到着。ラ・モール冒険者ギルド!
「ぬぐぐぐクッソォ……ここんとこツイてない。もしかして誰かに呪いでも掛けられてんじゃないでしょうね?」
いかにも厄が溜まっていそうな重い溜め息を吐いたマーシャ。
彼女が身だしなみを整えた頃合いを見計らって、シキは尋ねた。
「んで? 結局北の何が気になったんだ?」
「む……別に、もういいわよ……ったく私の勘違いに決まってるわ。まさかこんな変態がそんなワケないし(ブツブツ)」
「?」
なにやらブツブツと言っているマーシャに首を捻りつつも、シキはまあいっか、とあっさり興味を失う。もとよりさほど気にしていたわけでもなし、もし知りたくなったら後からでも調べればいいという前向き思考のなせるわざ。
――と、そんな事を考えているうち。
「まったくもう!」
「あっ、おい!」
ムスッと鼻を鳴らした赤毛の少女が唐突に歩き出したので、慌てて追いかける。
「まーたいきなり歩き出して、どこ行くんだよ?」
「決まってんでしょが。当初の目的地、アンタもお望みの場所!」
さっさと歩き出した赤髪に覆われた背中に向かって問うと、振り返りもせずに答えが返ってきた。
そこまで言われれば、そのあとに出てくる名前は決まっている。
――シキの瞳が期待に染まり、
そしてマーシャは、期待通りの言葉を口にした。
「『ラ・モール冒険者ギルド本部』よ! これ以上寄り道させられてたまるか!」
☆ ☆ ☆
「ほら、アレよ」
「おお! アレが!」
「ええ! アレが!」
マーシャが顎で示した先に見えた建物を見て――
「「『ラ・モール冒険者ギルド』だあああああ!!!」」
往来の街中。ハイテンションな二人の子供の声が、その中心から響いた。
彼らの眼前にあるのは、木材と石材の双方を駆使して造られた、横幅三十メートルほどもある三階層の建物。
年代を感じさせるその建物は決して豪華なソレとはいえないが、戦場の傷跡を覆い隠すように幾重もの改修跡が見受けられ、独特な風格を纏っている。
「さっそく入ろうぜ! マーシャ」
「ええ! ええ! 早くいきましょマーシャ!」
待ちきれない! とばかりに胸を弾ませ、ウキウキとマーシャを急かす二人。
だが彼らの心情と鏡合わせにするかのごとく、彼女の視線は雪山の氷柱よりも冷え冷えとしていた。
「言われなくても行くわよ。でもその前に一つ言わせなさい」
そして彼女はずかずかと。二人のうち一人の前に仁王立ち――
「な・ぜ・キ・サ・マ・が・こ・こ・に・い・る?」
こめかみに青筋を浮かべ、白銀の少女――つまりはリナの頬を、ギリギリと抓りあげた。
餅の様に白い頬肉がびよーんと伸び、リナは涙目になった。
「いったーい!? べつにいーじゃない減るもんじゃなし!」
「減るのよ! 主にわたしの、なんつーかこう、数値化できないアレがね!」
耳元まで口を近づけ、何一つ具体性のないことを叩き付ける様に怒鳴った。
「アンタみたいな変質者、本当なら警備隊にでも突き出してやりたいとこだけど、あいにく先日私もやらかしててあいつらとは関わりたくないのよ! 運がよかったわねさあ失せろ!」
「やだぁー! 私だって冒険者になりたくて、でも場所わかんなくてギルド探してたんだもーん! そしたら二人が行くって言ってるからこれ幸いくっけっけっけ――って後をついてきただけなのにー! ここまで来たら、せっかくなんだからいいじゃーん!」
「いいやダメだ! 私の冒険者としての勘が言っている! アンタと一緒にいるとたぶん、よくわからんが、なんかろくでもない事になるってね!」
「うわーん! 私いま、パワハラじみたものすごい言いがかり付けられてるー!?」
ギャースギャース!
フンガ―フンガ―!
「……おーいお二人さーん。まだ続くようなら、俺一人でいっちゃうぜー?」
せっかくのギルドを目前に、騒ぎ立てる二人。
もういっそあれらアマゾネスはほっといて、こっそり自分だけ入ってしまおうかとシキが思い始めた時―――
「ずいぶん遅かったわねぇ? マーシャ・エルレイン?」
聴いただけで背筋を正してしまいそうになる、威厳に満ちた声が、瞬く間に場を静めた。
騒いでいた二人がピタッと止まり、静寂に包まれた空間を――ギィ、と。木の軋む音が割る。
ギルドの入口から、一人の妙齢な女性が姿を現した。
「うっげ……」
リナから手を放したマーシャが腹の底からイヤそうに呻く。
それもそのはず。なぜならその人物こそ、今彼女が最も会いたくない人物であると同時に、今彼女が最も会わなければならない人物であるからだ。
――女性を知る者は、彼女の事を魔女と呼び。
――またある者は、彼女の事を堕天使と呼んだ。
黒衣に身を包んだ、その女性の名は――
「ギルド長――ヒルダ・グレーメル……」
「はい、よくできました。朝一番に来いと伝えたはずなのにこんなに遅れるなんて……もしかしてすっかり忘れてしまったのかと心配していたわ」
ギルド長と呼ばれた女性――ヒルダはニッコリと柔らかい笑みを浮かべ、覚えの良い生徒を褒めるかのようだ。
しかし、その目が全く笑っていない。
さしものマーシャも怯み、目をそらしてしまう。
「さて……それじゃあさっそく、私の部屋で話をしましょう――横にいる二人も、一緒にね」
「ええ!? こいつらもぉ!?」
「ええ。貴女が遅れた理由には、その子達も関わっていそうですからねぇ?」
「ぐむ……っ」
口元だけ微笑んだままジロリと睨みつけられ、マーシャは口を閉ざす。
「――――では、行きましょうか」
最後にちら、とシキへ視線を向けてから、ヒルダは建物の奥へと入っていく。
颯爽とした後ろ姿を渋い表情で眺めていたマーシャであったが、やがてため息を一つ。
「はぁ……仕方ないわね。ギルド長がああ言ってるし。アンタたちも来ていいわよ」
「うわーい! やったあああああ!」
バンザーイ! と喜びをあらわにするリナ。
もちろんシキも喜んで――いなかった。
「シキ? どうしたのよ?」
「…………」
案山子のように突っ立っている彼にマーシャは声を投げるが、応答なし。
不審に思って近づき、顔を覗き込んでみると……
「うわっ!? なにアンタ、その汗!?」
真夏の炎天下に雪だるまを置いておいたらこうなるかな? というくらいに、ダラダラと全身冷や汗をかいている少年がいた。
視線も定まっておらず、打ち捨てられたカラクリ人形のように、どこか虚ろ。
そんなカラクリシキは、顎をガクガク震わせながら、口を開く。
「ま、ままま、まーしゃ……」
「な、何よ?」
「ああ、あの人が、ぼぼぼ、冒険者ギルドの、ギギギルド長、なのですか?」
「…………そうよ」
なぜ敬語? とマーシャは思ったが、口には出さなかった。
その瞬間――
「ぬっっっがああああああああああぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁマジかよおおおおおおおおおおおおぉぉぉぉぉ!!??」
まさにカラクリよろしく、シキが暴発した。
具体的に言うと、頭を抱えてそこらじゅうの地面を転げまわった。
無関係な通行人達が、とっても迷惑そうだった。




