大陸、到着。
「ひゃっっっほおおおおおおおっっっ!!! 遂に着いたぞ!! 西大陸ぅぅぅっ!!」
頭のイカれたテンションで船から飛び降りたのは、我らが大和の星、シキ・テンリュウである。
あまりに気の狂った様子に周囲からドン引きされているが、彼がこうなるのにも無理なからぬ理由があった。
「なんせこちとら、二ヶ月近くもずぅーっっっと船の上だったからなぁぁぁぁ!! 危うく大地の感触を忘れるところだったぜえええええええええええええっ!!!」
大和と西大陸とを船で渡りきるまで、どれだけ急いでも片道で一ヶ月以上掛かる。
単純に距離が遠いのもあるが、道中に『魔海域』と呼ばれる怪物の棲み家や、周囲一帯に年がら年中嵐が吹き荒れている絶海の孤島やらがあったりするので、そういった危険地帯を避ける為に迂回しなくてはならないからである。
さらに今回の航海はなぜか強力な妖魔の襲撃が特に多く、船を丸呑みにできそうな巨大蛸やら海竜やらがキシャーッ!! と実に元気よく襲い掛かってきた。そのせいで、いつもより到着が遅れてしまったのだ。
シキは当初「いやー今回オレ乗客っすから部屋で寝てますわー」と完全シカトをかますつもりだったが、偶然護衛として乗り込んでいた顔見知りの剣士に「てめぇに客人としての権利なんぞねぇ。とっとと働けこら」と強引に妖魔討伐へとかり出されてしまった。
なんということか、立派な乗客虐待である。
ムカついたので、あとでその知り合いの目の前で、露店で買ってきたものをめちゃくちゃ美味そうに食っている姿でも見せつけてやろうと心に決める。
護衛は基本、船を離れる事ができないから、陸に着いてもおいそれと買い食いなどできない。
そんなヤツの前で堂々と買い食い。さぞや頭の血管ぶち切らした、いい表情を晒してくれる事だろうけっけっけ。
「ひゃっはあああああっ! 陸の固い地面の感触がたまんねぇえええええ!!」
それはそれとして、とうとう地面に口づけせんばかりの勢いでゴロゴロ地面を転がり始めたシキの奇行に、いい加減周囲がどん引きしている。
長い船旅を終えた乗客が陸地に着いてハイテンションなのは珍しくないが、それにしてもここまで気が狂っている奴はなかなかいない。
シキもさすがに我に返り「おっとやべやべ」と身を起こした。
「いやあー! それにしてもやっぱこうしてみっと壮観だなあ! 護衛として来るのとはぜんっぜん違うわ!」
ざっと見ただけでも数十は停泊している、形も材質も違う数々の船。
視界の端から端まで立ち並び、旅人を歓迎する露店の列。
剣士に魔法使い。人間にエルフに獣人。種々様々な人物達でごったがえす街道。
船の上からとはいえ何度か目にしているはずの光景なのに、なにもかもが新鮮に映るのは、きっともうただ見えているだけのものではないからだろう。
――西大陸でも最大規模の港を誇り、三大海港の一角に名を連ねる港街『ラ・モール』。
それが、シキが大陸に来て初めて足を踏み入れる街の名前であった。
「んー……潮風の匂いが、なんか大和と違う感じだ!」
息を吸えば、街の独特な匂いを感じる。
耳を澄ませば、耳慣れない言語の、話し声が聞こえる。
気になる物があれば、物珍しさに近づき、触れる事ができる。
そう、これからは……我慢しなくていいのだ!
船の上で歯軋りしなくていいんです! なんて素晴らしい!!
「つーわけでさっそく――」
シキの目当ては、大陸における『武芸』の探索だ。
というわけでさっそく一目散に街中にあるそれ系の施設へと――向かわなかった。
「まずはアイツにきっっちり仕返ししてやんねぇとなぁ?」
悪魔もかくやの邪悪な笑みを浮かべ、シキは陸から自分が乗ってきた船を見上げた。人に時間外労働を強制しやがったあのヤロウは、今もあそこから歯軋りしながら港を見下ろしていることだろう。
アイツと己とではもはや住んでる境界線が違うという事を分からせてくれよう!
なので差し当たって、ヤツを精神的に打ちのめす為の武器を調達しなくてはなるまい。
「たぁっぷりと香辛料の利いた肉の丸焼きみたいなヤツがいいな。ついでに、うちわでも買っていこう。くっくっくっ……待ってろよぉ?」
にっくき相手にやり返す瞬間ほど、想像していて楽しいものはない。
シキはウッキウキに浮き足立ちながら、人混みの中へと紛れて行った。
☆ ☆ ☆
「うっへぇあぶなかったぁ……あんな怒らなくってもいいのに」
シキは港から離れ、街中へと続く石造りの街道を歩いていた。ついさっき考えた通りの事を、彼奴に実行した直後である。
「まさか何も言わずに斬り掛かってくるとは思わなかった」
能面じみた無表情のまま、こめかみに青筋を浮かべて繰り出される凄まじい威力の斬撃。
たまらず船から飛び降りると、後ろから首筋目掛けて高速のクナイが飛んできた。
妖魔討伐の時に使うレベルの、ガチ全力の一投。
かろうじて受け止めたが、あれはマジで死ぬかと思った。
対してシキがやった事といえば、
ちょうどよく香辛料をガンッガンに効かせた、港街ならではの鮮魚の串焼き屋を発見したので数本買ってそいつの目の前に行き――
せめて匂いくらいは楽しませてやろうとホッカホカに沸き上がる湯気を、小間物屋で買ったうちわで仰いでやってから肉汁が飛び散るくらいに思いっきりかぶりつき――
完食したあとムダにドヤ顔とポーズを決め――
ゴミになった串とうちわを「あ、これもういらんから捨てといて」って差し出しただけなのに。
まったく気の短いヤロウである。危うく船上が戦場になってしまうところだった。
……まあさすがにからかってばかりでは悪いので、実はこっそりヤツの寝室に、ちゃんと一本置いてきてやったのだが。
「それに……」
さっき受け止めたクナイを見る。
刀身に、よっく見なければ気づけない大きさで彫ってある一文。さっき気づいた時、人目も気にせず爆笑してしまった。
『お土産忘れんじゃねぇぞこら』
「はっ! 言われなくても、テメェじゃ抱えきれねぇくらい、でっけぇモン持って帰って来てやんぜ!」
どうやらホウテン流の人間だけではなく、自分の帰りを待っていてくれる物好きなヤツはいるらしい。
それがまあ、少しだけ……ホッとした。
本人の前では死んでも認めないが。
「さて……そんじゃ腹も膨れた事だし、次はいよいよ街観光だな。楽しみだぜ!」
港付近を見たことはあっても、街に入るのは初めてだ。
もちろん噂話くらいは聞いているが、やはり実際にこの目で見てこその世界だと、シキは思う。
そう――ここより先は、己の識る世界にあらず。
帝の威光は届かず、ホウテン流の名前も通じない、未知なる大地。
だからこそ、挑む価値があるのだと。
己を試すに相応しいと、そう考えるからこそ。
この誰の頼りもない場所で、必ずや身を立ててみせると、祖国に誓えるのだ。
「んじゃ――いくか」
街中へと通じる、門の前に立つ。
あれだけ浮ついていたわりに、最初の一歩は自分でも不思議なほど、どっしりと大地を踏みしめたのだった。




