それぞれの気になる事
シキがマーシャの背中に追い付くと、赤い髪の少女は嫌そうに手を振った。
「ちょっとこら、何で付いてくんのよ? あっちいきなさい。シッシッ!」
「んな野良犬を追っ払うみたいにせんでも……冒険者ギルド行くんだろ? 案内しておくれ」
「私は忙しいのよ。他当たって」
「ついでなんだからいいじゃん。オレが勝手に付いてくだけだよ」
「はあ……なら好きにすれば?」
相手をするのも面倒になったのか、マーシャはそう言ってそっぽを向いた。
シキは気にせず隣に並び、話し掛ける。
「なあなあマーシャ」
「うっせぇ話し掛けんな。燃やすわよ」
「そう言わずにちょっと話そうぜ? ホントは朝食の時にゆっくり話したかったけどあんな感じになっちゃったし……ま、あれはあれで楽しかったけどな!」
カラカラと笑うシキに、マーシャはしかめっ面で返す。
「イヤよ。アンタがどうしても聞きたい事って、どーせ昨日の事でしょ? この後ギルド長にも説明しなきゃなんないのに、二度手間はごめんだわ」
「ああ、それで呼び出し食らってるわけか。じゃあなおさらちょうどいいじゃん。オレだって当事者の一人だし、同席させてくれ。それなら手間も省けるだろ?」
「ふん、ギルド長が許せばね」
鼻を鳴らし、マーシャは足を速める。
シキも慌ててそれに並んだ。
「待てって! 聞きたいのはなにも昨日の事だけじゃないぞ。個人的に、お前にお願いしたい事があってだな……」
「今すぐ借金返してくれるってんなら、考えてあげるわ」
「おおい無茶言うな!? オレが今無一文なの知ってんだろがっ!」
「つまり断るっつってんの。そんでとっとと借金返せ甲斐性無し」
「い、言われんでも返すわい! 早く冒険者ギルドに行きたいっつーのは、そういうのもあんだかんな!? 冒険者になってクエスト受けて、それなりの妖魔――いやさ、魔物でも倒せば一発だろ! ……たぶん!」
シキがムキになって言い返すと、マーシャの眉がピクリと跳ねた。
「……アンタ、冒険者についてどこまで知ってんの?」
「ん? ほっとんど何も? なんせ大和にゃ、冒険者ギルドがなかったからなぁ。冒険者はたまーに来るんだけど。年に一人か二人くらい」
それを聞いて、マーシャの足がぴたりと止まる。
「……私は大和には行ったことないけど、今どき本当に冒険者ギルドがない国なんてあんの? 地図に名前も書かれてない山奥のど田舎にだって、小さな支部くらいはある時代よ?」
「実際にないんだからしょうがない。たぶん、必要なかったんだろ」
「必要ない?」
「冒険者ってのはようするに、一般人の手に負えない厄介な魔物退治とか。危険地帯にある希少な物を取りに行ったりとか。そういう風に体張って稼ぐ職業なんだろ?」
「まあ、大体そうね」
「大和には全国各地に練気術の流派があって、各地方の中心地には腕利き揃いの『本道場』ってのがある。何か厄介事があればそこにいる連中が片付けてくれるから、『冒険者』って存在が要らなかったんだよ」
「…………」
「? どうかしたか?」
突然黙り込んでしまったマーシャの顔を見やると。
マーシャは鋭い目付きで睨み返してきた。
「なんだよ? もしかして、冒険者が要らないなんて言われたのが気に障ったのか? それなら謝るけどさ」
「違う。んな事どーでもいいわ」
「じゃ何で怒ってんだよ」
「そうね――」
マーシャはくるりと体の向きを変え、シキと正面から向かい合う。
「ちょっと聞かせて」
「うん?」
「大和にいる奴らは皆、アンタと同じ事ができんの?」
「同じ事って?」
「昨日アンタが見せた、あの技よ」
「――――ああ、アレか」
意表を突かれ、少し反応に困ったシキは頬を掻いた。
マーシャが言っている技とは、昨日彼女の最上級魔法を打ち消したアレの事で間違いあるまい。
「覚えてたんだな。意識朦朧としてたはずだけど」
「人の最強魔法あっさりと打ち消されたんだもの。覚えてるに決まってんでしょ」
マーシャは過去の感触を反芻しながら、問い掛ける。
「単なる相打ちによる相殺――なんて単純なモンじゃないわね。完全に、まるで最初から存在しなかった様に、魔力の残滓も残らず消えて無くなったわ。私の魔法は、確かに発動していたはずなのに」
「……」
「悔しいけど、何をどうしたらあんな真似ができるのか、全く分からないわ……アンタ達大和人って、誰でもあんな技が使えるの?」
「あっはっはっはっ!」
真顔で聞かれ、シキは思わず笑ってしまった。
いきなり笑われ、マーシャは面を食らう。
「な、何がおかしいのよ!? ぶち燃やすわよ!」
「いやー悪い悪い! さすがにそりゃあないな。あれ、仮にも奥義の一つなんだぜ? そんなに安くはねーよ。ただ、そうだな……」
決して、誰でも使える様な技ではない。しかし、それでも強いて言うのであれば――
「さっき言った各流派の本道場。そこの上位級の連中だったら、大体出来ると思うぜ。あれくらいならな」
「……つまり大和には、アンタみたいのが他にもゴロゴロしてるってワケね」
顎に手を当てて考え込む素振りを見せるマーシャに、シキは尋ねた。
「ひょっとして、練気術に興味あるのか?」
「興味がない――って言ったら嘘になるわ。今はあくまであの技が気になるだけだけど……まさか私の渾身の魔法が、ああも見事にしてやられるなんてね」
「いやーそれほどでもぉ!」
「そこっ照れてんじゃねーわよ! ムカつくから!」
吠えてから、マーシャは「よし」と一つ頷いた。
「気が変わったわ。やっぱりギルドに行く前に、アンタとキッチリ話しておいた方が良さそうね」
「そりゃオレにとっちゃ有り難いがいいのか? 偉い人に呼び出されて急いでんだろ?」
「『すっかり忘れてて寝坊しました!』って言うから大丈夫よ!」
「……それ、ある意味潔いが大丈夫ではないような……」
「とにかくなんとかするわ。私の勘が、そうした方が良いって言ってるのよ」
「それって、冒険者としての勘ってヤツ?」
「私の、勘よ」
「なるほど」
シキは納得した。
薄々分かっていた事だが、マーシャは理屈より感性で動くタイプだ。
「少し場所、変えるわよ」
シキの方も異論はない。
ついて来いと言わんばかりに歩き出すマーシャの背中に、大人しく従う。
そうしてあまり人気のない、建物の物陰まで移動する。
「さあ! 私が一から十まで説明するのは面倒だわ! 全部答えてやるから、アンタの方から聞きたいことを聞いてきなさい!」
「なぜそんな挑戦的に……まあいいけども」
マーシャはどーん! と背景に効果音でも付きそうな感じで、人差し指を突き付けてきた。
(うーん、聞きたいこと、かぁ)
対してシキは、のんびりと空を見上げて考える。
気になっている事は、いろいろある。ただ何を一番に聞きたいかと言うと……。
ちなみに今日は澄み渡るほどの快晴だ。なんだか見ているだけで気持ちが良い。
なんとはなしに一つ深呼吸をしてから――――聞いた。
「マーシャ、お前って本当に人間なのか?」




