ヒルダ・グレーメル。
ラ・モールという国が『世界流通の要』と呼ばれる様になったのは、5年前のこと。
それまでのラ・モールは港街としてそれなりに栄えてはいたものの、大きな取引相手といえるのは大和の交易船くらいのものであり、各国が遠路はるばる足を運ぶほどの活気はなかった。
状況を一変させたのは、一人の人物。
――ヒルダ・グレーメル。
齢37。ラ・モール冒険者ギルドのギルド長を務める才女にして、『元S級冒険者』。
雷撃魔法を極め、20代の後半には数千もの魔物の群勢をたった一人で壊滅させたという、常識はずれな逸話を持つ。
それにより付いた異名は"塵雷の女帝"。
バリバリの現役真っ盛りだったにも関わらず、30の若さで突如として引退を発表。第一線を退き、後任の育成や、ギルドの経営に携わるようになる。
あまりに早すぎる引退理由は今もって不明。踏み込んで調べようとしたものは、軒並みカミナリ恐怖症になる程度に、こんがり黒焦げにされたという。
そして彼女は戦場だけでなく、教育者および経営者としてもその才を遺憾なく発揮した。
彼女がラ・モール冒険者ギルド長となったのは5年前。
当時ギルドには百人以上の冒険者が在籍していたものの、そのほとんどがD級以下の低級冒険者であり、最高位でもC級冒険者が数名いる程度の、平凡極まるギルドであった。
ヒルダは強く嘆いた。
国の規模や特徴を鑑みれば、弱小とさえ言えるその質の低さに、落胆を隠せなかった。
(これでは……ダメだ!)
すぐに改革を開始した。
まず取り掛かったのが、持て余している人員の削減。すなわち、ダメ冒険者達のリストラである。
調べたところ所属している冒険者たちの約三割が、いわゆる幽霊冒険者。名前だけ席を置き、『冒険者』の肩書きだけを身分証代わりに利用している連中。クエストなど全くこなさない、いないも同然のクズどもであった。
それはもう容赦なく、バッサとバッサとクビにした。美貌の宿敵たるお腹の贅肉を、極限まで削ぎ落とすつもりでやった。
唐突な解雇宣告に恨み節をぶつけてくる輩もいたが、一睨みしてやればすぐに黙った。それに、みるみるスッキリしていく冒険者名簿を見れば、恨みつらみの声でさえ、気持ちよいくらいだった。
それが終わったら、次に手を付けたのはシステム面――つまり運営側の見直しだ。
昇級条件の厳格化。クエスト報酬額の改善。依頼主や冒険者を初めとした、各所の情報伝達高速化――とにもかくにも何もかも、徹底的に叩き直した。
そんな感じで根こそぎひっくり返して土台から造り直した結果、平凡だったギルドの中でも比較的優秀な人材のみが残った。
人数こそ当初の半分以下にまで減っていたが、やる気のある冒険者達が、より多くのクエストをスムーズにこなせる様になり、クエスト達成の回転率はむしろ大きく上がっていった。
ギルドの評判を聞き付けた人々から、より大きな依頼が舞い込み――
――歯応えのあるクエストや十分な報酬に釣られ、腕利きの冒険者達が集まってくる。
そして彼らがクエストから持ち帰ってきたお宝の数々は交易品として店に並び、国の財政をゴックゴックと潤していくのだ。
まさに好循環の見本たるや。この目覚ましき活躍を受け、ラ・モールはかの異名を獲得するほど発展するまでに至ったのである。
ヒルダがギルド長に就任してからここまで、わずか2年。
これほどの偉業を、これほどの短期間でやり遂げた手腕に、『ギルド長』ヒルダ・グレーメルの名はあっという間に世界へと鳴り響いた。
この頃には、その権限は一介のギルド長の器に収まらず、国政に直接意見できるまでに達していた。なにせ国家財源の内訳における、実に三割近くが彼女のギルドによって賄われているのだ。国の重鎮達でさえ、彼女への対応は慎重に慎重を重ねるほどであった。
そして……それから五年の月日が経過した、ギルドの現状。
――在籍冒険者数、1027名。うち、C級以上の冒険者数、343名。
そこにもはや弱小ギルドの面影など、一片たりとも存在していない。
ヒルダ・グレーメルは、念願を成し遂げたのである。
…………とまあ、ここまでズラズラ並べ立ててきたワケだが、ぶっちゃけそのほとんどが今のとこどぉーでもよくって。
ここで重要なのは、たった一つ。
ヒルダがラ・モールという国において超重要人物であること、それすなわち――
シキの正体を知っている可能性が、ひっじょおおおおおに高いという事である!!!!
☆ ☆ ☆
「さて、それではさっそく話を聞かせて――と、言いたいところなのだけれど……」
案内されたギルド長室にて。
部屋の長たるヒルダが、自身の座である、質素な色合いながら光沢や香りから相当な高級品である事が覗えるイスに腰掛け、口火を切ろうとした。
……が、どうしても気になる異物を前にしては、さすがの歯切れも悪くなるらしい。
不審人物を見る目そのもので、ヒルダは尋ねた。
「そこの彼はなぜ……さっきまで被っていなかったお面なんて付けているのかしら?」
マーシャとリナに挟まれる形で立っていた少年の顔には、ヒルダのイスとは比較にもならないほど安っぽい、オモチャのお面が付けられていた。
問われたマーシャは、心底どうでも良さそうに、一言だけ発した。
「さあ?」




