帝の本心
「よし! 読み終わったわ!! ――さあシキ!」
「ほらほらボサッとしてんじゃねーわよ! つぎつぎっ!」
「あ、あんなぁお前ら……!」
手紙が読める様になった二人は、シキの顔を挟む形で、両側からものすごく引っ付いてくる。
美少女二人に挟まれたこの状況。端から見ると羨ましがられるかもしれないがこの二人、女の子というにはいかんせん押しも体力も強すぎる。
つまり正直…………大っ変に息苦しい!!
「ほらシキ! はやくはやくっ!」
「とっとと続き読まんかいっ!!」
「だあああわかったわかったっつの! だからちょっと離れろ!!」
ガウガウと耳元で吠える二人を突き放す。
この二人。やってることがまるっきり、物語を読んでもらうやんちゃな子供のそれだ。
さっきまで急に文字が見える様になった理屈がどうなってるどうなってる!? ――とうるさかったマーシャも、一度手紙を読み始めた途端、あっさりと内容の方へと気が変わったらしい。
そんなお嬢様方に急かされながら、シキは視線を先へと進めていく。
『さて、とりあえず伝えとく事は伝えたし。あと何かあったっけな?』
「理由ぅぅぅぅぅっっ!!? そもそもなんでオレを国外追放あそばされやがったのかっ。理由がまぁったくなぁんも説明されてませんがぁぁぁんっ!!?」
『ああ、そうそう。そういや、君をおんだしたワケをまだ言ってなかったっけ』
「そうそう! それだよそれ! すっごく大事!」
シキ、必死。それもムリはない。
というのも、こと帝が絡んでいるとなれば今回の一件、政治的措置である可能性が非常に高くなるからだ。
だとすれば、ただ無邪気に強者を求め歩く悠々自適な旅路――というワケにはいかないだろう。想像していた旅とは、だいぶ違うものになってくる。
それは困る。ものすっごく、困る。
それでも帝に"やれ"と言われたらやるしかないのが、大和民の悲しいところなのだが。
果たして。紡がれていた言葉は――
『特にないよん』
………………?
…………。
……。
「はあああああああああああんっっ!?!?!?」
『はあああああああああああんっっ!?!?!? とか言われても、ないモンはないよん。しいて言うなら……好奇心? 君が大陸を渡り歩いて一体どういう道筋を辿る事になるのか、とても興味があってね。こればっかりは僕の"眼"でも見通せないからさ。思い立ったらつい追放ちゃったんだよね。アハハハハ!』
「アハハハハーーじゃねええええええええええッッ!! じゃあなにかっ? オレはただアナタの好奇心だけで国を出る事になったってのか? あんまりだあああああっ!!」
『でもぶっちゃけ、大陸行けて嬉しいでしょ?』
「…………………………たしかにっ! 嬉しいけどもっ!」
『じゃあいいじゃん』
「うぬぬぬ……でもやっぱりなんか、スッキリしねぇ……!」
『ああもしかして、何か政治的な陰謀でも想像してた? "ついでに国一個ぶっ潰してこい"って言われるとか? ひっどいなぁ。いくらボクだって、そんないつでも悪だくみばっかしてるわけじゃないよー。せいぜい―――年に百八十日くらいさ』
「二日に一回は悪だくみしてんじゃん!!? 十分いつでもだよっ!!」
いかん。息切れしてきた。そろそろツッコミが追い付かない。
とそこで、
『シキよ』
「――」
唐突に、書かれた文字に込められた気の"質"が変わった。
即座に察し、口元を引き結ぶ。
『興が醒める真似はせん。キミはただキミらしく、思うままに大陸を駆け巡ればよい。ただそれだけで、キミは一つの天道を築くであろう。キミが国を出る前に告げた言葉――ああ、これを書いてる時点ではまだ告げてないわけだけどツッコまないでね?――あれは嘘ではない。キミが帰ってきた時、どれほどの漢になっているのか、楽しみにしているぞ』
それを読んだシキは。
「…………(じーん)」
とっても感動していた。眦には涙が浮かび、いまにも零れ落ちそうだ。
ただこの文章を読んで、心揺さぶられたわけではない。
たった一呼吸の、呼気の変化すら見逃さない。卓越した『見気』の持ち主である彼だからこそ、分かる。
この筆跡に込められた『気』は、澄み渡る青空よりも純粋で真摯なものなのだと。
衒った意味など何もない。これは紛れもなく帝の本心――御心そのものなのだ。
さっきまで手紙に対し、破り捨てんばかりの勢いでツッコミを入れていたというのに、今や宝物を握りしめるかのようだ。
で、それらを真横で見ていたマーシャとリナは、彼から一歩後ろに離れてから、ヒソヒソと囁き合った。
「ねぇねぇアイツ、さっきまであんな散々文句言ってたクセに、ちょっとそれっぽくいい話にされただけでマジで感動してるっぽいんだけど……どう思う?」
「うむむむ……シキってばひょっとして――――ちょろいん?」
「聞こえてんぞお前らぁっ!?」
怒鳴るシキだったが、練気術が使えない人から見ると、ただちょっと良いハナシをされただけで何もかもチャラにして感動してるちょろいヤツ……にしか見えない。
なおも生温い目を向けてくる二人に、シキは鼻を鳴らして強がった。
「ふんっ! いいもんいいもん! 帝の御心はオレさえ分かっていればそれでいいんだもんね! けっ! けっ!」
「うわぁこいつ拗ねやがった。めんどっちぃわね」
「へえ? シキってば、帝って人が絡むとすっごく子供っぽくなるのね。……うん、可愛いわよ!!」
「うん、きっと褒めてるつもりなんだろうがなリナ。一応ひとつ言っとくと――――男としてはあんまり嬉しくねぇ評価だかんなそれぇっ!?」
――そして。
ぎゃあぎゃあと騒いでいる三人の事を……いや。正確には、その中の一名の事を。
「…………」
ヒルダはただ黙って、観察するように、じっと見つめていた。




