

 無意識に背筋が伸びる。


 一方で。


「ふーん」


 ライリーは、

 肩の力を抜いたまま、

 入口を覗き込んだ。


「思ったより、

 普通ですね」


 サリアが、

 少し意外そうに見る。


「……怖くないのですか?」


「え?」


 ライリーは、

 きょとんとした後、

 にっと笑った。


「だって」


 親指で、

 自分とラルヴィクを指す。


「王宮魔道士が

 二人もいるんですよ?」


「しかも、

 片方は師匠です」


 ラルヴィクは、

 入口に手をかざしながら、

 淡々と返す。


「油断するな」


「はいはい」


 軽く流す。


「でもまあ、

 余裕なのは事実ですし」


 ラルヴィクは、

 魔力の流れを確かめ、

 眉をわずかに動かす。


「……増えているな」


「え、

 そうなんですか?」


 ライリーが、

 興味深そうに聞く。


「魔力が溜まりすぎている」


「放っておけば、

 外に漏れる」


「だから――

 中枢を探す」


 サリアが、

 小さく頷いた。


「では、

 早めに動いた方が

 良いですね」


「ああ」


 ラルヴィクは、

 二人を見る。


「入るぞ」


 合図は、

 それだけだった。


 先頭に立ち、

 闇へ踏み込む。


 内部は、

 外よりも広い。


 天井は低く、

 岩肌には淡く光る苔が張り付いている。


「……足元、

 段差があります」


 サリアが、

 落ち着いた声で言う。


「いい判断だ」


 ラルヴィクは、

 歩調を落とす。


 ライリーは、

 その様子を見て肩をすくめた。


「師匠が慎重だと、

 逆に安心しますね」


「私、

 前だけ見てていいですか?」


「……好きにしろ」


 一歩進むごとに、

 空気が重くなる。


 魔力の流れが、

 わずかに歪む。


 ラルヴィクの視線が、

 闇の奥に向く。


「……来るな」


 低い声。


「え?」


 ライリーが、

 楽しそうに口角を上げる。


「最初の歓迎ですか?」


 その瞬間――

 闇の奥で、

 何かが動いた。


 石を引きずるような、

 不規則な擦過音。


「……来ます」


 サリアが、

 短く告げる。


 次の瞬間、

 岩陰から姿を現した。


 人の背丈ほどの――

 ダンジョンゴブリン。


 通常のゴブリンより体躯が大きく、

 皮膚は灰色に硬化している。


「お、

 いきなり来ましたね」


 ライリーは、

 楽しそうに一歩前へ出た。


「数は?」


「三……いえ、

 奥にまだいます!」


 その報告を、

 ラルヴィクは一言で切る。


「前、任せた」


「了解!」


 返事と同時に――


 バチッ!!


 ライリーの身体に、

 雷が走る。


 次の瞬間、

 彼女の姿は消えた。


 ゴブリンの一体が、

 理解する前に――

 爆ぜる。


 雷撃が、

 内部から突き抜けた。


 残る二体が、

 咆哮を上げる。


 だが――

 遅い。


 ゴロゴロッ!


 雷鳴だけが通路を走り、

 もう一体が崩れ落ちた。


「はい、

 二体目」


 軽い調子。


 だが、

 最後の一体が

 後退しながら

 魔力を集め始める。


「……魔法型!」


 サリアが、

 即座に叫ぶ。


 その声が、

 合図になったかのように。


 ゴブリンの足元に、

 細い線が走る。


 ラルヴィクの魔力だ。


 音もなく、

 地面を這い――

 次の瞬間、

 跳ね上がる。


 首元を、

 正確に断つ。


 詠唱は、

 最後まで届かなかった。


「……終了だ」


 淡々とした声。


 ライリーは、

 振り返って笑う。


「さすが師匠」


「派手にやると、

 必ず締めてくるんですよね」


「無駄が多い」


 短い返答。


 そのやり取りを、

 サリアは少し離れた場所から見ていた。


 合図は、

 ほとんどない。


 視線も、

 最低限。


 だが――

 噛み合っている。


(……すごい)


 胸の奥で、

 小さく息を呑む。


 雷鳴が前を切り開き、

 静寂が、

 その余白を完璧に埋める。


 互いに、

 邪魔をしない。


 互いに、

 信用している。


(いつか……)


 サリアは、

 自分の手を見る。


(私も、

 あの中に自然に立てるように……)


 倒れた魔物に、

 視線を戻す。


 怖さは、

 まだある。


 だが――

 それ以上に、

 胸が熱くなっていた。


 ラルヴィクが、

 彼女に声をかける。


「……大丈夫か」


「はい」


 即答だった。


「……お二人の連携、

 とても……」


 言葉を探し、

 正直に続ける。


「……少し、

 憧れます」


 ライリーが、

 きょとんとした後、

 にっと笑った。


「じゃあ、

 そのうち混ざりましょう!」


 ラルヴィクは、

 奥へ視線を戻しながら言う。


「焦るな」


「だが――

 悪くない目標だ」


 その一言で、

 サリアの背筋が、

 自然と伸びた。


 ダンジョンの奥で、

 魔力が、

 再び揺れる。



 通路は、

 次第に広くなっていった。


 天井が高い。

 だが――

 不自然だ。


 岩肌に、

 黒い染みのようなものが

 無数に張り付いている。


「……止まってください」


 サリアが、

 低く言った。


「何か、

 嫌な感じがします」


 ラルヴィクは、

 即座に足を止める。


「具体的に言え」


「魔力の流れが……

 上です」


 ライリーが、

 天井を見上げた。


「上?」


 その瞬間。


 バサァッ!!


 空気を裂く音。


 黒い影が、

 一斉に剥がれ落ちた。


「――群体コウモリ!」


 サリアが叫ぶ。


 人の頭ほどの大きさの

 魔物コウモリ。


 それが、

 数十体。


 視界を埋め尽くすように、

 旋回しながら迫ってくる。


「うわ、

 数が多いですね」


 ライリーは、

 どこか楽しそうだ。


「前、

 全部落とします?」


「待て」


 ラルヴィクの制止。


 群体コウモリは、

 音と魔力に反応する。


 派手に動けば、

 さらに呼び寄せる。


 だが――

 一体が、

 低空を滑るように

 サリアへ向かった。


「っ……!」


 距離が、

 近い。


 その瞬間、

 サリアは――

 指示を待たなかった。


 魔力を、

 細く、

 鋭く。


「――落ちて!」


 魔力の糸が、

 斜めに走る。


 コウモリの片翼を、

 正確に裂く。


 体勢を崩した瞬間――

 雷が走った。


 バチン!


 ライリーの雷撃が、

 数体まとめて撃ち落とす。


「ナイス連携!」


 その声と同時に。


 ラルヴィクの魔力が、

 静かに広がる。


 音は、

 ない。


 ただ――

 空間の“逃げ道”が

 消えた。


 群体コウモリの動きが、

 一斉に鈍る。


「……今だ」


 次の瞬間。


 雷鳴が、

 通路を一気に駆け抜けた。


 壁に、

 天井に、

 黒い影が叩きつけられる。


 数秒後。


 羽音は、

 完全に消えた。


 床には、

 魔物の残骸だけが残る。


「……ふう」


 サリアは、

 大きく息を吐いた。


 胸が、

 少しだけ高鳴っている。


「怖かったです」


「だが、

 判断は良かった」


 ラルヴィクの声は、

 落ち着いていた。


「上を見たのも、

 斬り方も」


 サリアは、

 驚いたように

 彼を見る。


「……本当ですか?」


「ああ」


 短いが、

 確かな肯定。


 ライリーが、

 にっと笑った。


「もう完全に

 仲間ですね」


 サリアは、

 その言葉に――

 少しだけ、

 胸を張った。


 天井の奥。


 さらに濃い魔力が、

 脈打っている。


 中枢は、

 近い。


 羽音が消えた後、

 通路には、

 重たい静けさが残った。


 サリアは、

 落ちたコウモリの死骸から

 ゆっくりと視線を上げる。


「……ここ、

 空気が違います」


 ラルヴィクは、

 すでに奥を見ていた。


「ああ」


 一歩、

 前に出る。


 通路の先は、

 緩やかに下っている。


 壁の色が、

 少しずつ変わっていた。


 岩ではない。


 まるで、

 何かが内側から染み出した跡のようだ。


「ここから、

 魔力が濃くなってますね」


 ライリーは、

 珍しく声を落とす。


「……嫌な感じです」


「正しい感覚だ」


 ラルヴィクは、

 足を止めた。


 手をかざし、

 何もない空間に

 指を走らせる。


「……結界」


 サリアが、

 息を呑む。


「ダンジョンの、ですか?」


「いや」


 短く否定する。


「後付けだ」


 ライリーの表情が、

 一瞬だけ鋭くなる。


「誰かが、

 触ったってことですか?」


「可能性は高い」


 ラルヴィクは、

 淡々と答える。


「自然発生のダンジョンなら、

 こんな歪み方はしない」


 結界は、

 完全ではない。


 だが――

 “中を守る意思”だけは、

 はっきりと残っている。


「……面倒ですね」


 ライリーが、

 小さく笑う。


「でも、

 壊せますよね?」


「壊せる」


 ラルヴィクは、

 即答した。


「だが――

 音を立てるな」


「中に、

 何がいるか分からん」


 サリアは、

 ごくりと喉を鳴らす。


「……では、

 どうやって?」


 ラルヴィクは、

 答えない。


 代わりに、

 魔力を“ほどく”。


 力で押すのではない。

 裂くのでもない。


 結び目を、

 一つずつ解く。


 結界は、

 悲鳴も上げず――

 静かに、

 消えた。


「……すごい」


 思わず、

 サリアが呟く。


「壊してない……」


「だから、

 気づかれない」


 ラルヴィクは、

 先へ進む。


 通路の先が、

 開ける。


 そこには――

 円形の空間があった。


 中央に、

 淡く脈打つ光。


 鼓動のように、

 規則正しく。


「……あれが」


 サリアの声が、

 震える。


「ダンジョンコア……」


 ラルヴィクは、

 頷いた。


「未完成だが、

 放置すれば危険だ」


 ライリーは、

 拳を鳴らす。


「じゃあ、

 壊します?」


 ラルヴィクは、

 一歩踏み出し――

 止まった。


「……待て」


 眉が、

 わずかに寄る。


「……誰か、

 いる」


 その瞬間。


 コアの向こう側、

 闇の奥で――

 何かが、

 確かに動いた。


 それは、

 魔物ではない。


 だが――

 人でもない。


 三人は、

 同時に理解した。


 このダンジョンは、

 ただの異常ではない。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ