正体明かして……?
「……それ、どういう意味?」
「どうもこうも、そのまんまの意味だよ」
問いを受け、マーシャの瞳に剣呑な色が宿る。それに気付きながらも、シキは先を続けた。
「昨日からさ。なーんか妙な気を感じてたんだ。具体的に言うならお前とあのグランって男がやり合ってたあの時、あの場所。オレの良ーく知ってる特殊な気配が二つ存在してた」
「特殊な気配?」
「神族に連なる者達だけが放つ独特の気配だ。大和じゃあ俗称として『神気』って呼ばれている類のな……そしてそのうちの一つが何かは、言うまでもないだろ?」
シキはすっと顔の前に二本の指を立て、ゆっくりと時間を掛けて一本を折る。
二つの気配のうち一つは、グランの権能によるもので間違いあるまい。であれば、残るもう一つは?
「疑わしいヤツなんて他にいなかったから、おかげでしっかりと集中して観察できた。お前もうまーく隠してたけど、最後の大技。アレを撃つその一瞬だけ、ほんの僅かに漏れ出してたぜ? 火の粉が舞い散る中に紛れた、紅の神気」
「――――」
マーシャは何も答えなかったが、わずかに息を飲んだ音がした。
「あと、確信したのは宿でお前と再会した時だな。仮にも『権能』の一撃をモロに食らって、たとえどんだけ頑強だろうが、人間がそう簡単に回復できるはずがねぇんだよ」
あのグランという男はろくに使いこなせていなかったみたいだが、それでも権能は権能。紛う事なき、神の一撃と言うべきもの。
それを生身の人間がまともに受けて生きてるだけでもおかしいのだと、シキは言う。
言いながら彼は、昨日の戦いの後、マーシャが倒れ掛かってきた時の事を思い出していた。
乱れた心音――死人じみた顔色――掻き消えそうな息遣い――全てはっきりと覚えている。
間違いなく、あの時マーシャは、生きるか死ぬかの瀬戸際だった。
「だってのにお前、たった数時間程度でピンピンしてオレの前に現れやがって。もちろん高等な回復魔法なりを使ったんだろうが、それにしたって有り得ねぇ」
「ふん……魔法についてよく知らないって言ってたワリに、えらくハッキリと断言するじゃない。アンタが知らない高度な回復魔法があるとか思わないワケ?」
「ああ、もちろんそういうのもあるだろな。でも関係ねぇよ」
「なんでよ?」
「『権能』で受けた傷には魔法――いや。練気術や霊術含めて、それが人の業である限りどんな治癒術だって効かないからだ」
――神の御業に触れるべからず。
まるで人の穢れた手を拒むが如く。
権能により受けた怪我は、その傷の大小を問わず、あらゆる治癒術が効果を発揮しない。
「まあ、全く効かないっつったらちょっと言い過ぎだけど。正確に言えば効果はある。ただし本来の性能の一割にも満たない程度に――だがな。全身ボロボロな半死人を一瞬で全快させられる強力な回復魔法だって、かろうじて一命は取り留めるってくらいまで威力は激減するだろうよ…………もしそこに、例外があるとしたら答えは一つだ」
残った指が、折り畳まれる。
権能への耐性を持つのは、同次元の高みにいる存在のみ。
すなわち――
「オレはお前が『眷属』。あるいは『御子』。またあるいは『現人神』――そう呼ばれるような、神に連なる存在なんじゃないかって、そう思ってるんだが……どうだ?」
……………………二人の間を、乾いた風が吹き抜けていく。
長い、本当に長い沈黙が続いた。ただそれはマーシャに返答の意思がないというより、どう答えるべきかを悩んでいる時間に思える。彼女がこの手の話をあいまいに誤魔化す性格ではないと、短い付き合いながらシキはマーシャの人物像をそう捉えていた。
だから答えを急かすことはせず、ただ待つ。
そして数分が経過した後――
「んー……っ」
おもむろにマーシャが頭を抱え、
「あー……っ」
グネグネと体を捻って身悶え、
「んがーーーーっ! もおおおおおおおおおおおおおぉぉぉぉぉっ!」
なんか唐突に、天に向かって叫び出した。かと思えば、すぐにガックリと項垂れている。
(新手の宗教儀式ですか?)
そんな事を考えてシキが見ていると――
「――――――――でよ」
「へ?」
「誰にも、言わないでよ」
ものすっごく恨めしそうな半目の表情で、ジトーっと睨み付けられた。
それは事実上の、肯定である。
シキは軽く頷いた。
「ああ、まあ、お前がそうしてくれって言うならそうするよ」
「絶対よ?」
「お、おう」
「絶っっっ対によ? もし言ったらブチ燃やすからね!」
「…………そこまで言われると逆に言ってみたくなるなぁ(ボソ)」
「ああ!? なんか言った!?」
「ナンデモゴザイマセン」
それでもまだ半信半疑な様子のマーシャだったが、やがて深々と観念の溜め息を一つ吐いて、つまらなさそうに……本当につまらなさそうに、口を開いた。
「……娘なのよ」
「うん?」
「永遠の炎を司る業火の女神『レ―ヴァ』。私はその、実の娘よ」
「……………………んん?」
観念したマーシャの自白を受けたシキは。
ちょっとボタンが掛け違った子供の様に、小首を傾げた。
「……むすめぇん?」
「うん」
「えーっとぉ……育ての親とかじゃなく、血の繋がりのある、実の親子ってこと?」
「そうよ」
「うっげぇ……マジかよぉ」
シキは眉をしかめて天を仰いだ。
彼としてはもう少し離れた親族的な関係を想像していたのだが、まさかまさかの肉親ときた。
たしかに。何を好んでか、人に紛れて生活している物好きな神もいる。だがそれはかなり例外的な存在であり、本来こんなホイホイと出逢えるものではない。
いや、それを言うならば、権能者や付喪神だって同じような事を言える。
にも関わらず、まだ大陸に到着して丸一日と経っていないというのに、もう三人も神に関わる者達と出逢ってしまった。しかも、今度は神族そのものだという。あくまでマーシャの言葉をそのまま信じるのであれば、だが。
(ただの偶然――なワケねーよなぁ……一体全体この街で、何が起こってんだ?)
背筋がむず痒いというか、どうも面倒事の匂いがする。有り体に言ってキナ臭い。
神々が一所に集う事象にいくつか心当たりがないでもないが、そのどれ一つとっても厄介事でしかない。
頭を抱えるシキを、マーシャは不思議そうに見つめていた。
「何イヤっそーな顔してんのよ。私が神族だったことがそんなに不服?」
「ああいや、まあなんだ……柏手打って拝みましょう――なーんて崇めたくなるほどのご利益はなさそうだよな。チンピラじみた言動とか」
「やっかましいわ!!? 人の性格つつくんじゃないわよっ!」
「ってかお前、純血の神族にしちゃいくらなんでも気配が薄すぎねぇか? 隠してるにせよ、それもうただの人間とほとんど変わんねーじゃん」
「うぐ……う、うっさいわねぇっ!? こっちにも事情がってもんがあんのよっ! これ以上詮索すんなら燃やすわよ!!」
「ふーん……まあいーけどさー」
怒れる猛犬もかくやの勢いでウガウッ!! と吠えられた。どうやらこれ以上話してくれるつもりはないらしい。
シキとしてもこれ以上ムリに聞き出すつもりはない。正体を明かしてくれただけでも良しとしよう。
――なんて、油断していたものだから、
「はあはあ……んで? アンタは?」
「へい?」
「へい? じゃないわよ。こっちが正体明かしたんだから、そっちの正体も教えなさい。絶対ただの無名なクソガキじゃないでしょアンタ」
「あー……」
この切り返しに、少し困ることになった。
そういえば昨日のグラン相手にも、同じようなことになった気がする。荒くれっぽい脳筋かと思えば、相手の心理的に嫌な部分を突いてくるのが上手い。
冒険者って連中はみんなこうなのだろうか?
さておき。とりあえず一回、とぼけてみる。
「名前ならもう名乗っただろ? シキ・テンリュウっす。よろしくー」
「わざとらしくすっとぼけてんじゃねぇわよ! 名前じゃなく正体名乗れっつってんだわ。大和人って連中がどんな戦闘民族だか知んないけどね。そん中でもアンタが普通じゃないって事くらい分かるっての!」
「うーん……」
眦を吊り上げたマーシャに詰め寄られ、シキは腕組みをして考える。
さて、なんと答えたものだろうか?
正体を明かすことを禁じられているわけではない。師匠に言われたのはあくまでホウテン流を名乗るなという事だけ。大和で何をやっていたとか、それを話すことまでは禁じられていない。
とはいえそれを話せば、結局それはホウテン流を名乗った事になるも同然だろう。今のシキの立場がどうあれ、あまり軽々しく言い触らすのは好ましい行いではない。
それに自分としても、大陸で名を上げるにあたり、大和での肩書が先んじて広まってしまうのは少しばかり面白くない。
ここにはあくまでも己自身――『シキ・テンリュウ』を試しにきたのだから。
別にマーシャの口が緩いとは思わないが、周囲に漏れる可能性は少しでもなくしておきたいところだ。
……とはいえ、マーシャの言い分も分かる。
シキとしては彼女の意思に任せたつもりだが、本来隠しておきたかったであろう重大な秘密を聞き出してしまったのは事実だ。
ここでグランの時と同じように「ないっすー」の一言で済ませてしまうのは、確かに少々義理を欠くかもしれない。
――となると。
「……大和に本道場ってモンがあることは、さっき話したよな?」
「? ええ、そりゃ覚えてるけど。武闘家どものお化け屋敷」
「どういう覚え方してんのお前? まあいいけどさ。オレはその本道場の中でも、特に有名な流派での首席だったんだよ」
「ふんふん、それで?」
「以上です」
マーシャがあからさまに不機嫌顔になった。
「……結局正体を明かすつもりは、ないってこと?」
「嘘はついてない。ただ義理を欠かない程度に答えるとしたら、この辺が落としどころかなって。そっちに色々あるように、こっちにも事情があるんだよ」
そのまま、少しの間睨み合って――
「――チッ! あーもうなによこれ、結局ほっとんどなんも分からないじゃない!」
舌打ちしながら、マーシャから顔を背けた。
不満そうに唇を尖らせつつ、横目で恨めしそうな視線をシキへと送っている。
「せめてアンタの正体がわかっていれば、こっちとしてもこれからの立ち回りがやりやすくなるかと思ったってのに……とんだ時間のムダだわ」
「立ち回り?」
「ギルド長とか警備隊の取り調べとかによっ!」
「ああそういう事か。べつにそっちで勝手に調べる分には止めねーよ? ただこっちから積極的にバラすつもりはないってだけ」
「それじゃ間に合わないわよ……はあ……」
「?」
憂鬱げにため息を吐くマーシャの言葉に疑念が生じる。
間に合わない、というのはおそらく、この後待ち受けているであろう冒険者ギルドの取り調べに対してだろうとなんとなく予想はできる。だが、シキの正体がわからないことがそれにどう影響するのかが分からない。
「なあそれって」
どういう意味? と、シキが尋ねようとした瞬間――
「ああああああああああああああッッッ!!?? ヤァマァトジイイイイイイイイイインンンンンンン!?!?!?」
変態じみた奇声と同時。
シキの顔面が、何者かに鷲掴みにされていた。




