世界三大力
シキとグランは、張り詰めた空気で対峙していた。
互いの距離は五メートル強。シキは無手であり、大剣を得物としているグランにとって有利な間合いにも関わらず、冷や汗を流して余裕のない表情を露わにしているのは、そのグランの方だった。
――グラン・マグダレノの、冒険者としての実力は紛れもなく本物だ。
多分に威圧的かつ暴力的であり、他人と協調して動くのが難しい男だが、個人の力は自他共に認めるラ・モール冒険者ギルドのトップクラス。
魔物との戦闘経験はもちろん、制作者の底意地がねじ曲がっているとしか思えない悪質な迷宮のトラップなどにも、十分な経験と知識を有している。生死の修羅場を潜った事も、一度や二度ではない。
そんな彼の経験と勘が、眼前の一回り年下の少年に対し警鐘を打ち鳴らしている。間違っても相対すべき相手ではないと。うるさいっと怒鳴り付けてしまいたいくらい、心音ががなり立てている。
その対象たるシキは、一見穏やかな笑みを張り付けながらも、次の瞬間には眼前の相手の心臓を抉り抜きそうな眼光を瞳の奥底に揺らめかせていた。
脱力した自然体な姿勢に、こちらの油断を誘う軽々しい仕草。この手の状況を、グランは良く知っていた。
彼の挙動は、獲物を目前にゆらりゆらりと近付いてくる、獰猛な巨大魔獣のソレ。
「――――カッ! いきなりなんの話してんだか、ワケが分からねェなァ。ヤクでも決めてんのか? ええ? 小僧ォ」
努めて。
努めてさきほどまでと寸分変わらぬ挑発的な口調を保つ。内に抱えた恐怖は決して表に漏れぬよう、強靱な精神力で抑え込む。
僅かでも隙を見せれば瞬時に喉笛が引きちぎられる――そんな、確かな予感があった。
「はぁ」
シキは呆れた風に溜め息を吐き、首を横に振った。
「そっか。まあ、そりゃそうだろうなぁ……じゃあ一つ講義でもしてやろうか。聞いててつまんなけりゃ聞き流してもいいぞ」
「…………ああん?」
「この世界には、三つの大きな力があるのは知ってるよな?」
問い掛けはもちろん聞こえているが、グランは答えない。唐突に始まった意味不明な話に、訝しげに眉をひそめるのみ。
返答を期待してはいないのか、シキは構わず指を一本立てた。
「一つは『気』――主に、人間を初めとした霊長類に流れる力。身体を強化するのにずば抜けて強力な術技――『練気術』を使うのに必要な力だ。練気術を極めた者は拳を振るえば見上げんばかりの山を粉々に打ち砕き、脚を叩き付ければ大海をも真っ二つに割る。まさに、一個人で国を滅ぼす人間兵器ってなワケだがその反面、魔法とはとてつもなく相性が悪い。気と魔力は両立できねぇ水と油の関係だ。どっちかが多けりゃ、間違いなくもう片方は少なくなる。だから基本的に気力に適した者は魔法を使えず、魔法を使う者は練気術を使えずっていうのが常識だな。ちなみに大和人はお国柄、ほとんどが気の使い手だから、魔法に関してはちょいと疎い。何を隠そう、オレ自身がそうだしな」
二本目の指が立つ。
「二つ目は『魔力』――主に魔法を使うのに必要な力で、これは人間に限らずあらゆる生物に宿っている。ただし、一口に魔力っつっても七つの大きな属性があり、人によって得意な魔法の適性は大きく異なる。とはいえ、訓練次第では苦手な属性であってもそれなりに使える様になるもんだ……とまあ、それだけ聞くとずいぶん便利な力に聞こえるが、当然危険もある。例えば、あんまり所有する魔力量が大きい奴ってのは、得てして怪物に成りやすい。妖魔――ああ、こっちじゃ魔物って言うんだったか――も、本来ただの自然生物だったものが強力な魔力を帯びて、化け物に変化した姿。つまり、使い勝手は良いが、取扱注意な力――――という話を大和国内で一番の魔法使いに聞いただけのにわか知識なんだけどね実は! なっはっはっ!」
シキは笑っているが、変わらず圧力に晒されているグランはちっとも笑えない。むしろこれほどの圧力を掛けながら平然と笑える神経には、空恐ろしいものすら感じるくらいだ。
そして三本目。
「んで三つ目が『霊力』――これは比較的珍しくて、使えるかどうかは完全に生まれ持った個人の適性に依る。そしてこの力を持った者は、得てして精霊族や聖獣に好かれ易い。だから本来、人間に使えないはずの特殊な魔法だの、霊気だのを使える様になったりするワケだ。練気術や魔法とも両立可能な分、それ単体の出力自体はそれほどじゃないが、場合によっては己よりも遥かに強大な存在の力を行使する事もできる、上位次元に直接干渉できる力。気や魔力の安定した術技に比べ、ここ一番の爆発力は比較にならない、まだまだ潜在能力未知数の爆弾みたいな力だ。魔力とはまた違った意味で取り扱い注意だな」
そこでシキは一度、言葉を切る。
真剣そのものの顔でグランの方を真っ直ぐに見つめた。
「『気』『魔力』『霊力』……この三つの力によって、世界は回ってる。つまりは自然生物によって扱う事を許された力――ここまではいいな?」
「…………」
グランはやはり、答えない。
いきなり始まった話があまりにも常識に過ぎる。学園に通い始めたばかりの子供だって知ってる話だ。結局何が言いたいのか、方向性が理解できない。
だが――
「実は世界には、あまり人々に知られてない、『第四の力』がある」
ここから、シキの語調が明らかに強まった。
いや、語調だけではない。グランの首筋にちりちりと、さきほど感じた死の気配が再び鎌首をもたげてきた。
間違いない。グランの冒険者としての勘が告げている。
本題は、ここからだ。
「例えば高度一万メートル超の雲海をも軽々と突き抜ける大天峰。あるいは魑魅魍魎はびこる魔境の最奥。もしくは神獣・霊獣が住み処とする霊験あらたかな聖域……そういった人智及ばぬ場所でのみ観測できる未知の力、それすなわち――」
シキは歌でも謳うように。あるいは、禁忌を犯した咎人を断罪するかのように。
背ける事を許さないとばかりに、鋭い眼光でグランの目を真っ直ぐに射貫きながら、その事実を告げた。
「『権能』――――天のみに許された、世界の理すらも覆す天の御業。まかり間違っても、お前みたいな未熟者が使えるはずがねぇ力なんだよ」
それまで漫然と強かっただけの圧力が。
その瞬間を以て、凶器と化して牙を剥く。
「ぐ……くっ……!?」
グランの喉があっという間に水分を失い、干上がっていく。
悪態どころかまともな言葉の一つもひねり出せない、異常なまでの超圧力。強すぎるあまり精神だけでなく実際に肉体すらも枯渇させる、もはや不可避の猛毒。
「さーって、ここまでを踏まえてもらった上でだ……改めてもう一度だけ問うぜ? 今度は返事を間違えるなよ?」
苦しむグランを前に、シキはへらへらーっと――殺意しか感じられない壮絶な笑顔で笑った。
「お前のあの黒い稲妻の権能は誰に貰った? それだけ答えろ」




