白銀来たりて
通りすがりの変態少女――リナと握手を交わしたことで、ようやく落ち着いて相手を見ることができたシキは――驚きに目を見開いた。
変態顔が収まった彼女の素顔は意外と――いや、かなり――
(んん? あっれぇ? コイツもしかして……めっちゃくちゃ可愛いくない?)
――新雪のごとき白い肌に、宝石のように陽光を煌めかせる白銀の長髪。端麗に整った相貌に淡く輝く銀色の瞳が、ある種の幻想的な雰囲気すら漂わせていた。
まさに白銀が人の形を取ったかのような容貌。黒目黒髪が大半な大和人では、まずお目にかかれない色彩だ。
そのうえ着ている服まで白を基調とした、いかにも活発そうなヘソ出し半袖シャツにショートパンツというものだから、遠目からなら本当に全身真っ白けっけに見える事だろう。
見慣れない風体とはいえ、この子が掛け値なしの美少女であることは誰に聞くまでもなく理解できる。
年齢はおそらくシキと同じくらいだろうが、その幼さをして十分『美人』と表現できるほどの魅力を備えていた。もしも道端ですれ違っていれば、それこそ見惚れて振り返っていたかもしれない。
……そしてそれだけに、実に残念極まる。
こんな変態的な出会い方などしていなければ、リナに対する評価は一変していただろうに。
そんなわけでシキは、彼女が何者だとかどうとかより、いの一番に気になっている事をまず尋ねることにした。
「それで、どうしてお前いきなり人様に痴女してきたの? そういう性癖持ちなの? だったらもう、しょうがないとしか言いようないけど」
今も道場にいるであろう、天も憚るほどに我の強すぎる女性陣を思い返す。
彼女らからシキが学んだ教訓とはまさしく――『触らぬ神に祟りなし』。である。
そういうもんはそういうもんなのだと、さっさと納得した方が身のためなのだと思い知らされた。色々と、ほんっとうにいろいろと。
だからまあ、リナもてっきりその類のアレなのかと思ったのだが、意外や彼女は不満げに頬を膨らませていた。
「そうそうそれがさぁ! ねぇねぇねぇねぇちょっとぉー聞いてよぉー!」
「痴女は否定しないのね……」
マーシャが目を細めて呆れていたが全く気にせず、もはや親友のような距離感でリナは喋り出す。
「私ね私ね! 数日前に家を追い出さ――――飛び出して旅に出たの!」
「おお奇遇だな! 俺もつい最近旅に出たばかりなんだ!」
「ええっ!? そうなの!? すっごい偶然ね! お互い頑張りましょっ!!」
「おうよっ!」
なんだかシンパシーを感じた二人は、笑いながらイエーイ! とハイタッチを決めた。
さっきの最低の出会いからいきなり謎の仲の良さを発揮する二人を、マーシャは白目で見ていた。
「それでね! せっかく旅に出たんだから、世界の珍しいものがいっぱい見たくってこの国に来たの! 世界流通の要と言われてるここなら、素敵なモノがいっぱいあるかと思って!」
「わかるわかる! 世界に出たからには、今まで見たこともない珍しいモンと出会いたいよなぁ!」
「でしょでしょ! そうしたらなんと今、一年に数えるほどしか来ないっていう、あの大和国からの交易船が来てるって聞いてさ! 居ても立ってもいられなくなっちゃって、港まで猛ダッシュで行ってみたの! はぁ……そぉしたらさー」
それまで絶好調で捲し立てていたリナの語気から、明らかに覇気が抜け落ちる。
がっくりと大げさに肩を落としてまで、いかにガッカリしたのかを表そうとしていた。
「『関係者以外は決して近づけることはできん!』って、ずらっと並んだ警備隊の人達にずいぶん強く止められちゃって、結局かなーり遠目から大和船を眺める事しかできなかったのよ。確かにあの船はすごかったけど…………ちぇっ! もっと中にいる人達を見たかったなーって!」
「あー……まーそりゃ、しょうがねぇわな」
大和からの交易船。
この船が運ぶのはただの貿易品のみにあらず。政治的価値が強い物も、大量に積み込まれている。
たとえば国家問題に関する文書――たとえば各国主への贈答品――時には交流を深めるための人材すらも。
年に数度のみであるこの船の到着は、大陸の各国からしても大きな意味を持つ一大行事なのだ。
つまりは一歩間違えれば戦争にさえ発展しかねないやりとりを、この交易船を軸に行っているといるということである。誰とも知れないただの一般人など、間違っても近づけさせるわけがない。
面積だけ考えれば極東の島国と侮られてもおかしくない大和であるが、かの国土にしか生息しえぬ資源・生物・技術はたくさんある。いうなれば練気術とてその一つである。
つくづく、思う。
(良くまぁ、オレの出国を帝が許可したよなぁ)
あの師匠が口利きをしたとしても、易々と許されることではないはずだ。きっと相当な条件を付けられただろうに、シキ本人には何も知らされていない。
一体、二人の間にどんなやり取りがあったのだろうか。
それだけはずっと、頭の隅にしこりとして残っている。
(ま、今考えてもしょうがねぇか)
こうして己がここにいる以上、帝の正式な許可が下りたのは間違いないのだ。ぐだぐだと悩んでいても楽しくない。
それより今はリナの話の方が楽しそうだ。
「そんでいっそのこと、警備隊の人達をぶっ飛ばして強行突破しようかとも思ったんだけど……」
「そいつはやめとけ」
――途端。シキの目付きが、真剣なものへと変わった。
諌めるように優しく、リナの肩をポンと叩く。
「命がいくつあっても、足んねーからさ」
「むぅ……心外ね。私が警備隊なんかに負けるって思ってる? こー見えて、私強いんだからね!」
「違う違う、心配してんのはその先だよ。お前……何もしてないよな?」
「……うーん? よく分かんないけど、結局何もしなかったよ? 着いたばかりの街を追い出されるのも嫌だったし」
「うん。なら、いいや」
ほっと息を吐きながら、リナの肩から手を離す。
さっきも言った通り交易船の重要度は国際級。つまり、それを護衛する連中も最高峰であってしかるべき。
――『本道場最上位級』が十名。その一人一人が『一軍』に匹敵すると言っても過言ではない、規格外の超化け物ども。
なんとなれば、冗談抜きにそのまま戦争をおっぱじめられるくらいの一大戦力だ。怪しい者がのこのこ彼らの間合いに近付いた瞬間、問答無用で消しずみ確定。
触らぬ神にたたりなし――である。
「だけどそのせいでとぉっっってもフラストレーションが溜まっちゃって諦めきれなくてさぁっ!! どっかそのヘンほっつき歩いてる大和人はいねがぁーって探し回ってたら……あら偶然。まさかホントにいるんだもん。やっぱ私もってるわあああっ! ――って思わず舞い上がっちゃって」
「ついつい、変態しちゃったと?」
「いやぁー驚かせちゃってごめんねー? 今は反省してます――――ほんのちょぉっとだけ……」
「うん。つまりぜんっぜん反省してないって事だよな?」
シキはジト目になって肩をすくめる。やっぱりだ。しょうがねぇもんは、しょうがねぇのである。
「…………(じーっ)」
「ん? どした?」
なにやらリナが意味ありげにシキを見つめてくる。さっきの変態的な視線とは、別のようだが……。
「ねえ、一つ確認したいんだけど……キミって大和国から、今港に停まってるあの交易船に乗って来たのよね?」
「ん? おう、そうだけど?」
「やっぱり!!? だったらもしかして……キミの口利きがあれば、船内に入れたりしないっ!?」
「あーワリーけど、そりゃ無理だ」
期待に目を輝かせるリナに心苦しさを感じながら、シキはキッパリと否定した。
「一度船から離れて許可証もなくなった以上、オレももう『部外者』扱いだからな。一緒に行ったところで怪しい奴が二人になるだけさ」
――大和とラ・モールを結ぶ『乗船許可証』には、二国間の術を組み合わせた、特殊な術式が練り込まれている。
これにより、正式な持ち主以外の者には触れる事もできなくなる。さらに持ち主が船から一定以上の距離、あるいは時間を離れると、自動的に消滅する仕組みだ。交易船では乗船客の一人にいたるまで、厳密に管理されている。
だからこそ、それを持っている限りは乗船客として見なしてもらえる。たとえば、少し船から離れて港の辺りにある出店を見て回る――くらいなら問題なくできる。
だが入国手続きをして門を潜るとなれば話は別だ。まず確実に許可証は消滅。完全に降船扱いとなり、もう船には戻れない。
いくら顔見知りが乗っているとはいえ、そんなぬるい理由で容赦をしてくれる連中じゃないから、近づけばリナ諸共攻撃されるのがオチだろう。
「そーなんだー……ちぇっ! ざーんねん」
リナはていっ! と道端の小石を蹴る。その際、背中までまっすぐに伸ばされた銀色の髪がサア、と揺れた。
それを見て、シキとしては逆に聞いてみたくなる。
「そういうお前は、どこから来たんだ? この街の連中とは、ちょっと違うっぽいけど」
「え? ああそうね。私は…………」
その一瞬――それまで天真爛漫そのものだったリナの表情が陰る。
それにシキはすぐに気づいたが、どういう意味かはまでは分からない。
そして深く考える前に、リナはそれが嘘だったかのように、パァッと表情に花を咲かせた。
「ここから北にある国から来たの! この髪と目は、北の地域の特徴なのよ!」
「…………そっか」
その殊更明るく振る舞うような声を前にして。
なんていう国? とまではさすがのシキも聞けなかった。
だが、それで。
「ちょっと待ちなさい。北――――ですって?」
――鋭い声。




