大和の帝~天上親書ver~
まさかの帝の君、ご登場。
手紙越しとはいえ、その衝撃はこの場の約一名にとてつもないダメージを与えていた。
ようするにシキが、ガックリと膝を付いていた。
それでも手紙を傷付けないようにしているのは、忠誠心の為せる業なのか。
(どういうこった!? なんで帝がここで出てくる!? オレの追放劇には、帝まで関わってんのかよ!!?)
衝撃冷めやらぬまま震える手で手紙を持ち直し、続きを読み進める。
『この手紙を読んでるって事はだ。今頃ヒルダ嬢とご歓談のまっ最中ってことかな? まあ詰めの甘い君の事だから。どーせヒルダ嬢の話術にすっかり嵌まってあからさまな挑発に引っ掛かった挙句、読むつもりもなかった手紙を読まされてんだろーけどね。なっはっはっはっ!!!』
「ぐぎぎぎぎ……!」
歯を噛み砕かんばかりに、屈辱極まる。
これすなわち、一年前から動きを読み切られているという事実に他ならない。
――ニヶ月前、お別れのご挨拶に伺った時の事を思い出す。
こちらが出国の意を伝えると、言葉を吟味する様にしばしの熟考をされたのち、
「……止めはせん。貴殿は大和の懐刀にして一番槍。あのガロウ=ホウテンに勝るとも劣らぬ、天下無双の兵よ! より広き世界を巡り、精進を重ね、この私が見違えるほどの漢となって戻ってくるが良い!」
などとやたらすごい覇気を纏って言賜られたのも、全て演技だったってことなのでしょうかあああ!?
いやうん。正直なとこ"ありゃ? この御方にしては、やけに真面目な物言いだなぁ?"とは思ってました。ちょっと大袈裟ではあるが、特に穿った意味もなさそうな真っ当な激励だと。
これがいつもの感じだったら――
「ふーん? じゃあついでにこないだの魔法通信会合で、ここと、ここと、ここの国の対応がちょっとムカついたから、どっか一国くらいぶっ潰してきてよ。もしできなかったら帰国の許可出さないから。なんなら全部でもいいよ? 頑張ってねー」
とかなんとかかんとか。ウソか本気か分からないこと言い出されて、戦々恐々とした気分のまま旅立たねばならなかっただろう。
ともあれ、さすがに次にいつ再会できるやも分からぬ旅路ともなれば、いかにいたずら好きなこのお方も自重なされるものかと、深く考えはしなかったのだった。
そのツケがいま、回りに回って己をむしばむ事になろうとは!
(なんてこった……思わずじん……と目頭こみあげてしまったあの時の感動を返しやがれ!! マジで一体何考えてんだよあの方は!?)
容易に納得してしまったかつての自分を、いまは全力で呪う!
――とそこで。
つんつんと、誰かに肩をつつかれた。
「ああん?」
じゃっかんやさぐれた気持ちで振り向くと、リナがわくわく、わくわく、と顔に貼り付けて、ズビシッ! と己を力強く指差している。
彼女が何を言いたいのかは、その輝く眼が物語っていた。
――私も読みたぁぁぁい!!
眩しいほどに、爛々としたその目。
あまりに無邪気な瞳の輝きに邪気を抜かれ、シキの強張った気持ちも、少しだけ緩んだ。
しかし、だ。
「いや、さすがにこれは見せらんねぇよ。わりぃな」
いかにふざけているとはいえ、これは本物の天上親書なのだ。間違っても、他者の目に触れさせてはならないものである。
ところがまるでいま思い出した様に、ヒルダが言い出すのだ。
「そういえばそれに関して一つ、帝の君から言伝を頼まれていたわ。『その親書を他者に見せるかどうかは、シキ自身の判断に任せる事にする』――だそうよ」
「はあ? マジかよ」
「あら? まだ疑ってるの?」
「いや……さすがに帝ご本人に登場されちゃあ、もう疑う余地はねぇよ。ただ――」
前代未聞の出来事である。少なくともシキの知る限り、天上親書を周囲に見せた例などない。
あくまでシキの判断によるものと書かれてはいるが、事実上の容認だ。一体どういう風の吹き回しなのか。
ともあれ、そうであればリナの頼みに対し、一考の余地が生まれてくる。
(うーん、どうすっかな)
少なくとも内容的には今のとこ、間違っても国家機密なソレではない。なぜわざわざ天上親書にしてまでヒルダに預けていたのか、不思議なくらいである。
あるいは、この続きに何かあるのだろうか?
(なんだか、すごい試されてるような気がするんだが……)
主に、帝に対する忠誠心とかを。
国外に出たシキが、こういう状況でどう行動するのか、計られているような……。
「だあああもう! やめだやめっ。いくら考えたってオレに帝のお考えなんて読めるワケねーし!」
袋小路に入りそうな思考を、頭を振って無理やり停止させる。
突然声を上げたシキに周りが驚いた様子を見せるが、気にしていられない。
(とりあえずオレが先に読んでみて、まずそうなところがあったら止めりゃいいだろ)
シキはリナへ向き直り、しっかりと頷いた。
「おし。一緒に読んでいいぞ」
「ホント!? やったあああ!!」
「ただし、オレがダメッて言ったとこは絶対に読むなよ」
「オッケーマンセー!!」
承諾するとブンブンと腕を振り上げ、万歳三唱して喜んでいる。彼女には全く関係ないものだろうに、そんなに読みたかったのだろうか?
すると、さらにもう一人が身を乗り出してきた。
「そんじゃ、私も見ていいわよね」
「うえっ!? マーシャもかよ!?」
「なによ? ソイツが読んでいいなら、私だっていいじゃない」
「いやまあいいんだけどさ。こういうの興味あんの? なんか意外だ」
「はああ!? 何言ってんのっ。大和の帝! その人直筆の手紙!! そこらの金銀財宝よりよっぽど価値の高いお宝じゃない!!! それが目の前にあって興味持たないヤツなんか冒険者じゃないわ! ただのヘタレよヘタレ!!」
何気なく言った言葉に、思いのほか強い剣幕が返ってきた。
請け負ったクエストも誠実にこなしている節が見受けられるし、思っていた以上にマーシャは『冒険者』としての自分にプライドを持っているようである。
(しかしそっか。やっぱし大陸においても、帝の存在感は圧倒的なんだなぁ)
大和から離れたからこそ、彼の御方の威光を改めて実感させられる。
それはきっと誇るべき事なのだろうが、今はその威光によって弄ばれているのが自分なので、ちょっぴり複雑な気分だった。
改めて、手紙を読んでいく。
『ふふふふふ……そう、何を隠そう。今回の首謀者はこの僕だったのさ! わーびっくりですね! ぱちぱちぱちぱちっ!!!』
「さすがにそれはもうとっくに分かってんよ!!? 肝心のその先を言ってくれい!! 手紙に言っても仕方ないのは分かってますけど!!」
『うんうん、きっと今頃シキがキレのいいツッコミを入れてくれてるんだろうけど、それを直に見られない事だけが実に残念だよ。くっそう!』
「うっわ……この御方うっわ……!!」
手紙越しのクセに、本気で悔しがっている姿が浮かんでくるよう。
なんつー方だ!
『まあそれはさておき、君に一つ伝えておく事があるんだなぁこれが!』
「一つぅ? もっといっぱいありません?」
『ヒルダ嬢もそうだけど、大陸各地のお偉いさん達には「そのうち、大和からヘンなのが一人行くんでよろしくおなしゃーっす」――って知らせてあるから。別にムリに正体隠さなくっていいよん。まあ、ところ構わず言い触らされたら困るけど』
「えええ……そういうのはあらかじめ言っておくれよ。オレ結構真面目に隠し通すつもりだったのに……」
『いやいや、てゆーかシキ。荒事と見りゃあ、野猿の如くウキウキウッキーに近づいていくキミにね、正体隠し通せっつったって絶ぇっ対にムリじゃん? どーせそこでだって、ヒルダ嬢とうっかり再会して"あっヤベェッ!?"ってなってから――"まあ適当な仮面でもつけて顔隠しときゃーなんとかなんだろあっはっはっはっ!"――とかアホ丸出しな事やって遊んでたんでしょ? それから対人お化けなヒルダ嬢に即行で正体がバレるとこまで、直に見なくても手に取るよーに分かるよ』
「うがぎぐぬぬぬぬぬぬぬぬ…………!!」
読み切られている。シキのアホ行動まで全部。
歯ぎしりして悔しがっているところ――
「「おい」」
ガッシ!! と両肩を、なかなかに力強く握り絞められた。結構痛い。
振り向くとリナとマーシャが、なぜだか揃って不満げに口をへの字に曲げ、シキを睨んでいる。怖い。
「どうした二人とも? とりあえず、ここまでなら読んでもいいぞ」
「「ちがう」」
またもやシンクロ握り絞め。読んで良いと言ったはずなのに、なぜかますます力が込められる。
本当にワケが分からずシキが困惑していると、横から助け船が入った。
「二人とも、シキ君は意地悪なんかしてないわよ」
全員の視線が、ヒルダに集まる。
どういう意味かと。
「言ったでしょう、他の人が読んでも意味はないって。天上親書というのは、そういう"モノ"なのよ」
「――ああなるほど。そうか……まあ、そりゃそうだよな」
他二人は相変わらず頭に"?"を浮かべていたが、シキ一人だけは合点がいった。
おそらくこの二人には、手紙の内容が読めない。いや……もっと正確に言えば、『見えない』のだ。
彼女らにしてみれば、何も書かれていない手紙にあれこれと反応しているシキに、からかわれているのか? と感じても不思議ではない。
そして、この手紙が読める条件とはおそらく――
「うん。だったら、なんとかなりそうだな」
シキは一つ頷くと、握り締められた肩の手をするりと解き、二人に向き直った。
「少しじっとしててくれ。あと、うっかり魔法なんか発動させない様に、ギリギリまで魔力は抑えといて。万が一『反発』なんか起こったら、どエライことになるから」
「「?」」
怪訝な顔をする二人の顔に向かって、左と右、それぞれの手のひらを突き出していく。
「「ちょっ!?」」
いきなりの事に動揺する二人に構わず、シキはそのまま手のひらを彼女らの目に押し当てた。
そして――
「ほいっと」
――己の気を、流し込んだ。
「「――――っ」」
二人の体が、電流が走った様にびくんと跳ね。
「うひゃあっなにこの新感覚!? もしかして……これが練気術!!? すごいっ! 面白いわっ!!」
「っこれが"気"の感覚ってヤツなの!? 外部から強制的にその感覚を開いたってワケ!? いやウソでしょ!? 体へ力が浸透する早さが、魔法での身体強化とは比べ物にならないじゃない!! なにこれズルくない!!?」
(こいつら理解早くて助かるなぁ)
気力と魔力の違いこそあれど、一つの『力』を一定以上極めた者特有の理解度であろうか?
「そんじゃ、その状態のままもっぺん手紙読んでみ?」
二人が言われた通りにして――――同時に声を上げた。
「わああ……! 読める! 読めるわ!! へええ。帝の君って、思ったより悪戯好きな人なのね! なんだか、親近感が湧くわね!!」
「隠形術!? 練気術がないと見れないってこと!? どういう原理なのよ!!?」
「これで問題ねぇだろ? ちなみに"ソレ"、十分くらいしか保たないから。つーワケでさっさと続き読むぜー」
「ちょ、ちょっと待ちなさい!!? その前に、今の技について説明しなさいよおおお!!!」
マーシャがごちゃごちゃと言っていたが、面倒なのでガン無視することにしたシキであった。




