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カミガミ!!  作者: 夜明 間近
序章 ~追放されました!~
3/34

リナの場合 後編


 ――龍の怒り。

 人々が最も畏怖するであろう事象の一つに数えられる、憎悪の咆吼。

 もはやそれ自体が攻撃魔法にも等しい殺人級の怒号は、たやすく嵐を巻き起こす。そこに宿るものは、空気が軋み肌触りすら感じるまでに満ちゆく、純粋にして濃密な殺意。

 大地を削るほどの勢いで周囲を吹き抜けていく暴風を受け、リナは癒やしの音楽でも聴くかのごとく目を細めた。


「ああ――――最っっっ高!!」


 心の内は、歓喜一色。

 ようやく――本当にようやく、己の力を試せる時がきたのだ。これを喜ばずして、何を喜ぶというのか。


「ねえねえ! あなた……自分の生まれ故郷や、家族の事は好き?」

『ああ!?』

「私はね。大っ大っだい! だああああああああああいっっっっっっキライッ!!!」

『…………』

「両親は魔法の腕でしか物事を判断しないろくでなし。妹もそれに釣られて立派なろくでなし。家の権力に群がる、周囲の連中もろくでなし。いやーこれもう人生詰んでね? って思った事も何度もあったわ。だけど解放されたの……解放されたのよ! やっとやっと――『私』の人生を始められるの!!」

『――――フン!』


 ドラゴンは苛立たしげに鼻を鳴らし、


『そうか良かったな。なら思う存分喜んだところで――死ね!』


 自慢の凶爪を、容赦なく振り下ろした。そのまま真っ直ぐに突き進み、リナに直撃する。

 たとえ鉄の塊だろうと抉り切る、まさに人外の破壊力を有した龍の一撃。生身の人間など、掠っただけで五体が粉砕される。

 当然幼い少女たるリナの細身など、紙細工を引き裂くも同然に――とは、ならなかった。


『な――にぃっ!? 』


 容易に切り裂くはずの爪先は、リナの体へ触れる直前、見えない壁に弾かれていた。

 むしろ反動で粉々になったのは、叩き付けたはずの爪先の方。リナの体には、かすり傷一つ付いていない。

 ドラゴンは、この現象を知っていた。


『魔力障壁だと!? だが――そんなバカな!!?』


 ドラゴンは砕けた己の爪を見て、驚愕のあまり固まった。痛覚は通っていないためダメージはないものの、精神に衝撃を与えるには十分過ぎる異常事態。

 一方リナは、ただひたすらに感動していた。

 

「おおっ!? たった一撃で三枚も破られたわ!? 理論上、全部重ねれば『天上級魔法』でさえ防ぎ切れる代物のはずだったのに、まだまだ改良の余地があるって事ね……うんっ。思っていた通りやっぱり広いわね世界! 素晴らしいわ!!」


 心底楽しそうに、世界を祝福している。

 とてもたった今、自分の何倍もの巨大な凶刃にバラバラにされそうになったとは思えない。

 そして、ドラゴンにとって聞き逃せない事があった。


『ま、待て。キサマ今”三枚も”と言ったか?』

「言ったけど?」

『それはつまり……今の強度の障壁が、まだ何枚か重ね掛けされていると?』

「ううん、何枚か――じゃないわ」


 リナは三本指を立てて。

 朝食の献立でも答えるように、気軽に言った。




「三十枚――それが、私を護る魔力障壁の総数よ。あ、今は三枚破られたから、あと二十七枚ね!」




『………………』


 今度こそドラゴンは、言葉を無くした。


(我の一撃すらも防ぐほどの障壁が…………三十枚?)


何かの冗談だろうか?

 "ドッキリ大成功!!"のプラカードを持った世界三大賢者の一人とか、そこらの岩陰からひょっこり出て来ないかなー? なんてアホな事まで考え、辺りをきょろきょろ見回してしまったくらいだ。当然、誰もいるはずがない。

 現実逃避はやめる。

 ドラゴンは背筋を寒気が覆っていくのを自覚しつつ、ゆっくりと訊ねた。


『小娘……キサマ、何者だ?』

「あれ? 聞かないんじゃなかったの?」

『あれは撤回する。さあ、答えよ!』

「えええ、我が儘だなぁ……さっきも言ったけど、リナよ。ただのリナ。故あって家名を失い、晴れて孤立無援となった、無名の魔法使いでございまーっす」

『無名だと!? バカな! その幼さとはいえ、周囲が放ってはおくまい!』

「だって私、『属性魔法』の適性が全く無いから」

『は?』


 あっけらかんと告げられた事実に、ドラゴンはぽかんと口を開けた。

 寝つく前の子供にお伽噺でも聞かせる様な口調で、リナは続ける。


「『火・水・風・土・雷・光・闇』――俗に魔力の『七大元素』と呼ばれるどれもこれも何一つとして、私は魔法適性が欠片もありませんでした。十歳未満の子供でも当たり前に使えるような『火』の初歩中の初歩、『リトル・ファイア』すら私は使えない。だから魔法の名家だった家族からはすっかりと無能扱い。結果、僅か十五歳で追放されることとなりましたとさ。ちゃんちゃんっと」

『――――!? ……それが事実ならば先の怪力、今の魔力障壁はなんだ? とても才無き者に扱える威力ではなかったぞ!』

「あ、それは大きな誤解だわドラゴンさん。私、自分の事を無名とは言ったけど"無才"だなんて一言も言ってないわよ?」

『な、に?』

「別に属性適性がなくっても、魔力さえあれば使える魔法ってあるでしょう? いわゆる『無属性魔法』ってやつ。私はそれを、とこっっっとんまで突き詰めてやっただけ」


 ――たとえば身体強化。

 ――たとえば魔力障壁。


 さっきリナが使ったこの二つの魔法は、いずれも無属性魔法の代表格。

 魔力さえあれば誰でも使える単純な魔法ゆえに、効力はたかがしれている。というのも、その強度は術者の魔力値にほぼ依存しているからだ。

 人間が保有できる魔力など、ドラゴンや精霊、神獣の類などと比べれば微々たるもの。一流の術士であっても、持ち前の魔力のみで己の何十倍もの重量を持つ巨大怪獣を軽々と吹き飛ばすことなどできない。

 そう。できない、はずだ。

 ……それでももし。




 もしもそれが、できるとしたら?




『ッ! キサマは危険だッッ!!』


 答えに思い至ったドラゴンは、弾かれたように翼を広げ、飛翔した。

 そしてそのまま上空へ。いかに身体を強化しようが、強固な障壁を持っていようが手の届かないほどの、遙かな高みへ。

 浮かび、地上へ向けて目一杯に口を開いた途端、口内に収束してゆく莫大なエネルギー。


 ――ドラゴンブレス。


 紛れもない、龍族にとって最大最強の切り札。小規模な街であれば一撃で丸ごと消滅させる、破壊の極光。

 本来人間一人に放つシロモノではない。オーバーキルもはなはだしく、そんな軽々しくブレスを放つドラゴンなどと周囲に思われれば、それこそ討伐軍がやってくる。

 だが撃つ。撃たなければならない。

 ドラゴンは、本能で直感していた。

 この相手はここで確実に――仕留めるべきだと。

 

『キサマの存在は世界に混沌をもたらしかねん! 争いの火種となる前に、ここで消えよッ!!』

「えー? もうクライマックスぅ? もうちょっと遊びたかったんだけどなぁ」


 対するリナは、あくまで気楽な調子を崩さない。

 心底から残念そうに唇を尖らせ、己に向けられている破壊の光を見上げていた。


「ま、そっちがその気ならしょうがない。そんじゃまあ……決着といきましょうかっ!!」


 少女が両腕を、天に掲げる。

 即座。その先端に、爆発的な魔力が渦を巻いて集まってきた。

 ドラゴンブレスにも劣らない――否。それすら遥かに上回る、自然の摂理すらも崩壊させるほどの、濃密な魔力の大奔流。

 それを見たドラゴンは。

 ただただ単純に、戦慄した。


『魔力嵐……だと!? ありえん!!? なんだそれはぁ!!!』


 ――大砂漠において砂嵐が巻き起こる様に、『魔力嵐』と呼ばれる現象が起こる場所がある。文字通り、嵐と化した魔力が吹き荒れる事象。

 例えばそれは、人里離れた神獣達が暮らす神秘の森だったり、空が常に雷雲に覆われた魔境と呼ばれる絶海の孤島であったり。地震や竜巻、暴風雨などと同じ様に一種の自然災害として発生するもの。

 まかり間違っても人間にどうこうできる領域の力ではない。

 なのにそれと全く同じ現象が、目の前で起こりつつある。


 ――たった一人の、少女の手によって。


(有り得ん……有り得ん。有り得んありえんアリエン――――)


 有り得なさすぎる。

 それではこの少女は、自由自在に天災を引き起こせるというにも等しいではないか。

 そんな事ができる存在を人は『**』と呼――


『なんなのだ……なんなんだ……なんだキサマァァァッッ!!??』


 半ばパニックへと陥った状態で、ドラゴンは口内に収束させたエネルギーを解放する。

 地上へ向けて一直線に放たれた極大の熱量を誇る破壊光線。たとえ射手の精神が乱れていようとも、その威力は絶大の一言に尽きる。

 直撃の必要すらない。光熱の数メートル以内に近付いただけで、人体など骨も残らず蒸発させる灼熱の具現。

 噴火した溶岩が迫り来るにも等しい状況のなか、リナは。


「これが龍の息吹ドラゴンブレス……想像してたよりすごく――キレイ……!」


 かつてない絶景に、感動していた。

 頬は紅潮し、瞳を潤わせ、何の濁りもない透き通った言葉が出る。

 視界が塗り潰されるまでに満たされる紅炎の輝き。鼻の奥まで焦げ付きそうな大気の灼ける匂いと、肉の芯までひりつくほどの熱量。

 家を出て良かったと、改めて心の底から思う。

 きっと世界には、まだまだ自分の知らない、素晴らしいものがいくつもある。


「でもごめんね。踏み潰すわ」


 見たいもの。

 行きたい場所。

 やりたい事。

 たくさんたくさん、残っているから。


「あなたをぶっ飛ばして、私は私の道をいかせてもらう。さあっ! とくとご覧なさい! これが私の最大最高最強魔法!! いっくわよおぉぉ――プラチナ・ストリームッッッ!!!」


 ――掲げられた両腕から放たれたのは、白銀にして極大の魔力砲撃。

 魔力砲は竜の息吹と正面からぶつかり合い――灼熱の光線に拮抗すら許さなかった。

 ドラゴンはその瞬間、


(あ……死んだな。これ)


 数秒後に迫る死を予感し、白銀の魔力に飲み込まれていった。




 ☆ ☆ ☆




「――なーんて。格好付けてはみたものの、実はただ私の魔力を練り上げて打ち出すだけのちょー大雑把な魔法なんだけどね。って一応解説っぽい事してみる私なのです」


 ドラゴンが目を覚ました時。

 目の前でひょうひょうとそんな事を言ってのけるリナがいた。


『…………なぜ、我は生きている。てっきり魂ごと消滅したかと思ったが?』

「いやいやそもそも私、貴方をボッコボコにしたいとは言ったけど、殺したいとは言ってないから」


 じろりと睨まれたリナは、ひらひらと顔の前で手を振った。


「っていうかあの技、実はあんな思いっきりぶっ放すのって初めてでさ。ぶっちゃけまだ微妙にコントロールしきれてないのよねー。えへ♪」

『はあッ!?!?」


 ぺろっと舌を出してとんでもない事を自白するリナに、ドラゴンは目を剥いた。


『アホかキサマッ!? あれほどの力をそんな雑に扱うでない! 下手をしなくとも地形が一変するほどの大魔法だぞッ!!?  もっと自覚をもたんかッッ!!!』

「うー……耳がキーンってするからそんな怒鳴らないでよー。そのおかげで射線が逸れて、貴方死なずに済んだんだからさー」

『ふ、ふざけ――――!?』


 あくまで軽い調子を崩さないリナの言動に激昂し飛び起きるつもりが、体はぐったりと力無く倒れたまま。


『ぬぅ!? か……体に力が入らん……!』

「ああ。直撃じゃなかったとはいえ、余波に吹っ飛ばされて天空から思いっきし地面に叩き付けられてたから、そのダメージは残ってるんじゃない? しばらくは動けないと思うわよ。とりあえず、大人しくしてたら?」

『む、ぐぐぐぐ…………!』

「さってと! あのまま放置して、この後適当な賞金稼ぎなんかに討伐されちゃったら寝覚めが悪いなぁ。と思って見守ってたけど、目が覚めたんならもう行くわ。怒る元気はあるみたいだし、後は誰かに見つかっても自力でなんとかしてよね。それじゃ!」

『ま、待て! その前に、もう少しだけ聞かせてくれ!』

「えー? まだ何かあるのぉ? これでも結構待ってたんだから、そろそろ先へ行きたいんですけどー?」

『すぐに済む! 頼むから答えてくれっ!』

「なんでそんな必死に……もぉ分かった分かった! 十分楽しませてもらったし、お礼にそれくらいは答えてあげるわ。で? なに?」 


 ドラゴンは、有り体に聞いた。


『キサマの目的はなんだ!? それほどの力を持って、この世界で何を成す!?』

「んー? 別に、何も?」

『はあ!?』

「さっきも言ったじゃない。私はただ、私の人生を送りたいだけ。行きたい場所へ行けて――やりたいことができて――綺麗な景色や凄い物を見れて――土地柄のお洒落をしたり美味しい物を食べられる。そんな生き方がしたいだけよ。世界がどうたらなんて知ったこっちゃないわー」

『つ、つまり……世界に仇成す気は、ないと?』

「ん、ない! ただし」


 リナは不敵に笑いながらサムズアップされた拳を突き出し。

 ぐりん、と逆さまにした。


「私の道を邪魔するヤツは、天使だろうが悪魔だろうが叩き潰すけどね!」

『…………そうか』

「質問はおしまい? じゃあもう行くわ。縁があったらまた会いましょ」


 立ち去ろうと歩き出すリナの背に、




『キサマ、友を作れ』




 そんな言葉が投げ掛けられた。


「むぅ、まだ何か――」


 リナはしつこいなぁ、と苛立ちも露わに振り返り、


『キサマの強大な力も、奔放に過ぎる性格も全てを受け入れ、隣を歩いてくれる強き友を。さすればキサマは、人の道を踏み外しはすまい』


 苛立った心は。

 芯のある言葉に、鎮められた。


「ふぅん、それって……ドラゴンの予言ってヤツ?」

『そんな大層なモノではない。キサマがいうところの、『人生』の先達からの忠告とでも思うがいい』

「ふんっだ! 生憎だけど、説教は嫌いなの」


 リナは不機嫌そうにぷいっと顔を背けた。

 背けたがすぐに、唇を尖らせたままドラゴンに視線を戻した。


「キライなんだけど……ま、今のは私の事を思ってくれての言葉なのはなんとなく分かったし? いちおー頭の片隅くらいには引っ掛けといてあげるわ」


 ひらひらと手を振って。

 今度こそ少女は、ドラゴンへと背を向ける。

 遠ざかるその背中が見えなくなるまで、ドラゴンはじっと見つめ続けるのだった。




 ☆ ☆ ☆




「ともだち……友達かあ……」


 森を抜け、すっかり周囲の景色が入れ替わるところまで歩いた頃、ふと口から零れていた。


「どういう感じかしらね、ソレ」


 自分の横に、気の置けない誰かが並び立つ光景。イメージしてみるが、どうにもピンとこない。

 今まで見知っている人物といえば、魔法の実力を傘に見下してくるクソ共か、エスメラルダの名前にすり寄って甘い汁を吸おうとしてくるクソ共ばかり。

 いわゆる普通の友達というものは、一度だって出来たことがなかった。

 いつか自分の隣に、そういう『誰か』が現れる時が来るのだろうか?


「それも楽しみの一つではあるけど、ま、今はいいでしょ!」


 おいおい、考えていけばいいだろう。ドラゴンに言った通り、頭の片隅に留めておくくらいでちょうどいい。

 いるかいないかも分からない誰かさんの事より、まずは自分の道、自分の人生である。

 うんうん、面白おかしく生きていれば、案外ぽっと出来るものかもしれないし。

 持ち前の楽観さを発揮し、リナは悩むのをやめた。


「それより次の街よね! 楽しみだわ!」


 森を抜け、山道を越えた先。眼下に広がる、海に囲まれた巨大な交易都市。




 大陸最大級の海上都市『ラ・モール』。




 世界のあらゆる人種、あらゆる品々が集まると言われるこの場所が、リナの旅路にとって最初の一歩となる。


 ――海の幸をふんだんに用いた海鮮料理。

 ――いろんな国からやってくる巨大な船。

 ――種々様々な珍品が集まる露店通り。


 それらが目の前に広がる瞬間を思い浮かべるだけで、胸が高鳴っていく。


「それじゃまあ……いっちょ行きますかあ!」


 意気揚々と歩き出す。

 こうして、少女の旅は幕を開けた。

 その小さな肩に、ドラゴンの言葉が重くのし掛かってくるのは、およそ半年後のこと。




 ――そして。




 東の海を渡ってきた少年に救われるのも、同じく半年後の事である。



 

 


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