疑惑者への問答
――シキ・テンリュウという少年は、己がそれほど情に厚い人間ではない事を自覚している。
別に薄情というわけではない。人から助けを求められたら応えるし、友人が危険な目にあっていたら体を張ってでも助けるだろう。だがそれは、あくまで近しい人物に対してのものと限られるのだ。見ず知らずの他人を、求められてもいないのに助けるという事は、まずしない。
なぜならそれは傲慢な行いだ。目の前の人々を特に理由もなく皆々救うなど、『人』としての分を超えている。
それはもはや『天』の所行であると。
『救う』という行為自体を畏れ多い概念として考え、決して軽々しく行う事はしないと心に決めている。
だからシキは、この戦いを面白がって見てはいても、手を出すつもりはなかった。たとえ、どちらかが命を落とす事になろうともだ。
もちろん助けを求められれば話は別だが、その様子もない。決着まで、ただ見守るだけのつもりだった。
この戦いの中に、第三者による邪念を感じなければ、だったが。
「――――はーい、ちょっとごめんよー」
「なァ――ッ!?」
男は驚愕も露わに叫んだ。
少女へと振り落とされた一撃は、空間が轟音と雷光で埋め尽くされるほどの、まさに落雷。その必殺の一撃を、突然割り込んできた少年に何の苦も無く片手で受け止められたのだ。これで驚くなという方が無理だろう。
大剣を覆う黒雷の禍々しさは、何も変わっていない。
それどころか今すぐにも少年を食い潰さんとばかりにさらに激しさを増し、周囲に飛び散った一筋の電流だけで大地を焦がすほどの熱量となっている。
にも関わらず、少年は至って平然としたまま、素手で大剣を握り止めていた。
やせ我慢の類ではなく、本当に効いていないのだ。
「テ――メェ!? いきなりしゃしゃり出てきやがって……何モンだァクソガキィッ!」
「ん? シキだよ。シキ・テンリュウってんだ。よろしく」
男の怒鳴りつけるような問いに、シキは場違いなほどあっけらかんと答えた。こうしている間にも男はシキを押し潰そうと全体重を剣に加えているのだが、まるで微動だにしない。
「で? アンタは?」
「ああ!?」
「アンタの名前だよ。こっちは答えたんだから、そっちも名乗んのが礼儀ってもんだろ?」
「カッ! ……ああそうだなァオレは――こういうモンだァァッ!!」
男は不意打ちでシキの体を蹴り上げた。
シキの胴体とほとんど変わらない脚が脇腹に直撃し、鈍い音を立てて、激しく軋んだ。
――蹴り抜いた男の脚の方が、だ。
「ガ――――ァッ!?」
「んー……悪くねぇ蹴りだけど、オレに届かせるにはちっとばかし練度不足かなぁ。もっとちゃんと『気』を乗せねぇと」
予想外の痛みに呻く男に、シキがそんな言葉を贈っているが、半ば混乱している彼には聞こえていない。
「グ……っクッソがァ……!」
脚を痛めた事で剣に重さを乗せる事もままならなくなり、男は大剣ごと跳び退いた。シキも大剣を掴んだ手にこだわる事はなく、あっさりと手放して後退を許す。
距離が開いた事で少しは冷静さを取り戻したのか、男はシキを射殺さんばかりの眼光で睨み付けた。
「クソガキィ……! テメェマジで何モンだァ? なんでオレの邪魔をしやがる!」
「先にこっちの質問に答えてからにしてくんねぇかな? アンタの、名前は?」
「チッ!」
あくまで飄々とした態度を崩さないシキに、男は苛立ちを隠さずに舌打ちする。
それから大剣を肩にかつぎ、堂々と名乗り上げた。
「グラン・マグダレノ! ラ・モール冒険者ギルド所属のA級冒険者! 『黒閃』のグランだァ! 文句あるかクソガキィッ!」
「じょーとーじょーとー! 名前も知らねぇヤツと本気のやり取りなんかできねぇもんな!」
そう言ってカラカラと無邪気に笑うシキは、年相応の少年にしか見えない。
先ほど見せた異常極まる頑強さと、今の幼い態度。それらがあまりにも乖離し過ぎて、グランはシキを計りかねていた。
「改めて聞くぜ。テメェは何だァ? 言っとくが名前じゃねェぞ。肩書きを名乗りやがれクソガキィ。こっちは名乗っただろうが、なァ!?」
「あーなるほど、そうくるか……」
さっきシキが展開した論法を、今度は向こうが投げつけてきた。
困惑していても、さすがはA級冒険者。頭の回転が止まっているワケではないらしい。
とはいえ、シキにさほど困るところはない。
なぜなら今のシキは――
「ないっス」
「…………あァ?」
「だから、ないよん。オレは今なーんの肩書きも持ってない。ただ人よりほんのちょっぴり強いだけの、いたいけな十四才の美少年です」
「~~~~ざけんなァッッ!!!」
グランは激昂した。
シキはがーんと、ショックを受けた。
「ええっ!? 自分で自分を美少年とか言ったの……そんなにダメだった?」
「そこじゃねェッ! オレの剣を軽々と受け止める様なヤツが、ただのガキなワケねぇだろっつってんだァッ!!」
「えー? そこまで言うほどの一撃じゃなかったけどなぁ。できるヤツ、結構いると思うよ?」
「て、テメェ……ッ!」
「それに肩書きがないってのはマジだぞ。それでも強いていうならばオレの肩書きは今――宿無しの無職だあっっ!! …………あれおかしいな? 自分で言ってて、なんかやべぇ気がしてきたぞ……?」
勝手に落ち込み始めるシキ。
グランはそのふざけた態度に、怒りに打ち震えながらも、冷静に状況を分析していた。
(チッ! 脚はすぐには回復しねぇか。この得体の知れねぇガキの相手をするのは、次の機会にした方が良さそうだな)
場の流れが、良くない方へと向かっている。
グランの冒険者としての勘が、それを敏感に感じ取っていた。
ここで長居をするのは、得策ではない。
「カッ! 要するに答える気がねぇって事かよォ。ならテメェ見てぇなクソガキの相手なんざしてられっか」
白けたとばかりに背を向けるグランだったが、
「なあ、グラン・マグダレノ」
一言。
そのたった一言によって、場の空気が一瞬にして重さを増した。
有無をいわさぬ気迫を感じ、グランが振り向くと、
「一つだけ聞かせろ。それが聞きたくて、お前らの戦いを止めたんだ」
さっきまで飄々としていた態度とは雰囲気を一変させたシキが、自分を見ている。
表情自体は、笑っているように見える。だが、目の奥がまるで笑ってはいなかった。別人の様に冷たい、鞘から抜き放たれる寸前の刃のごとき闘気が漂っている。
気付かぬうちに、グランの頬を冷や汗が伝っていた。彼の直感が悟ったからだ。
この問いに迂闊な答えを返せばきっと……
「お前のその『権能』――――誰に貰った?」
――己はここで死ぬ、と。




