第17話 雷鳴の力
城の朝は、
これまでと少し違っていた。
理由は、
分かりきっている。
「おはようございまーす!」
廊下に響く、
やけに元気な声。
ラルヴィクは、
いつものようにコーヒーを淹れながら、
小さく息を吐いた。
「……朝から騒がしい」
だが、
不快というわけでもない。
ライリーは、
慣れた様子で台所に入り、
椅子に腰掛ける。
「師匠、
辺境って思ったより普通ですね」
「街もあるし、
ギルドもちゃんとしてるし」
「……何を想像していた」
「荒野に一軒家、
みたいな」
「失礼だな」
サリアは、
静かに朝食の準備をしていた。
その手際を見て、
ライリーが感心したように言う。
「サリアさん、
本当に自然ですね」
「もう、
ずっと一緒に暮らしてる感じです」
サリアは、
少しだけ頬を赤らめる。
「ご主人様の生活が、
滞らないようにしているだけです」
「……完全に世話されてるじゃないですか」
「否定はしない」
ラルヴィクが、
淡々と返す。
朝食が揃い、
三人でテーブルにつく。
しばらくは、
何気ない会話が続いた。
だが――
ライリーが、
ふと思い出したように口を開く。
「そういえば」
カップを置き、
真顔になる。
「師匠、
ここで冒険者やってるんですよね?」
「ああ」
「サリアさんも」
「一緒に、
受けています」
ライリーは、
少しだけ考え込み――
そして、
ぱっと顔を上げた。
「決めました」
嫌な予感が、
即座に走る。
「……何をだ」
「私も、
冒険者になります!」
きっぱりとした宣言だった。
サリアが、
目を丸くする。
「え……?」
ラルヴィクは、
眉をひそめる。
「お前は、
王宮魔道士だろう」
「はい!」
ライリーは、
元気よく頷く。
「でも、
師匠だって王宮魔道士です!」
「それに、
給料も出てないし、
研究費も自腹なんですよね?」
「……話が早いな」
「ですよね!」
ライリーは、
にっと笑う。
「だったら、
一緒に冒険者やった方が
効率いいじゃないですか!」
サリアは、
少し不安そうに尋ねる。
「大丈夫なのですか?
王宮から……」
「問題ありません!」
即答だった。
「王宮魔道士が
冒険者登録しちゃいけないなんて
規則、ありませんから!」
ラルヴィクは、
一瞬だけ考え――
小さく息を吐く。
「……雷鳴が前に出ると、
目立つぞ」
「それが、
私の魔法ですから!」
胸を張るライリー。
サリアは、
二人を見比べて、
小さく笑った。
「……賑やかになりそうですね」
ラルヴィクは、
その言葉を否定しなかった。
静かな城に、
新しい選択肢が一つ、
加わった。
それが――
思った以上に大きな波紋を呼ぶことを、
この時は、
まだ誰も知らない。
ギルドの扉を開けた瞬間、
いつもより視線が集まった。
理由は明白だ。
赤毛の少女――
しかも、
魔力が漏れている。
無自覚に、
空気を震わせるほどのそれ。
受付嬢が、
一瞬だけ言葉を詰まらせた。
「……い、いらっしゃいませ」
ラルヴィクは、
一歩前に出る。
「冒険者登録だ。
新規が一人」
ライリーが、
元気よく手を挙げる。
「はいっ!
ライリーです!」
周囲の冒険者が、
ひそひそと声を落とす。
「……なんだ、あの魔力」
「新人か?」
「いや……
あれは……」
受付嬢は、
気を取り直すように微笑み、
水晶を差し出した。
「では、
こちらに手を」
「はーい!」
ライリーは、
何の迷いもなく手を置く。
次の瞬間――
バチッ!!
水晶が、
白く――
いや、
蒼白く光った。
光は、
一瞬で収まらない。
細い稲光が、
水晶の中を走る。
「……っ!」
受付嬢が、
思わず息を呑む。
周囲の冒険者も、
完全に静まり返った。
やがて、
光が落ち着く。
受付嬢は、
慎重に結果を確認し――
はっきりと言った。
「……魔力量、
極めて高」
「適性……
戦闘特化」
顔を上げ、
断言する。
「Bランクからの登録になります」
ざわっ、と
空気が揺れる。
「いきなりB!?」
「新人だろ!?」
ライリーは、
きょとんと首を傾げる。
「え?
低くないですか?」
受付嬢が、
一瞬、言葉を失う。
ラルヴィクは、
ため息をついた。
「……言うな」
「だって師匠、
私はまだ本気出してませんよ?」
「余計なことを言うな」
サリアは、
二人のやり取りを見て、
少し困ったように笑う。
受付嬢は、
咳払いをして続けた。
「討伐実績がありませんので、
今回はここからになります」
「問題ありません!」
ライリーは、
即答だった。
「実績は、
これから作ればいいんですよね!」
その明るさに、
ギルド内の緊張が、
少しだけ和らぐ。
ラルヴィクは、
受付嬢に向き直る。
「……依頼は、
後でいい」
「今日は、
登録だけだ」
「承知しました」
ギルドを出ると、
外の空気がやけに静かに感じられた。
ライリーは、
満足そうに伸びをする。
「よし!
これで正式に冒険者ですね!」
ラルヴィクは、
横目で見る。
「……目立つな」
「師匠が地味すぎるんです!」
即答だった。
サリアは、
二人の背中を見ながら、
ふと思う。
――この二人は、
同じ王宮魔道士でも、
まったく違う。
そして、
その違いが、
これからの冒険を
大きく変えていくのだろう、と。
ラルヴィクはライリーに提案する。
「……久々に、
手合わせでもするか」
ラルヴィクのその一言に、
ライリーの目が輝いた。
「はいっ!
よろしくお願いします
街の外れ。
人の気配が消えた平原に、
三人は立っていた。
サリアは、
少し離れた場所から二人を見る。
空は、
相変わらず晴れている。
だが――
嫌な予感しかしなかった。
「では、
いきます!」
ライリーが、
大きく息を吸う。
次の瞬間。
バチバチ、バチバチッ!
乾いた音とともに、
ライリーの身体を
電撃が包み込む。
赤毛が逆立ち、
足元の草が一斉に伏せた。
――そして。
消えた。
いや、
正確には。
音だけが残った。
ゴロゴロ、と
遅れて雷鳴が響いた瞬間、
ライリーは――
ラルヴィクの目の前にいた。
「――っ」
次の瞬間、
体当たり。
避ける暇はない。
ラルヴィクの身体が、
後方へ弾き飛ばされる。
地面を削り、
土煙が大きく巻き上がった。
「まだまだぁ!」
ライリーの声が、
どこからともなく響く。
姿は、ない。
だが――
移動のたびに、
ゴロゴロと音だけが鳴る。
音を置いて、
次の瞬間には別の位置。
雷鳴が、
空間を飛び跳ねていた。
「……っ」
サリアは、
思わず息を呑む。
「これが……
雷鳴の魔道士……!」
視界を探すが、
捉えられない。
だが――
次の瞬間。
土煙の中から、
一筋の“何か”が伸びた。
細い。
だが、
異様に滑らか。
魔力の――
紐。
「っ!?」
ライリーが、
直感的に身を翻す。
ギリギリで躱す。
だが――
「……え?」
安心した、その瞬間。
背後。
もう一本。
最初の紐の影に隠れていた、
二本目の魔力が――
雷鳴を、
正確に捉えた。
「なっ――」
気づいた時には遅い。
魔力の紐が、
ライリーの腕と胴を
絡め取る。
電撃が弾ける。
だが、
絡め取られた動きは止まった。
次の瞬間、
ラルヴィクが
土煙の中から姿を現す。
服に土はついているが、
動きに乱れはない。
「……相変わらず、
速いな」
淡々とした声。
「だが――」
指を、
軽く引く。
魔力の紐が、
ぴんと張る。
「音が、
うるさい」
ライリーは、
一瞬ぽかんとした後――
悔しそうに歯を噛みしめた。
「……っ、
やられました!」
紐が解かれる。
ライリーは、
地面に降り立ち、
大きく息を吐いた。
「派手に動くと、
全部見られちゃうんですね……」
「見てはいない」
ラルヴィクは、
短く否定する。
「……聞いているだけだ」
サリアは、
二人を見比べ――
静かに思った。
雷鳴は、
世界に主張する。
静寂は、
世界を支配する。
どちらも――
王宮魔道士。
だが、
在り方が、まるで違う。
ライリーは、
汗を拭いながら笑った。
「やっぱり、
師匠は師匠ですね!」
「……これからだ」
ラルヴィクは、
空を見上げる。
「冒険者として、
やるならな」
三人の足元で、
風が通り過ぎた。
雷鳴と静寂が、
同じ場所に立った瞬間だった。




