第18話 ダンジョン
翌日。
朝のギルドは、
いつもより人が多かった。
掲示板の前で依頼を吟味する冒険者。
武器の手入れをする者。
だが――
ラルヴィクが扉をくぐった瞬間、
わずかな視線の偏りが生まれる。
「……ラルヴィクさん」
受付嬢が、
すぐに声をかけてきた。
「ギルド長がお呼びです。
応接室へお願いします」
ラルヴィクは、
小さく頷いた。
サリアとライリーも、
そのまま後に続く。
応接室の扉を開けた瞬間、
中から慌ただしい足音がした。
「はじめまして!」
ひげを蓄えた中年の男が、
机の向こうから駆け寄ってくる。
「私はこの街のギルド長、
ロックと申します」
深く、
だがどこか現場慣れした一礼。
「本日は、
お時間をいただきありがとうございます」
「……要件は」
ラルヴィクが、
先を促す。
ロックは、
表情を引き締めた。
「単刀直入に言います」
一呼吸置く。
「――ダンジョンが、
発見されました」
サリアの表情が、
わずかに強張る。
「場所は、
街からそう遠くありません」
「ただし……
内部の魔力反応が、
これまでと違う」
ロックは、
ラルヴィクを真っ直ぐに見た。
「恐らく、
この街で対応できるのは――
ラルヴィクさんだけだと、
私は考えています」
ライリーが、
ぴくりと反応する。
「それに」
ロックは続けた。
「昨日から、
雷鳴の魔道士――
ライリーさんも
パーティに加わったと聞きました」
ちらりと、
ライリーへ視線を向ける。
「ライリーさんといえば、
戦場での活躍は
国中に知れ渡っております」
「まさに、
万全の布陣かと」
その瞬間。
「えへへー」
ライリーが、
後頭部を掻きながら笑った。
「それ、
ほとんど師匠のおかげなんですけどねぇ」
ラルヴィクの横に立ち、
胸を張る。
「つまり!」
「私の活躍は、
静寂の魔道士ラルヴィクのものです!」
ロックが、
目を瞬かせる。
「……なるほど」
「そういう関係でしたか」
だが、
ラルヴィクは即座に口を挟んだ。
「余計なフォローは要らん」
淡々と。
「俺には、
戦場での目立った活躍はない」
ライリーが、
むっとする。
「もう、
師匠はすぐそういうこと言うんですから」
ロックは、
二人を見比べ――
ゆっくりと頷いた。
「まさか、
お二人が師弟関係とは……」
「……そんなことはどうでもいい」
ラルヴィクは、
視線を逸らさず言った。
「だが、
ダンジョンの発生は
王宮魔道士としても
見過ごせない」
一拍置く。
「受けさせてもらおう」
その言葉に、
ロックの表情が
一気に明るくなる。
「……ありがとうございます!」
深く、
今度は心からの一礼。
サリアは、
そのやり取りを見ながら、
静かに思う。
これは――
ただの依頼ではない。
三人で受ける、
最初の仕事だ。
そして同時に。
この街にとって、
何かが動き出す
合図でもあった。
サリアが、
控えめに手を上げた。
「あの……」
ロックとラルヴィク、
両方を見る。
「ダンジョンって……
名前は、聞いたことがあります」
言葉を選びながら、
続ける。
「でも、
王宮魔道士としても
見過ごせない存在、
なのですか?」
その問いに、
ロックは一瞬、
表情を引き締めた。
「ええ」
短く、
だが重い返事。
「ダンジョンは、
単なる魔物の巣ではありません」
机の上に、
簡易的な地図を広げる。
「自然発生する場合もありますが、
多くは――
魔力が異常に滞留した結果です」
指で、
一点を叩く。
「放置すれば、
内部の魔物は強くなり、
外へ溢れ出します」
「最初は小規模でも、
成長すれば街一つ、
飲み込むこともある」
サリアの顔が、
少し青ざめる。
「……そんなに」
「はい」
ロックは、
視線をラルヴィクへ向けた。
「だからこそ、
王宮魔道士の管轄でもある」
ラルヴィクが、
静かに頷く。
「ダンジョンは、
管理されなければ――
災害になる」
淡々とした声。
「討伐というより、
処理に近い」
ライリーが、
腕を組んで首を傾げる。
「でも師匠、
ギルドの仕事ですよね?」
「王宮が直接動かないことも、
多いと聞きましたけど」
「……だからだ」
ラルヴィクは、
短く答える。
「表向きは、
冒険者の依頼」
「だが、
異常があれば
王宮魔道士が動く」
ロックが、
苦笑する。
「正直に言えば……
王都は遠い」
「この街で異変が起きても、
報告が届き、
対応が決まる頃には
手遅れになることもある」
「だから――」
再び、
ラルヴィクを見る。
「ここに、
あなたがいるのは
我々にとって
幸運なのです」
サリアは、
ラルヴィクの横顔を見る。
淡々としている。
だが、
逃げるつもりは
最初からない。
「……分かりました」
小さく、
だがはっきりと頷く。
「ダンジョンは、
街にとっても……
放っておけない存在なのですね」
「ああ」
ラルヴィクは、
短く答えた。
「だから、
行く」
それだけで、
十分だった。
ロックは、
深く息を吐き――
改めて言った。
「危険ですが……
頼れるのは、
あなた方だけです」
三人の視線が、
自然と重なる。
ロックは、
机の上の地図を指でなぞった。
「ダンジョンの位置は、
ここです」
街から、
半日ほど離れた森の奥。
「発見されたのは三日前。
入口は小規模ですが……」
指が、
一度止まる。
「内部の魔力反応が、
増え続けています」
ライリーが、
眉をひそめた。
「増え続けてる……?」
「はい」
ロックは、
頷いた。
「通常、
ダンジョンの魔力は
ある程度で安定します」
「ですが今回は、
それが止まらない」
ラルヴィクが、
静かに口を開く。
「……核が、
できかけているな」
サリアが、
思わず息を呑む。
「核……?」
「ダンジョンコアだ」
ラルヴィクは、
簡潔に答える。
「完全に形成されれば、
内部の魔物は
質も量も跳ね上がる」
「放置すれば、
街が巻き込まれる」
ロックは、
苦い顔で頷いた。
「その通りです」
沈黙が落ちる。
やがて、
ラルヴィクが視線を上げた。
「……俺が指揮を取る」
短い言葉。
だが、
迷いはなかった。
ロックは、
何も言わずに頷く。
ラルヴィクは、
二人を見る。
「ライリー」
「はいっ!」
「前に出ろ」
即答だった。
「数が出たら、
一気に削る」
「派手にやっていいが、
突っ込みすぎるな」
「了解です!」
次に、
サリアを見る。
「サリアは、
中衛」
「周囲警戒と、
後方の支援」
「無理はするな。
異変があれば、
すぐ知らせろ」
サリアは、
背筋を伸ばし、
はっきりと頷いた。
「分かりました」
最後に、
自分自身へ視線を戻す。
「俺は――」
少し間を置き、
淡々と言う。
「全体を見る」
「異常が出たら、
俺が処理する」
それ以上の説明はない。
だが、
それで十分だった。
ロックは、
静かに頭を下げる。
「……ありがとうございます」
「街の命運を、
あなたに預けます」
応接室を出る。
ギルドの喧騒が、
一瞬、遠く感じられた。
外に出ると、
風が吹く。
サリアが、
小さく息を吐いた。
「……頼もしいですね」
「当たり前だろ」
ライリーが、
笑う。
「師匠ですから!」
ラルヴィクは、
歩きながら言った。
「油断するな」
「ダンジョンは、
生き物だ」
三人は、
並んで歩き出す。
雷鳴と静寂、
そして――
その狭間に立つ者。
初めての三人パーティが、
明確な意志を持って
動き出した。




