A級冒険者でも変態は怖いんだなぁ。byシキ
――場の空気が、変わった。
マーシャを中心として、徐々に徐々に、大気に熱が満ちていく。
その髪先からは火の粉が散っており、魔力の高ぶりは誰の目にも明らかだった。
ただそれは、昨日の戦闘時に比べればずいぶんと静かなもので、戦闘態勢――とまではいかないのかもしれない。それでもかなりの緊張状態にあるのは間違いなかったが。
シキは、いましがたの会話を振り返る。
彼女が反応した言葉はたしか――
「北……? 北がどうかしたのか?」
「アンタは黙ってなさい。シキ」
尋ねてみても、バッサリと切り落とされる。
今、彼女の意識は、そのすべてが眼前の白銀の少女へと向けられているようだ。
「リナって言ったわね? その話……少し詳しく聞かせてもらうわよ」
あくまでも淡々と……淡々と告げながら。
リナに対し、マーシャは一歩一歩、ゆっくりと近付いていく。そうして縮まった距離は、彼女の剣の間合い。
例の魔剣は今その身に帯びていない……ように見える。だがそんなことは関係ない。
――距離や時間を無視して、所有者の意思一つでいつでも抜き放てる――アレはそういう類の代物だ。
自らの主を自らの意思によって選別する、剣の形をとった魔性の『生物』。それこそが、魔剣が魔剣たるゆえん。戦闘時でもない普段は、主の負担とならぬよう、その姿を消している。
つまり、まだ完全なる戦闘態勢ではなくとも、その気になれば瞬時にそうと意識を切り替えられる距離感まで詰め寄ったのだ。
これだけ状況を整えたうえで、一挙一動も見逃すまいと、戦場さながらの観察眼にて凝視している。その相手は、身体強化の魔法が使えるらしき変態という事を除けば、ただの華奢な少女である。
傍目には、まさに蛇がカエルを睨み付けているようにしか見えない。
そして、そんな視線に晒されている方はといえば、
「…………」
プルプルと体を震わせ、目を伏せていた。
口元からは「ハァ……ハァ……」と、心を落ち着かせるためか、深い呼吸音が聞こえてくる。
仮にもA級冒険者たるマーシャからの圧力だ。いかに天真爛漫なリナであっても、恐怖に体が震えているのだろう――――と、普通ならそう見えるのだろうが……
シキは何やら、妙な予感がした。
(んん? こいつまさか……?)
さすがにちょっと、半信半疑。
だがその予感が現実へと変わるまで、ほんの数十秒とかからなかった。
「す――――――――――く――――イ――」
「……あ? よく聞こえないわ。言いたいことがあんなら、もっとハッキリ言いなさいよ」
息遣いに混じったリナのつぶやきに、マーシャがやや苛立ったように促す。
すると、リナの震えがピタッと止まり。
辛抱たまらずと言わんばかりに、その顔が跳ね上がる。
そうして見えた少女の顔は――
「すぅっっっっっっっっごくキレイね貴女!!!」
輝かんばかりの、喜色一面。
「…………………………は?」
予想外すぎる反応に、マーシャの口から間抜けな声が漏れた。
おかしい。これ……間違っても恐怖に怯える人間の顔じゃない。だってどう見ても喜んでいる。
いやいやおかしい。威圧されて喜ぶ生物など、ドM以外に存在しないのは世の常識であろう。
表情もさることながら、こいつが口走った内容も、どう考えてもおかしい。
いったいこの状況で、何がどうしたらそんな言葉が出てくるというのか。
その答えは、リナ自身によって解き放たれた。
「それよ!」
ずびしっ! と。
リナは力強く指し示した。
――マーシャの体から舞い散る、紅い魔力を。
「火花だけで分かるっ! 火属性の魔法使いなんて腐るほど見てきたけど、そこまで研ぎ澄まされた深紅色なんて初めてだわ!! まるで宝石みたい! すごい……本当にキレイだわ貴女!!!」
「?…………あー……?」
はしゃぐリナを目前に。
マーシャは頭痛を堪えるように、額に手を置いて考える。
(え? つまりなに? こいつは自分に向けられる敵意や害意なんかの圧力よりも、私の放つ魔力を見た喜びの方が大きかったってワケ? ただ、見た目がキレイだってだけの理由で?)
…………。
「アンタ…………………………頭大丈夫?」
いたって。心底。真剣に。
マーシャは相手の正気を心配した。
しかしリナは何一つ構わず、エンジン全開で攻撃力を上げてくる。
「ねえねえねえねえ、貴女マーシャっていうのよね? その火の粉舐めてみていい? いいよね? ついでに髪の匂いも嗅がせてよっ! ハア、ハア……!」
「は、ハアアアァッッ!?!?」
ワキワキと手のひらを動かし始めたリナに、マーシャは怯えたように――いや。はっきりと怯えて、自らの体を掻き抱いた。
ついで、顔を真っ赤にさせて叫ぶ。
「ふ、ふふふざけんじゃねぇわよんなこと誰がさせるか!! ぶち燃やすわよっ!!!?」
……ジリジリとにじり寄る変態と、こわばった顔で威嚇しつつ後ずさるA級冒険者。
ここに攻守は完全に逆転していた。
「フゥゥゥ……フゥゥゥゥゥ……! ――ダメッ! もう我慢できないっ! リナ……いっきまああああああああああす!!!!」
「ウッッギャアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアッッッ!?!?!?」
いよいよ飛び掛かってきたリナから、乙女にあるまじき悲鳴を上げながら逃げ出すマーシャ。
「…………なるほど」
全てを見ていたシキは、一つの悟りを得た。
「これが――――『百合』ってヤツか!」
「ちがうわボケェェェェェッッ!!? アホなこと言ってないで助けなさいよおおおおおっっっ!!!」
しみじみと頷いていたら、襲われている方からめっちゃ怒られた。
シキはえー? と唇を尖らせる。
「だってさっき――『アンタは黙ってなさい(キリッ)』――って言ったじゃん? だからもう最後まで、生暖かく見守っててあげようかなー? って」
「お菓子! お菓子買ってあげるからあっ!! ――ってギャアアアアア捕まったあああああ!?!? ぐぬぬ……! こ、こいつマジで力……つよ……!!?」
「――――む……ふ、ふふふふ甘いな。そんじょそこらのお子様じゃないんだから。生クリームとフルーツがふんだんに乗っかったフワッフワなケーキでなんて釣られてやんねーぞー?」
「コノヤロオオオォォォォォ!? 三段重ねで買ったるわあああああッッッ!!!」
「よしきた! まっかせろ!」
――こうして変態は、参戦してきたシキに羽交い絞めにされたのち、マーシャによる渾身の拳骨を食らって退治された。
「わ、私としたことが……また……障壁、を…………」
なにやら言い残しながらうつ伏せにぶっ倒れるリナを前に。
「ぜぇぜぇ……はぁはぁ……!」
絶妙に着衣が乱れ、赤ら顔でへたり込むマーシャは、控えめに言っても目に毒なアレだったが、シキは気にせずその方に手を置き、言った。
「そんじゃ、ケーキよろしく♪」
「……………………」
マーシャはがっくりと項垂れ、己の厄日はいつだったかと、本気で考えるのであった。




