A級冒険者同士のケンカ
まず動いたのは、少女の方だった。
「シッ!!」
手にした魔剣を、その場で目にも留まらぬ速さで以て下段から上段へと斬り上げる、とてつもなく速く鋭い一級品の斬撃。しかしながら離れた場所にいる男には、まるで届いていない。
何かのミスかと思われた一瞬後に発生したのは――強大な孤月を形取った劫火の斬撃。
石で固められた地面をも容易く溶かす全長六メートルにも及ぶ灼熱の斬撃がバリバリと大地を抉り、十メートル以上離れた男へと突き進む。
「カッ!」
鋼鉄すら切断するであろう灼熱のそれを、男は鼻を鳴らして迎え撃った。
大剣をだらりと無造作に右手一本で持ち、大きく体を捻っては、半身になって構える。
そして。
「オォ――――ラァァァァッ!!!」
――横薙ぎ一閃。
遠巻きに見ているシキにまで余波が伝わってくるほどの、慣性による反動など意にも返さない、膂力任せの暴力的な振り抜き。巨大な炎の斬撃は、その一撃でいとも容易く消滅した。
黒い闘気がうなり、暴風が吹き荒れて大気を揺らした。
成した男は、児戯だとばかりにせせら笑う。
「軽ぃ……軽すぎるぜマーシャちゃんよぉ。テメェこの程度でこのオレに勝てる気かぁ? ――――舐めてんじゃねぇぞ小娘えええッ!!」
頭を殴られるかのような怒号が、周囲に炸裂する。あまりに声量に警備隊の連中は顔をしかめて耳を押さえるほどで、涼しげな顔をしているのはシキと少女だけだ。
あからさまな挑発に対して少女は、
「はん! あんな小手調べ防いだくらいで、格下が調子乗ってんじゃねーわよ。底が知れるわよ」
こちらもあからさまに、小馬鹿にした表情を浮かべた。
戦闘力だけでなく口の悪さにおいても、わりといい勝負だった。
「馬鹿力だけが能のクソ筋肉ダルマ野郎が……もっと優雅な、炎の戦いってものを教えてやるわっ!」
「カッ! 火の粉を飛ばすだけが能の花火娘がキャンキャンと吠えやがる。本物の戦いだぁ? ああいいぜぇ? 是非とも教えてもらおうじゃねえか……出来るモンならなぁッッ!!」
「は――――良く言ったわ!!!」
途端、少女の威圧感が跳ね上がった。
「付与魔法――『ファイア・ボム』」
少女が唱えた瞬間、魔剣から迸る魔力が激増する。
もともと強大な炎の魔力が宿った魔剣に、上級魔法の重ね掛けを行った。
それを見て、シキは驚嘆した。
「おお、アイツ魔法剣士か! しかも付与魔法使い!? うわめっずらし!」
なかなか見れない光景に、思わず声を出して驚いた。
正確に言えば付与魔法使い自体は、それほど珍しくはない。ただそういった魔法は鍛冶職人や魔道具職人といった、職人が身に付ける場合がほとんどだ。戦闘にそれを用いる者はあんまりいない。
理由は大きく二つ。
一つは単純に、習得難度の問題。
付与魔法は魔法の効果を別の物に移すという、魔法の中でも特殊な部類の技だ。ただ魔法を放つよりも高い技術を要求されるため、習得できる者が限られるのである。
二つ目はもっと単純に、そもそも戦闘向きの魔法ではないから。
付与魔法を使うには、ただ魔法を放つよりも高い技量が必要。つまり戦いの最中において、ムダが多すぎる。消費魔力、発動時間、集中力――ありとあらゆる要素で燃費が悪い。
わざわざ強力な魔法を道具に移して使うより、そのままぶっ放した方が、よっぽど手っ取り早いのだ。それを皆分かっているから、習得できたとしても戦いの最中に使う事はない。仮に使うとすれば戦いが始まる前、準備段階くらいだろう。
それをあの少女、さも当然の如く戦闘中に使っている。技術の凄まじさも十分驚愕に値するが、それよりもシキは、その精神性こそを指して笑ったのだ。
自信の表れなのか、それともただのバカなのかは知らないが、いずれにせよ分かる事が一つ。
――あの少女は頭のネジが外れている。
「いきなし面白いヤツと会うなぁ……さっすが大陸! 来た甲斐があるってもんだ!」
シキがぴょんぴょん飛び跳ねて喜んでいるのを他所に、少女は強化された魔剣を見せつける様にクルクルと振り回しながら、不敵に笑った。
「アンタならこれがどういう意味か分かってるわよねぇ? 一撃でも間違って受けたら――死ぬわよ?」
――背筋にぞくりとクる微笑。
幼い容姿に似合わず妖艶さすら感じるほどの、濃密な闘志。
決してハッタリではない。一歩でも受け間違えれば、本当に命に関わるほどの致命傷を受ける事になるだろう。
対して男は……
「カッ! ご託はいいから掛かってこいや。それともただ大道芸を見せつけたいだけかぁ?」
だからどうしたと、ゴキゴキと首を鳴らした。
「テメェのちんけな火炎芸なんぞ、いまっさら金を投げる気にもなりゃしねぇよ。客を振り向かせたきゃせめて腰を振った踊りでも覚えて、もちっと大人の魅力を身に付けてから出直してこいやまな板がぁ!」
「ふ――うふふふふふふ…………!」
「……あ、これやっべ」
ブッチンと。
端から見ていたシキにさえ、今の男の発言が少女の血管をぶち破った音がよぉく聞こえた。
「――――上ぉぉぉっっっ等ぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉっっっ!!!」
怒りが爆発したのと同時に、少女の纏っている炎の質が明らか過ぎるほどに数段上がったのが、肌のひりつき具合で分かる。
シキはこの状態になった女性の恐ろしさを、良く知っている。
『天』の席次にいる女性陣が師匠のセクハラにぶち切れた時の、阿修羅の如き威圧感と全く同じ。
要するに……マジ殺る気モードである!
「ボロッボロの真っ黒焦げになってくたばりやがれえええッ!! だぁぁれがまな板じゃあああああこのクソゴリラあああああああああああっっっっっ!!!!!」
そして少女は。
思いっきり――――剣を、ぶん投げた。




